#47 洞窟
『1番艦、コースよし、コースよし、よーい、よーい、よーい、降下、降下、降下ぁ!』
「きゃああああぁ!」
どうにも、この強襲艦から放り投げられて落とされる感覚には慣れない。グアナレル村からさほど離れたところじゃないから、人型重機で直接向かえばよかったんじゃないのか?なんでわざわざ、空中に放り投げるこの強襲艦という船を使う必要があるんだろう。
「うるさいなぁエリゼ、もうちょっと静かにしてよ」
で、落下の恐怖に慄く私に向かって、冷めた言葉を投げかけるのは、このギガンテスを操るあの男だ。
「しょ、しょうがないじゃない、怖いものは怖いんだから!」
「そうかい? もう何度も乗ってるんだし、いい加減、慣れて欲しいと思うんだが」
この程度で、と言わんばかりのディーノに、私はムッとして睨み返す。が、この男、その程度のことでは動じない。極めて冷静にギガンテスを操り、森の上を飛行する。
『ポセイドンより各機、目標の洞窟を視認! これより降下する!』
と、森の中にそびえ立つ、槍先のような形の岩山の側面に、例の洞窟が見えてくる。この森一帯にはぽつぽつと岩山が存在するが、その中でもこの山はひと際大きい。
『ポセイドンより各機、手前の草むらに一旦着陸し、様子を見る! 全機、着陸!』
ところがコルティ殿はその洞窟へは直接向かわず、少し手前の草むらに着陸する。なぜ、あの洞窟へすぐに向かわないのか?
「どうして、こんなところに着陸を?」
「そりゃあ、これまでに2度も痛い目に会ってるからね。レーダー不透過な煙に巻かれたり、嵐の中から奇襲をかけて来たり。今度も何かしかけてこないか、様子を見るつもりなんだよ」
ああ、そういうことか。確かにこれまでも油断して痛い目に会っている。あんな露骨な洞窟なら、我らが襲撃に及ぶことは十分に想像がつく。だから当然、やつらが罠を仕掛けていたっておかしくはない。実に、賢明な判断だ。
で、ゆっくりと歩き始める人型重機4体。この辺りは森の木々が生い茂るが、機時の感覚が比較的空いており、この巨大な人型重機でも移動ができる。もっとも、それゆえにサイクロプスも、移動ができるところでもあるのだが……
『ゴリアテより各機! ゴブリンの群れを発見、攻撃しますか!?』
と、そこに魔物が現れる。ゴブリンが出現した。ただ、見えるのは3体ほど。おそらくは餌か何かを探しているところを偶然、遭遇しただけのようにも見える。
そのゴブリンに対して、コルティ殿は辛辣な決断を下す。
『ポセイドンよりゴリアテ! 踏みつぶせ!』
ええー……ふ、踏みつぶすの? いやあ、いくら相手がゴブリンだからって、それは。
ところが、ゴリアテを操るメンゴッツィ殿は、何のためらいもなくその命令に従い……
哀れ、その3体のゴブリンは、太い人型重機の足の下敷きとなる。思わず、目を背ける。そのまま3番機のゴリアテは歩みを続けるが、とてもその下にあるものを、直視することができない。
『4番機、ネフィリム! こっちでもゴブリン発見! 潰しちゃっていい!?』
『ポセイドンよりネフェリム! 貴官の判断に任せる!』
『了解! では!』
元気に無線で物騒なことを確認してくるのは、ジリアーニ殿だ。直後、ズシーンという音が無線機から響いてくる。
『ひゃっはーっ! ざまぁみろ! 俺の腕の怪我のお返しだ!』
『ライナルトの怪我の仇は取ったわよ! さてさて、他にゴブリン、サイクロプスはいないかしら!?』
今、喜んで叫んだのはライナルト殿だな。そういえば王都に戻る途中、ゴブリンに噛まれたと言っていたな。その時、ライナルト殿の腕を噛んだゴブリンではないと思うんだが……にしても、むごい仕打ちだ。
「僕らもゴブリン、探してみようか」
「いや、いいけど……踏みつぶすのはやめてよね」
「えっ? なんで?」
ディーノまでゴブリン潰しに加わらんと、森の木々の間に目を配り始める。あの、ディーノよ、そういうのやめてくれないかなぁ。ほんとに。
が、幸いなことに、ディーノはゴブリンを見つけられなかった。というか、あれを見てゴブリンの群れは恐れをなして逃げてしまったのだろう。1匹見たら30匹はいると思えと言われるゴブリンが全く姿を現さなくなるなど、逃げたとしか思えない。
『思ったより、低いな……』
洞窟の前にたどり着く。が、1番機「ポセイドン」に乗り込むゾルバルト様が、そう呟くのが聞こえる。
実際、目の前にある洞窟は、思っていたよりも小さい。この重機よりも背の高いサイクロプスどころか、この重機すらも入れそうにない大きさだ。真上から見た映像では、大きさまでは分からないらしい。
『こちらポセイドン、これでは、重機は突入できないな』
『ネフェリムよりポセイドン! これより先は、地上に降りて直接、中を調査することを進言いたします!』
コルティ殿にそう進言するのは、ジリアーノ殿だ。なんだかやけにやる気だな。中に何がいるのか分からないというのに。
『進言、了解した。では、ゴリアテのメンゴッツィ中尉以外は、地上に降りて洞窟内に突入する。ゴリアテはこの場にて待機し、我々の重機を見張れ』
『こちらゴリアテ、了解!』
『ポセイドンより1番艦! 上空より監視を続けよ!』
と、一通り、コルティ殿が指示を出すと、重機をしゃがませてガラス製のハッチを開く。同様に、ジリアーニ殿の乗るネフェリム、そしてこのギガンテスがしゃがみ、ハッチを開く。
「さて、降りようか」
「う、うん……」
そういえば私、今は魔法少女の格好だった。まだ魔導師の服は宇宙の彼方にあり、手元にはない。さっさと取りにいかないと、これ以外の戦闘用の服がない。まさかジャージで戦うわけにはいかないしな。
「相変わらず、短い裾の服だな」
「しょ、しょうがないでしょう! これしかないんですから!」
じろじろとこちらを見るのは、ゴリアテに乗っていたコンラーディン殿だ。うう、やっぱりこの格好、恥ずかしいな。一刻も早く魔導師服を取り戻さなねば。
「いやあ、いいよぉ、エリゼちゃん。これでゴブリンに襲われたら、アンヘリナちゃんが喜びそうなシチュエーションだねぇ」
「襲われないですって! 何考えてるんですか!」
このジリアーノ殿という人物、実はかなりヤバいんじゃないだろうか。さっきもゴブリンを踏みつぶしているし、アンヘリナさん並みの危ない思考をしつつほくそ笑んでいる。あのライナルト殿を手懐けただけの人物だけのことはある。
「よし、全員揃ったな。では、突入する」
と、そんな中でも淡々と任務に忠実なのは、コルティ殿とゾルバルト様だ。この2人はどちらも長としての風格を漂わせている。私の服装ぐらいでは、動じない。
「それじゃあ、行こうか。ゴブリンに襲わそうになっても、僕が守るからさ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。今までだって、守ってきたじゃないか」
こちらはとても長の風格はないけれど、こういう優しくて頼りがいのあるところがある。だから私は、ディーノと共にいられるのだろう。
「もっとも、いくら身体の小さなゴブリンでも、エリゼの胸をつかむことはちょっと……ふぎゅっ!」
こういう無神経なところさえなければ、言うことなしなのだが。
「コルティよりゴリアテ! 赤外線センサーで、何か探知できないか!?」
『こちらゴリアテ! 現在、洞窟内に特に物体検知無し!』
「了解、そのまま監視を続けよ! 我々は洞窟内に突入す……」
『待って下さい! センサーに感あり! 洞窟の奥から、何か出てきます!』
「なんだと!?」
「人間サイズ、数は1! 入り口付近!」
なんだって?どうやら人の大きさのものが、あの洞窟の入り口に近づきつつあるらしい。まさか、魔族か?いや、ゴブリンの可能性だってある。一体何が、近づいてきているんだ?
我々は、入り口付近を注視する。漆黒の暗闇の中から、それは徐々に姿を現す。私はその姿に、驚愕する。
太い杖に、長いローブ姿。二本足で歩くそれは、我々に向かってこう言い放つ。
「くっくっくっ……やはり、現れたか」
言葉を発するその相手は、明らかに魔物ではない。洞窟から現れた、知的な生き物。もしや我々は、出会ってしまったのか?
長年、その姿を見ることがなかった、魔族というものの存在に。




