#49 準備
「問題は、ブルーノ殿がどうやってあの魔物を操ることができる板を手に入れたのか、ですよ」
皆が集まる中、ディーノはそう説くが、それを知る術はもはや残されていない。本人が死んでしまった上に、あの板も見つかっていない。あの大型のゴーレム「巨神」に、ブルーノ様ごと踏み潰されてしまったからだが、今思えばあれは偶発的な事故だったのか、それとも故意に消されたのかすらも分かっていない。
そういえば先日のグアナレル村襲撃で、どうして魔物らはいきなり仮設市場を襲ったのかという謎が未解明のままであったが、もしかするとブルーノ様と「魔族」の間になんらかの取引があったのかもしれない。ブルーノ様は一度、あの市場を見ているし、なによりもグアナレル村の内部事情にも詳しい。あの時の魔物らの動きの不可解なほどの正確さは、ブルーノ様が絡んでいたとすれば納得がいく。
とはいえ、本当にブルーノ様と魔族が接触していたのかどうかは、結局のところ分からずじまいのままだ。
ただ、あの戦いで重要なことが一つ、明らかになる。
「ですが、様々な謎が、本人の死と共に闇に葬られてしまいました。その代わりといってはなんですが、ブルーノ殿が魔物操作をした瞬間に、魔物を操るためのあるものをキャッチしたのです」
「なんだ、その魔物を操るものってのは?」
「電波ですよ。それもかなり長波長の」
「電波? 何だそりゃ」
電波とは、遠くに声や映像を飛ばしたり、魔物の居場所を察知するために使ってるレーダーにも使われている波の一種だと、ディーノは言っていた。が、レーダーというやつは目には見えないため、今ひとつ、それが波という実感はない。
「無線というやつに使われている技であろう。何物かは存じぬが、それが遠く離れた者と会話できる仕掛けであることは知っている。それを、あの魔物共が受けていたと、そう言いたいのだな?」
「ええ、その通りです、ゾルバルト殿」
さすがは勇者様だ、電波というものを自分なりの概念でかなり理解されている。
「で、その電波とやらを捉えて、何がわかるというのだ?」
と、至極真っ当な返しをするのは、コンラーディン殿だ。
「はい、その電波の発信源が分かったのですよ」
「発信源……つまり、魔物を操ってる何かがある場所が、分かったというのか?」
「そういうことです」
「なんだって!? てことはそこに、魔族がいるってことになるんじゃねえのか!」
「いえ、ライナルト殿、さすがにそこまでは断言できませんよ。単なるアンテナがあるだけの場所かもしれませんし。ですが、魔物被害を止める大きな足がかりにはなりえますね」
魔族がいるかどうかまでは分かっていないものの、これは有力な手がかりだ。電波などという高等な技を使うものなど、この星にはいない。だが、魔物はその電波というやつで操られていた。ならばますます、魔族の存在を確信せざるを得ない。
「その場所とは、どこなんだ?」
「はい、グアナレル村の西方およそ160キロの地点、地図でいえば、この辺りです」
ディーノが指したその場所には、山脈が聳え立つ。明らかに人が立ち入ったことのないその山々の麓辺り、そこにある洞穴のような場所を、ディーノは指し示した。
「……また、洞窟なのか。これもまた、ゴーレムに変わるのではないだろうな?」
「可能性はありますね。今度も出撃の際には一応、『悪魔の杖』の発射要請を出しておきます」
嫌だなぁ。こんな大きな山がゴーレムに変化したら、また誰か踏み潰されるんじゃないだろうな。ああいう殺戮の仕方は、見るに耐えない。頼むから、目の前でするのはやめて欲しいものだ。
「ところで、ピエラントーニ殿よ」
「何でしょう?」
「電波の発信元を特定できたと申していたが、その電波の中身からは何か、掴めなかったのか?」
「それはつまり、信号を解読できなかったのか、ということですか?」
「そうだ。それが分かれば、こちらが逆に魔物を操ることができるのではないか、と思ったものでな」
うん、さすがは勇者様だ。なかなか賢いことを尋ねられるものだ。
「いや、それがね、解読できなかったのよ」
そう答えるのは、ジリアーニ殿だ。
「解読できない?」
「正確には、ごくわずかな信号しか送られてこなかった、とでも言えばいいかしら。おそらくあの電波は、魔物の中にある命令セットのようなものを引き当てる、一種の符丁のようなものじゃないかと推察されるわ。こんな単純な信号だけで、あれだけ複雑な動きを指示するなんてとてもできない。だから、予め組み込まれたものを呼び起こすことしかできないのではないか? それが、軍の技術武官の総意よ」
「とはいえ、今分かっているだけの符丁とやらで、どうにかできないのか?」
「今分かってるのって、前進しろとか、攻撃しろとか、その程度しか分からないのよ? そんなもの使って、何をどうしろと?」
「うーん、確かに、それでは使い物にならんな」
「せめて、止まれ、座れ、くらいは解読できてないと、魔物を操作する意味がないわね」
腕を組み、考え込む勇者様。要するに、魔物を操っているらしい相手が、その大きな山の麓の洞窟にいるかもしれない、ということしか分からなかった、というのが今の所の結論だ。
「……で、その洞窟攻撃の準備のために、我々は今、ここに来たのか?」
コンラーディン殿が、呟く。
剣士殿が言う「ここ」とは、私たちの星を遠く離れた場所、戦艦サン・マルティーニのことだ。
駆逐艦9810号艦に乗って半日ほどの行程を経てたどり着いた、深淵の闇のさらに向こう側に浮かぶ船に、我々はいる。
この戦艦サン・マルティーニのいる場所の近くには、大きな星がある。青白く、まるで全面海に覆われたような宝石のような星、だがそこは宝石でも海でもない、ガスに覆われた星だとディーノは言う、そんな理解を超えた星のすぐそばで、私たちは魔物討伐のことを話し合っている。
聞けばこの星、我が地球の15個分の重さを持つという。途方もない大きさだ。我が王国などは、その地球の上のごく一部である大陸の一つすらも手中にできておらず、魔物に蹂躙され続けているというのに、それよりも広い星が宇宙にはごまんとあると聞く。宇宙というところは、なんと大きなことか。
その星をモニターで眺めながら、私は久しぶりに着る魔導師服の感触に戸惑っている。ようやく私は、この船に置き去りにしてきたあの魔導師服と再会し、威厳を取り戻したところだ。が、ここしばらくは伸縮自在な服ばかり着込んでいたせいか、久々に着るこの硬い服の感触にやや戸惑う。
おまけに、周りの反応もこの通りだ。
「しっかしよエリゼ、お前、魔法少女の格好の方が似合ってたんじゃねえのか?」
「な! なんてことを仰るのですか、ライナルト殿!」
失礼極まりない火の魔導師の一言で、急に私の服の話題に移る。
「そうよねぇ、あっちの方が女の子らしいし、この殺風景な服よりは、魔法少女のままの方が良かったんじゃないかしら」
「短めの裾、今にも捲れ上がりそうな胸元……強風が吹けば……え、えへへ……」
ここの女性陣も、容赦ないな。ジリアーニ殿にアンヘリナさんも、言いたい放題だ。
そしてそこに、もう一人加わる。
「いやあ、私はこっちの方が好きだよ。この服、なんていうかさ、これだけ威厳がある服だと、男どもから身を守るにはうってつけだし」
なぜかこの場に、クレーリアまでいる。男嫌いのクレーリアは、この服の方が良いと言うのだが……
「で、クレーリア。さっきから思うんだけど、どうしてあなたがここに?」
「同じ9810号艦の乗員同士じゃない。別におかしくないでしょう」
「いやいや、なんで勇者様の横にいるのかって聞いてるの」
「ゾルバルトだって、今や9810号艦の乗員でしょう。別におかしなことは何もないわよ」
んん〜? いや、何かおかしいぞ。クレーリアらしくないというか、どこかこう、違和感のようなものを感じるのだが……なぜだろう?
その違和感の根源を、あの無神経男が突く。
「へぇ〜、ベントーラ准尉って、勇者殿と仲がいいんだねぇ」
「えっ!? ちょ、ちょっと、何を言ってるのでしょう、ピエラントーニ中尉殿!」
「だって今、勇者殿のことを呼び捨てにしてるしさ。それに最近、一緒にいるところをよく見かけるし」
うーん、ディーノのやつ、案外鋭いな。言われてみれば、その通りだ。いつも男に警戒心を抱き続けているクレーリアが、勇者様には妙に馴れ馴れし過ぎることにどこか矛盾のようなものを抱いていた。ディーノの今の一言で、それがより明白になる。
「魔王討伐の、その先のことを、私なりに考え始めたのだ」
と、そこで急にゾルバルト様が口を開く。
「先のこと、ですか?」
「そうだ。地上での戦いは、もうまもなく終わるだろう。さすれば私とて、魔導のみを頼りに生きるというわけもいくまい。家督を継ぎ、妻を娶り子を成し、我がオリバーレス家を存続させねばならない。ましてや、宇宙という星の世界を渡り歩くことが日常となる世に変わり、それに相応しき伴侶を求めるのは当然のこと。貴殿らの出現は、私に勇者以外の生き様を考えさせ、新たな世界への適応を促すことになった。つまりは、そういうことだ」
そうディーノに告げる勇者様だが、これってつまり、クレーリアと婚姻を前提に付き合ってますと、堂々と宣言したようなものだ。黙って横で真っ赤な顔をして俯いているクレーリアのその反応が、それを裏付けている。
へぇ、いつのまにか、そういうことになってたんだ。あれほど男嫌いだったクレーリアが、どうして勇者様と一緒に……よし、今度、お風呂を共にした時にでも問い詰めてやろう。
「……と、いうことで、魔王討伐のために今、その洞窟への突入するために我々はその準備と作戦立案を、この戦艦サン・マルティーニで行うことになったんです。今、決まっているのは、強襲艦も全部で15隻、駆逐艦は100隻、哨戒機隊と空戦隊が全部で300機、人型重機隊も我々を除いて100体ほど、その現場上空に待機させることになってます。これに攻撃衛星を組み合わせれば、たとえ魔物が総攻撃に転じても、我々の総力でこれらを殲滅できます」
勇者様の言葉を受けつつ、さらっと話をまとめ上げるディーノだが、とてつもない数の兵力を、この魔物討伐に投入することを公言する。うん、なんとも心強い話だ。これを聞いたらエスコパル卿も、さぞかしお喜びになられることだろうな。
「あら〜、なんて頼もしいお話かしら! さすがは私が見込んだ軍人よねぇ!」
と、そこに突如、どこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。直後、ディーノの背後から、何かが抱きついてくる。
ああ、やはりそうだ。椅子に座ったディーノごと抱擁するそのお方は、まさしくエスコパル卿だ。
「いや、別に僕が手配したわけでは……むぎゅ!」
「まあ、謙遜するところも、なんて可愛らしい! このまま屋敷に連れ帰って、エリゼちゃんごと、うちで飼ってしまおうかしら!?」
いやあ、私は遠慮したいなぁ。ディーノも同感だろう。エスコパル卿の屋敷で暮らすなんて、そんなおぞましいこと……いや、そんなことよりも、どうしてエスコパル卿がここに?
「あの、エスコパル様、どうしてこの戦艦サン・マルティーニにいらしたのですか?」
「なによ、エリゼちゃん。私がいちゃいけないっていうの?」
「い、いえ、そのようなことはございませんが、エスコパル様ほどのお方が王都を離れ、わざわざこのように遠く星の世界までいらっしゃるとは思いもしませんでしたので」
「あーら、私だって星の世界に来たかったのよぉ。行きたいところには、どこへでも行く。別におかしなことでなくってよ」
エスコパル卿って、こんなに行動的なお方だったかしら?宰相補佐となられてからは、王都から出ることなど滅多になく、ずっと執務に専念されているという印象なのだけれど。
「なんて、冗談よ。王国宰相代理として、ここに来ているのよ」
「えっ? 宰相代理?」
「そう。条約の正式締結と、魔物および魔王討伐隊の派遣要請。王国の行政権を持つ者がここに来ないと、それだけの軍勢を動かせないのよ」
ああ、そうだったんだ。だからこんなに遠く青白い星の近くまで、わざわざいらしたのか。興味本位ではないんだ。私は思いを改める。
「とは言ったものの、せっかくここまで来たんだし、皆さんで街に参りましょうね」
「はい、エスコパル様」
「そこでエリゼちゃんとアンヘリナちゃん、ベントーラ准尉、そしてジリアーニ中尉にも、付き合っていただくわぁ」
「あの、付き合うって、どこにですか?」
「4人いるんだから、ビューティーケア5人組が勢揃いできるじゃない」
「えっ!? あの、エスコパル様、それは一体、どういう意味でしょう」
「みんなでビューティーケアの格好をするのよ」
「ええーっ!? いや、ですが、ビューティーケアはデライト、ファイヤー
、アクア、ルシファ、サトゥルヌスの5人なのですけど……ここには4人しかおりませんよ」
ここにいる女性陣は、この宰相代理の提案に意表を突かれる。魔法少女にされかねないとあって、突然クレーリアが出張ってきた。
「何を言ってるのよ、私が主役のデライトをやるのよ」
「はぁ!? エスコパル様が、主役を!?」
「で、アクアはエリゼちゃんで決まりとして、ジリアーニ中尉はファイヤー、ベントーラ准尉はルシファ、そしてちょっと暗い感じのサトゥルヌスは、アンヘリナちゃんで決まりよねぇ」
決まりって……エスコパル卿が、あのぴっかぴかのデライトになるというの?大柄なエスコパル卿が、あの華奢なデライトの姿に……頭がくらくらとしてきた。
「そりゃあいいや、ロジータまで魔法少女になるのか」
「ちょ、ちょっと、ライナルト! なんで私が魔法少女なのよ!」
「そうよ! なんだって私が、ビューティー・ルシファだなんて……」
「いや、クレーリア。案外、似合うと思うぞ」
「ちょ、ちょっとゾルバルト! それ、本気で言ってるの!?」
「クレーリアよ、どのみち王国魔導師は、エスコパル様の決定には逆らえないのだ。あきらめろ」
「いやあ、私は王国魔導師じゃないんだけど」
「え、えへへ、あの短い裾のスカートとかいうのを、なんとこの私が……」
「アンヘリナよ、お前また、変なこと考えてるだろう」
私などは今さら魔法少女の姿になることに抵抗などないが、他の3人はそうはいかない。問題は、エスコパル卿に合う魔法少女の服があるのか、ということだが……
いざ街に出て、その魔法少女の服を扱う店に行くと、恐ろしいことに、エスコパル卿にピッタリのサイズの服というのは存在した。なんでも「男用」の需要もかなりあるらしい。えっ、まさか男が着るの、この服?
と、いうわけで、派手な冠に豪華な杖を握るビューティー・デライト扮するエスコパル卿を中心にして、4人の9810号艦の娘らがそのエスコパル卿を引き立てるという恐るべし写真が撮影された。
そんなおぞましい……いや、微笑ましい写真撮影の裏で、魔物討伐の準備は着々と進められた。




