#48 巨神
洞窟の奥から現れたそれは、まるで我々を待ち構えていたかのような言葉を発する。明らかに、知性を持つその存在、我々はもちろん、魔族の登場かと考える。
が、我々の予想は外れた。
ついに全身を現したそれが、魔族などではないことが判明する。
そう、それは私やゾルバルト様、勇者パーティー一行がよく知る人物だったからだ。
「お前……ブルーノか!」
ライナルト殿が叫ぶ。そう、あれは紛れもなくブルーノ様だ。王都を追われ、グアナレル村を出てからすでに8日が経つ。すでに死んでしまったものと思われていたブルーノ様が、目の前にいる。
「気易く我が名を呼ぶな、愚民どもめ! 我が恨み、ここで晴らしてくれる!」
「おい、恨みって……お前がやらかしたことの報いだろうが! 何を言ってやがる!」
「うるさい! あの恥辱の裁き、そして王都からの追放、なぜ私が、公爵家の子息である私が、そのような報いを受けねばならぬのか!?」
ダメだ、この人はまったく反省などしていない。我々への怨念だけで、どうやらここまで生き延びてきたようだ。そんなブルーノ様に向かって、ゾルバルト様が叫ぶ。
「お前がどう思うのも勝手だが、すでに裁きは下された。再考の機会を与えられたというのに、それを不意にしたお前に下された報いだ。何を我らに恨むことがあろうか?」
「ゾルバルトよ、お前だけは我が意を察してくれるものかと思っていたが、やはりお前も無能なエスコパル一派の端くれよ!」
「おい、ブルーノ! エスコパル様を侮辱するとは、いくら罪人の身であっても許されることではないぞ! エスコパル様へのこれ以上の悪口雑言を吐けば、この場にてお前を斃すことになる!」
ゾルバルト様が、珍しく本気で怒っている。いくら何でも、エスコパル卿に対して無能呼ばわりは不味い。エスタード王国一の知略家と言われるあのエスコパル卿に向かって、である。これはさすがに私でも、弁護できない。
「愚か者が! 我が力を、思い知るがいい!」
ところが、ブルーノ様は勇者様を挑発するが如く応える。いや、申し訳ないが、ブルーノ様の力は知れている。お世辞にも上級とは言い難い火の魔導、あれで思い知れとはいくらなんでも口が過ぎる。仮にも賢者であったブルーノ様よ、とうとう気が触れたか?
が、ブルーノ様は何やら黒い板状のものを掲げる。その板に手のひらを当てる。と、何やら辺りの木々がざわざわと騒がしくなる。
何か、来る。
振り返ると、木の合間から緑色の何かが姿を現す。それが何であるか、大きな頭についた大きな一つ目を見て、すぐに察する。
サイクロプスだ。さっきまで姿を見せなかったというのに、どうしてあの一つ目の化け物がここに?
「まずい! 全員、重機に搭乗せよ!」
コルティ殿の指示は的確だ。こんなもの相手に、生身の我々で敵うわけがない。大急ぎでギガンテスに向けて走り出す。
「くそっ! エリゼ、早く!」
拳銃であの緑色の巨人を牽制しつつ、走るディーノと私。他の皆も各々の重機に向けて走る。その後ろを、サイクロプスが追う。
間一髪、私とディーノはギガンテスに乗り込む。ハッチを閉じるや、あのサイクロプスが1体、掴みかかってくる。
が、このギガンテスもかなり強い力だ。ギガンテスは、のしかかるサイクロプスを抱えたまま立ち上がると、その土手っ腹に殴りかかる。
たまらず、サイクロプスは脇腹を抱えて倒れ込む。その倒れたサイクロプスの頭を目がけて一撃、青い閃光を放つ。頭部が吹き飛ばされ、そのまま緑色の巨人は絶命する。
が、まだ1体だけだ。周りにはこの緑色の化け物が何体もいる。それらはこの人型重機4体を目がけて襲いかかってくる。
しかし、不思議だ。どういうわけかサイクロプスは、ブルーノ様には近寄ろうともしない。見境なく攻撃をしているようで、明らかにブルーノ様を避けている。いや、こうしてみると、あのサイクロプスらはブルーノ様に扇動されて、我々に襲いかかっているようにも見える。
でも、どうやってあの化け物を操っているのだろうか。そういえばブルーノ様、さっきから黒い板を持っている。それに右手の平を当てているが、もしやあれで魔物を操っているのか?
『はっはっはっ! 見たか、我が力を! 魔物を操る力と我が知略を組み合わせれば、この世で我に敵うものなどない!』
ブルーノ様の叫び声が、このギガンテスの「耳」で捉えられて、この中でも聞き取ることができる。時折、ビームの放つガガーンという鈍い音に混じって、ブルーノ様の笑い声がこだまする。しかしなんとも不愉快な声だ。魔物を操り我らを襲わせながら高笑いするその姿は、まさしく「魔族」そのものだ。
「なにが敵うものなどいない、だ。あのバカ賢者め、我々の武器を何だと思っている。こんな魔物などに負けるわけがないだろう」
しかしディーノは、その不快な笑い声などに逆上することもなく、淡々と現れるサイクロプスを1体また1体と倒していく。周りを見渡せば、他の重機も黙々と現れるサイクロプスを倒していく。
この間とは違い、煙も嵐もない。視界が極めて良好な場所で、しかも散発的に重機に襲ってくるサイクロプスなど、人型重機の敵ではない。しばらくすると、全てのサイクロプスが倒されたる。木々の合間には、首や腕を失い動かなくなったサイクロプスが、あちらこちらに転がっている。
『くっ! この役立たずの魔物め!』
ほぼ狂乱状態のブルーノ様が、目前に散らばる緑の巨人の屍の山を前にして、悪態を吐く。勝負あったな、これ以上の魔物など、火龍くらいのものだ。
『もはや終わりだ! 目に余る数々の狼藉、王国魔導師として、看過できぬ! このまま私の手で成敗してやる、覚悟せよ!』
コルティ殿の乗る人型重機から、あの元賢者に向けて怒りの叫びを浴びせかける勇者様。ここまでゾルバルト様が怒ったところを見たことがない。もはや、助からないな。そう思った刹那、予想外のことが起こる。
ゴゴゴゴッと、何かが崩れ落ちるような音が響く。いや実際、崩れ落ちている。目の前の洞窟のあるあの岩山の表層から、岩が崩れているのが見える。
なにが、起きているの? 訳もわからぬまま、ともかく私もディーノも、その崩落の様子を伺う。が、やがてその岩山から、何かが出てくる。
岩が、動いている。が、それは岩というより、人型の何かだ。腕が2本に、脚も見える。脚を伸ばしつつ立ち上がるその岩の化け物は、やがてその全容を表す。
大きい、この人型重機の7、8倍はある。なんて大きな岩の化け物か。それを見たディーノは、呟く。
「これは……ゴーレムじゃないのか?」
ゴーレム。岩が変気し、まるで命を吹き込まれたように動き出す、無骨なる魔物。話には聞いたことがあるが、その実物を見るのは初めてだ。
が、これはあまりにも大きすぎる。あの岩山を全て使って作り出された化け物。伝承に効くゴーレムでも、これほど大きなものはない。せいぜい商人街にある3階建ての家ほどの大きさだと伝えられている。
だがこれは、商人街の家どころではない。まさしく岩山そのものに、命を吹き込んだかのようだ。それを見たブルーノ様は、まさしく狂喜乱舞する。
『あ、あはははははっ! 天が我に味方した! まさしくこれは巨神! 我はついに天下一の力を手に入れたのだ!!』
あまりの大きさの化け物の登場に、しばらく言葉を失う4体の人型重機。だが、あの化け物が脚を上げ、歩みを始めた途端、コルティ殿が叫ぶ。
『全機、後退しつつ攻撃だ!』
その指示を受けて、ディーノはレバーを引く。飛び跳ねつつ後ろに下がる。それを受けてか、あの巨神も一歩を踏み出す。
しかし、踏み出した先が、悪かった。
『う、うわあああぁっ!』
その足の下には、ブルーノ様がいた。あまりの巨体ゆえに、足元にいるブルーノ様に気づくことなく、その脚を下ろしてしまった。巨大な右脚の先は、ブルーノ様がいた場所一帯を、断末魔を上げるブルーノ様ごと踏みつけた後、反対の左脚を持ち上げて踏み込み始める。
『なんて化け物よ! ならあの脆い脚を崩して、動けなくしてやるわ!』
無線越しに叫んでいるのは、ジリアーニ殿だ。パパッと細く青白い閃光が、あの巨大な左脚目がけて放たれるのが見える。
ビームは当たるが、あの脚はほとんど損傷を受けていない。が、それでも表面はバラバラと崩れるのが見える。
しかし、その崩れた岩が、予期せぬ現象を引き起こす。
崩れてすぐに、ガタガタと震えながらその岩は集まり始める。そしてあろうことか、人型へと変化する。それを見たディーノは叫ぶ。
「全機、攻撃中止! ゴーレムをビームで撃ってはダメだ! 増殖するぞ!」
実際、その崩れた岩はゴーレムに変わった。小さいながらも、もう1体、ゴーレムができてしまった。そんな馬鹿げた魔物があるのか?などと呆れる間も無く、巨大な脚が地面を踏みつけ、ズシーンと音を立ててその周囲を揺らす。
『ピエラントーニ中尉! 攻撃するなと言っても、このまま放置するわけにはいかないぞ!』
「分かってます! ですが、陸戦隊の研修で以前、聞いたことがあるんです! ゴーレムにはビームを使うな、削岩機を持って粉砕せよ、と!」
『削岩機だと!?』
「はい、そうです。重機の左腕につけられた削岩機を使うんです!」
『だが、あれだけ大きいと、削岩機では崩せないぞ! どうしろというんだ!?』
コルティ殿が叫ぶ。それを聞いてディーノは少し、考える。その間にもあの巨神のやつは、3歩目を踏み出し始めている。
「いい考えがあります。つまりあれを、粉々に粉砕してやればいいんです」
『それはそうだが、どうするんだ?』
「あれを使いましょう。罠の存在を考慮し、予め依頼していた、あれを使うんですよ」
そう進言するディーノだが、何のことだか分からない。が、コルティ殿は察したようだ。
『そうか、あれか、あれならば、確かに……よし、ではすぐに連絡する! 全機、大型ゴーレムを引き付けつつ、後退する!』
えっ、離れちゃうの? でもまだあの巨神は健在で、歩みを止めていないんだけど。このまま放っておけば、グアナレル村にたどり着いてしまうのではないのか。
が、このギガンテスをはじめ、4体の人型重機はゆっくりと後退を始める。それを追うようにのそりのそりと歩む巨神。徐々に離れるこの人型重機の中で、奇妙な声が聞こえてくる。
『……悪魔の杖、発射準備完了。目標、ロックオン。発射3秒前、2、1……発射。弾着まで10秒』
何かが始まったようだ。だが、何も見えない。その間にも、この奇妙な音声は何かが迫っていることを刻々と告げる。
『……4、3、2、1、今!』
と、その掛け声の瞬間、いきなり目の前が真っ白になった。
遅れて、ドーンという爆発音が響く。猛烈な風圧が、このギガンテスを襲う。
えっ、何、何が起きたの? 訳もわからぬまま、私はそのもうもうと上がる粉塵の収まるのを待つ。
やがて、徐々に粉塵が晴れていく。目の前を見て、愕然とする。
周りにあった木々の大半が、まるで息を吹きかけられたタンポポの綿毛の先のように、葉も小枝も失って放射状に靡いている。その放射の中心には、大きな穴が空いている。それを見たディーノが、無線にこう告げる。
「『悪魔の杖』の弾着地点を視認。目標、完全に粉砕。攻撃成功、第2射の要なし」
『了解、攻撃衛星、戦闘用具納め。監視モードに移行する』
ああ、そうだ。そういえば高い宇宙の上から、攻撃衛星とかいうのを使って魔物を狙い撃ちしていたんだった。これも、それを使ったんだ。
だけど、これほど凄まじいものだとは知らなかった。たった一撃で、あの大きな岩の化け物を跡形もなく消し去ってしまった。恐ろしいことだ。
こうして、元賢者ブルーノの乱は、あっけなく幕を閉じる。しかし、どうにも後味の悪い戦いだ。そして今度も結局、魔族の存在は確認できなかった。
そして謎だけが、残された。




