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#46 疑念

「と、いうことは、ゾルバルト様も、サイクロプスをやっつけたのですか?」

「ああ、格納庫の手前に現れたやつを2体、我が光の魔導で吹き飛ばした」


 翌日になり、昨日の戦闘の話が勇者パーティーの間で上る。勇者ゾルバルト様はその時、コルティ殿と共に村のはずれにある人型重機の格納庫そばにある詰所にいた。

 で、サイクロプス襲撃の知らせを受けて、コルティ殿と共に外に出たそうだ。そこに2体のサイクロプスが待ち構えていたという。

 このままでは、格納庫に近づくことすらできない。ということで、ゾルバルト様があの魔導を使って、サイクロプスを排除した……ということだ。


「で、ピエラントーニ殿よ、なぜサイクロプスのやつらが易々とこのグアナレル村のど真ん中に入り込めたのか、それについて何か分かったのか?」


 ライナルト殿が、ディーノに尋ねる。うん、その話、私も知りたい。


「ええ、分かりましたよ」

「では聞くが、レーダーとかいう仕掛けすらもくぐり抜けて、しかも村の中心にある仮設市場のあたりにいきなり現れたのは、一体どういうことなんだ?」

「なぜ、仮設市場を狙ったのかは分かりません。が、どうやってあそこに辿り着いたのかは判明しました」

「そうか。で、どうやって入り込んだんだ」

「これを見てください」


 といって、ディーノはモニターに地図を映す。これは、グアナレル村の地図だ。


「グアナレル村には、中央に一筋の川が流れています。この川を伝って、村の中央部まで侵入したようです」

「なんだって!? 川を潜ってきたのか!」

「ええ、どうやら魔物の森からずっと潜ったまま進み、このグアナレル村の中央まで来たようです。ちょっとでも頭を出してくれれば、レーダーに引っ掛かっていたんでしょうけど、なんと彼らはずっと潜ったまま、この村の真ん中あたりまで進んだようですね」

「待て待て! サイクロプスとゴブリンが顔も出さずに、ずっと川を潜ってきたと、そう言いたいのか!?」

「そうとしか考えられません。で、この仮設市場からほど近いところの川岸から上陸し、市場の建物目掛けて突き進んだ、彼らの痕跡を追う限りは、そう結論づけるしかありません」


 えっ、まさかあの魔物たち、ずっと息を止めたまま川を潜ってきたの?でも、そんなの普通、死んじゃうよ。だが、この疑問に対しても、ディーノは応える。


「なあ、ピエラントーニ殿よ。いくら魔物でも、息を止めたままずっと川を潜り続けるなんて可能なのか?」

「それなんですけど、調査隊からは一つ、興味深い仮説が出てまして」

「……なんだ、それは?」

「どうやらですね、スライムを被っていたらしいんですよ」

「はぁ? スライムを? でも、なぜ」

「スライムという生き物は、強アルカリ性の液体を内包した生物だと聞いております。が、彼らが頭に纏っていたスライムは、これとは別の物質を持っていたんです」

「……なんだよ、その物質ってのは」

「過酸化水素水ですよ」

「か、かさんか……すいそ、すい? なんだそれは」

「酸素を多量に含む液体、とお考えください。サイクロプスの体表面から採取されたスライムの残骸と思しき粘性流体からは、過酸化水素水が検出されたんです」

「……で、そのかさんか何とかというのが含まれたスライムが、川の中を潜ったまま進むという話には、どう繋がるんだ?」

「過酸化水素水に適当な触媒を付与すると、酸素を発生させることができるんです。つまりですね、彼らはスライムを使って息をしながら、この村に侵入した。そういうことですよ」


 ああ、なんてことだ。確かにこの村の真ん中には川が流れているけど、まさかそれを遡って入ってくるなんて、まったく想定外だ。


「といっても、この川から魔物が入り込まないように、村を囲む城壁のあたりに柵で塞いではいたんですけどね」

「なんだ、柵があったのか。まさかその柵を破られたと?」

「いえ、それがですね……ここ3日ほど、大雨が続いてるじゃないですか。それで柵に流木が溜まってきたので、それを取り除くために、柵が開けられていたらしいんですよ。そこを突かれた、ということのようです」

「なんだって? なんて間抜けな……」


 うーん、確かに間抜けな話だなぁ。柵を開けている隙をつかれてしまうなんて……とはいえ、まさか川を潜ってくるだなんて思わないから、こればかりは仕方がないか。


「それにしても、だ。あまりにも奇妙ではないか?」


 と、ゾルバルト様が口を開く。


「なんでぇ、どこが奇妙なんだよ?」

「本来、魔物は水を嫌う。だから嵐の時に現れるなど、滅多になかった。ましてや川を潜ってやってくるなど、今までの魔物では考えられないことだ。そうではないか、ライナルト」

「う……確かにそうだ。しかもそれは、明らかにレーダーというやつを避けるためにとった手段だ。なんだって、そんなことがあの魔物にできるんだ?」

「やはり、いるのだろうか?」

「なにが?」

「魔族が、だ」


 魔族。久しぶりに、その言葉を聞いた。そうだ、こんな巧妙なこと、魔物だけでできるわけがない。裏には絶対に、知的なやつがいる。


「そういうだろうと思って、ちょっと調べてみたんですよ」

「ピエラントーニ殿、何を調べたのだ?」

「ええ、その辺はジリアーニ中尉の方が詳しいので、そちらの話を聞きましょうか」


 と、話を振られたジリアーニ殿は、ディーノに代わってモニターの前に立つ。


「魔物は、この川を伝ってやってきた。ということは、この川沿いのどこかに、魔物らの『基地』がある。我々はそう考えました」

「つまり、魔族がいるのではないかという場所を、見つけたというのか?」

「衛星写真だけですが、そう考えられる場所を1ヶ所、見つけたんです」

「その場所とは?」

「ご覧下さい」


 といって、ジリアーニ殿はモニターに触れる。すると画面が切り替わる。森の真上から見下ろしたような映像が現れる。


「これは……」

「グアナレル村の真ん中を流れる川の上流に当たる場所です。ここから20キロほど上った場所。で、ちょうどこの辺りを見て下さい」

「これは……岩山か?」

「ええ、地形データを照合すると、ここに大きな洞窟があることが分かっております」

「洞窟? こんなところにか」


 グアナレル村からほど近いところに、洞窟がある。平原を進むと森に至り、その森を少し入ったところにはところどころ岩山がある。そしてその岩壁には、洞窟がある。

 何度か足を踏み入れた場所であるから、洞窟の存在は知っていた。が、この川沿いの洞窟はどうやらかなり大きいらしい。我々も知らない洞窟。確かにここに、魔族がいてもおかしくはない。


「場所的にも、ここで何かを仕掛けた可能性が高いと思われます。滅多に目撃されないサイクロプスを集め、しかもスライムを用いた巧妙な仕掛けまで施した。それを衛星監視から逃れて行うなんて、大型格納庫がないととてもできない装備ですよ。が、それほどの建物が見当たらない以上、どこか隠せる場所が必要です。ということで、この洞窟に魔族の最前線基地が存在する可能性があると、司令部でも睨んだわけです」

「うむ……つまり、サイクロプスほどの大きな魔物に、我々の目を盗んで何かを仕掛けるには、これくらいの大きさの洞窟でもないとダメということか」

「ついでに、2週間前の戦いの時の、あの煙の成分も分かりましたよ」

「煙? ああ、あの人型重機で森に降り立ち、サイクロプスと初めてやり合ったあの時のことか」

「ええ、そうです」

「ところで、成分が分かったとは、どういうことか?」

「ええと、あの煙がレーダーを無効化した理由を説明できるようになった、とでも言えばいいですか」

「そういえばそうだった。あの時、レーダーとかいうやつが効かないと言っていたな」

「で、その煙の正体なのですが……どうやらあれ、アルミ粉が含まれていたようなのです」

「なんだ、そのアルミとは?」

「軽い金属の一種ですよ。で、あれが煙の中にところどころ含まれており、それがレーダーを無効化していた、ということのようです」

「うむ……さっぱり分からんが、それはあの森にある木々か何かを燃やせば、発生するものなのか?」

「いえ、それが、出どころがわからないんです。ただ、あちこちに焚き火の跡があって、そこで焚かれた煙の中にそのアルミ粉を紛れ込ませて散布した、と考えられていますが、何を燃やせばそんなものが作り出せるのかすら、まったく分かっておりません」


 焚き火か。おそらくはゴブリンあたりが仕掛けたのだろうが、それにしても、煙に巻くなどという戦法を魔物が取ること自体、異例だ。そんな話、初めて聞いた。


「魔族という奴らは、存外に賢い。我々のレーダーすらも喝破する手段を、2度も行った。つまり、我々の技術に対する備えを保有しているやつがバックにいる。それが軍司令部が出した結論です」


 改めて、魔族の存在を確信せざるを得なくなる。だが、やつらは姿を現さない。今度も、魔物だけで我々に襲いかかってきた。

 昨日の襲撃で、亡くなった人は5人。いずれも、仮設市場にいた人たち。サイクロプスに襲われたのか、それとも私とディーノが放ったあの爆炎に巻き込まれたのかは分からない。が、もしあそこであれを放たなければ、さらにその数は増えていたであろうことは言うまでもない。

 今ひとつ釈然としないのは、どうして魔物らは仮設市場を目指したのだろうか、ということだ。あそこが無防備で、しかも人が大勢いる場所だと、まるで最初から心得ていたかのようだ。グアナレル村に入り込んで真っ先に狙ったのが仮設市場だったということが、どうしても引っかかる。偶然にしては、ちょっと出来すぎている気がしてならない。


「ところで、エリゼ」

「はい、なんでしょう、コンラーディン殿?」

「さっきから気になっているんだが、その服はなんだ?」


 剣士コンラーディン殿が、私の服を指差して尋ねる。ああそうか、剣士殿はこの服を知らないのか。


「ああ、これはジャージっていうのよ」


 そこに割って入ってきたのは、ジリアーニ殿だ。


「ジャージ?」

「まあ、なんていうか、体を動かしやすい服装で、運動する時などに着るわ。でも使い勝手がいいから、私なんかは寝巻き代わりに使うこともあるわね」

「そういやあ、そうだな。お前、寝る時もあのジャージとかいうのをいつも着てるよな」


 ライナルト殿も、そのジャージについて付け加える。それを聞いたコンラーディン殿は、ライナルト殿に尋ねる。


「おい、ライナルト。お前どうして、この女の寝巻きがこのジャージとかいう服だと知っているんだ?」


 うーん、痛いところをついてきたなぁ。ライナルト殿は、顔を真っ赤にして応える。


「うるせぇなぁ! 俺だって色々とあるんだよ!」

「いろいろとは、その女と夜を過ごしたという事実のことか?」

「なんだよ! お前だってアンヘリナと過ごしてるんだろう!」

「それはそうだ、夫婦だからな。何もおかしなことはない。むしろ夫婦でもないのに同じ屋根の下で夜を共に過ごしているという方が、不自然だな」


 といいながら、コンラーディン殿は私とディーノの方をちらちらと見ながら、ライナルト殿に説く。うーん、今の言葉、間違いなく私とディーノにも向けられているな。


「まあ、そんなことはどうでもいい。つまりその洞窟に何かあるってことだろう。ならば我々のすることは、その場に出向き、魔族がいればそれを叩く。ただそれだけだ」


 ゾルバルト様が強引に話を纏めてしまう。探られたくない内情への追及を断ち切れたライナルト殿は、このゾルバルト様の話に大袈裟なまでに頷いている。それを冷ややかな目で見るコンラーディン殿。


「で、ピエラントーニ殿。その洞窟へは、いつ?」

「そうですね。準備もあるので、明後日にでも出発しましょう」

「準備と言っても、人型重機とやらで向かうだけであろう」

「それはそうですが、いろいろとあるんですよ」


 なぜか煮え切らない応えに、ゾルバルト様はやや訝しげな表情を見せると、剣を抱えて立ち上がる。


「まあいいか。ならば明後日に、ここで」


 そう言い残すと、勇者様はこの詰所を出る。


「……さてと、俺も戻るか。アンヘリナがまたおかしなことをしていないか、気になるしな」

「えっ? おかしなこと?」

「ああ、目を離すと、あの破壊された仮設市場を見てニヤニヤしているんだよ。まったく、何を考えているんだか……」


 というと、剣士殿も剣を抱え、詰所を出る。


「……そんじゃ、俺たちも出るか」

「そうね。そろそろ昼時だし、またンドゥーヤを食べなきゃね」

「……おい、あれを毎日食べなきゃダメか?」

「ダメよ。でないと、せっかくサイクロプスすらも圧倒したあの力が、弱まってしまうわよ」

「うう、それだけは困るな。せっかく強くなった俺の魔導が元に戻ってはたまらないな……」


 などと言いながら、火の魔導師とジリアーニ殿も詰所を出る。


「さて、僕らも行こうか」

「そうね」

「そういえばさ、仮設市場の一部が復旧したってさ。夕食でも買っておこうか」


 えっ、もうあの仮設市場、使えるようになったの?昨日、大穴が空いて品物の多くが嵐で吹き飛ばされたというのに、あそこから直せたんだ。さすがは宇宙から来た市場だけのことはある。

 と、いうことで、ジャージ姿の私と、軍服姿のディーノがそろって市場へと向かう。

 4日ぶりの晴れ間の下を歩く。まだあちこちにサイクロプス襲撃の爪痕が残る村の中を歩き、仮説市場の前にたどり着く。

 市場のすぐ脇には、積み上げられたガラクタの山。一晩かけて、せっせとより分けたようだ。その横には、新しくなった市場の壁が見える。


「プレハブの市場だから、残骸さえ取り除けばすぐに復帰できるんだよ」


 などとディーノは話すが、プレハブというものがなんなのか、私には分からない。だから、知ったかぶりの顔で頷き、ディーノの話に合わせつつ、中に入る。

 ……うん、すごい。一部どころか、もうほとんど直ってる。サイクロプスが侵入した辺りには、さすがにまだ青い幕のようなものが被せられていて立ち入ることができないが、それ以外はほとんど前のままだ。ただし、ちょっとだけ焦げ臭い。

 食べ物は、たくさんある。昨日は結局、買い物ができなかった。このジャージだけは、あの濡れた魔法少女の衣装の代わりに貰い受けることができたが、あれだけ戦って得られたのは、このジャージだけ。買い物すら、終えていない。

 が、再びこうして普段の生活を取り戻すことが叶った。昨日のあの惨状を思えば、信じられないことだ。


「おう、お二人さん、仲がいいな」


 ちょうど昨日買いそびれたレトルト食品をカゴに詰めているところに、剣士殿が表れる。


「コンラーディン殿、やっぱり、仲良く見えます?」

「そりゃあもう側から見れば、夫婦そのものだな」

「それは良かった。この通り、ジャージ姿で胸もないから、男同士に見え……ふぎゅっ!」


 ディーノのこのへらず口を杖で突いて諌めると、その様子を薄ら笑いながら見つめているのが、アンヘリナさんだ。


「いやあ、昨日はすごかったですねぇ……あのままサイクロプスに捕まってたら、私……えへ、えへへ……」


 この人、何を考えているのか、大体想像はつくけど、おそらくアンヘリナさんが思うような展開はないだろう。その巨人が振り下ろした腕の一撃で撲殺、それで終了だ。

 そんな危ない奥さんを連れて歩く剣士殿は、腰に帯刀したままだ。昨日のようなことがあったからなぁ。ディーノも拳銃を携行しているし、周囲の人たちも皆、なんらかの武器を持ち歩いている。この緊張感は、昨日のあの事件までは見られなかったものだ。


「それはそうと、ピエラントーニ殿。明日にでもあの洞窟に向かうのか?」

「ええ、そのつもりです」

「いると思うか、魔族が?」

「魔族かどうかは分かりませんけど、きっとそこに何かあるでしょう」

「そうか」


 剣士殿は何やら思うところがあるようだ。妄想に耽る奥さんの横で、何やら黙り込んで考え込む。


「何か、あるのですか?」

「いや、俺がこういうことを言うのも妙なのだが、以前から考えていることがあってな」

「何でしょう?」

「魔族って、本当にいるのか、と思ってな」


 魔族を探し出すためのパーティーに属する人物とは思えない一言が、飛び出した。私は尋ねる。


「あの、コンラーディン殿、王国でもあの魔物の動きは、知恵者の導きがあって成り立つものだと結論づけております。なのに、その知恵者たる魔族がいないとは、どう言うことです?」

「おい、水魔導師よ、考えてもみろ。魔族というのは、姿を現さねえ。星の世界から来た優れた技を用いても、まるで見つからない。と、いうことはだ。魔族など、元々いないのではないのか? そう考える方が自然だろう」

「そ、それは、巧妙に姿をくらましているだけかもしれませんし」

「いや、思うんだが、魔族が姿をくらますことで、何の得があるんだ? 別に見られたからと言って、弱くなるわけでもなく、むしろ身を隠すために直接指揮を取ることができない分、不利になるだけだ。俺が魔族だったら、姿を見られてでも魔物を直接率いて戦った方がずっと効率がいい。そうは思わないか?」

「う……確かに……」


 剣士としての直感だろう。言われてみれば、魔族が隠れて戦う意味などあまりないような気がする。


「コンラーディン殿が仰りたいことはよく分かりますよ。ただ、それにしては魔物らの動きに、秩序がありすぎるんです。それが僕には、腑に落ちないところですね」

「なんだ、ピエラントーニ殿はやはり、魔族がいると考えるのか?」

「少なくとも、なんらかの判断を下せる存在を感じます。どうやって魔物を操っているのかも分からないけど、戦った限りでは、魔物らに多種族との連携や侵攻する場所の特定など、とてもやれる知性があるとは思えないんですよ」

「う、確かにな。あいつらから知力を感じないんだよ。それなのにどうして、このグアナレルの真ん中にある仮設市場を目がけて攻めようと思ったのか……」


 考えれば考えるほど、謎は深まる。魔物には、ほとんど知性はない。ややゴブリンがずる賢いというだけで、それでも目の前の獲物に対して物陰から集団で襲う、などと言った程度の狡猾さが発揮されるくらいだ。とても人の知恵には及ばない。


「まあいい、明日、その洞窟とやらに行けば、分かることだ。ここで結論を急ぐこともあるまい」

「そうですね、コンラーディン殿。では明日、詰所にて」

「おう、分かった。そういえば……」

「どうかされたんですか?」

「いや、ブルーノのやつがこのグアナレル村を出て魔物の森に向かって、もう一週間になるなと」

「えっ!? ブルーノ様、このグアナレル村に来ていたんですか!?」

「なんだ、エリゼ。お前もブルーノがどういう処遇になったか、聞いてるだろう」

「ええ、それはまあ……ですが、一週間前と言えばちょうど私たちがこのグアナレル村に滞在して一週間ほどの時ですよね?」

「そうだ。で、ここにたどり着いた直後、俺とアンヘリナは、できたばかりのこの仮設市場にやって来たんだ」

「はぁ、そういえばちょうど、この市場が開店した頃でしたね」

「で、その市場の中で、ブルーノのやつを見かけたんだ」

「は? ブルーノ様、仮設市場に来られたんですか?」

「見張りの兵士に囲まれていたがな。おそらく、この先の森に入るための食糧や何やらを調達していたんだろう。いくら魔物の森に追放されるといっても、手ぶらとはいくまい。せめてもの温情で、ここでの食糧の確保を許されたようだ」


 そうなんだ。ブルーノ様は、この市場にやって来たんだ。もっとも、あれから一週間が経っているというから、おそらく、今ごろは……


「おい、エリゼ。もうブルーノに『様』をつけるのはよせ。奴はもう、公爵の子息でも何でもないんだから」

「は、はい、コンラーディン殿」

「にしてもブルーノのやつ、今ごろはもうサイクロプスの腹の中にでも納まってるんじゃねえのか? あれだけたくさんのサイクロプスが、このグアナレル村にも現れたくらいだ。森の中なら確実に遭遇していることだろうなぁ」


 物騒なことを言い残して、コンラーディン殿は奥さんを連れてその場を去る。しかしまあ、剣士殿の言う通りだろう。私も勇者パーティーを抜けてすぐに、翼竜(ワイバーン)に襲われた。ディーノに助けられなかったら、今ごろは翼竜(ワイバーン)の胃袋の中に納まっていたことは間違いない。うう、今でもぞっとするな。


「さてと、それじゃあこれだけ買って、宿舎に戻ろうか」

「う、うん、そうだね……」

「あの賢者のこと、考えてたの?」

「いや、まあ、考えていたというほどではないんだけど、魔物の巣窟に単身で飛び込むというのは、どんな気分なのかを身をもって知ってるから……」

「そういうのは、思い出さない方がいいよ。ほら、こうして命が助かって、このレトルトのスープやハンバーグを食べられて、その薄い胸に少しでも栄養がいきわたるように……ふぎゅ!」


 杖でディーノの頬を突きながらも、私は思う。ディーノの言う通りだろう。いつまでもあの恐怖に思い巡らせても、仕方がない。

 そして、翌日。我々、勇者パーティー一行と4体の人型重機は、その洞窟へと向かった。

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[良い点] フロッグマンにチャフ、魔物がそんな小技してくるとおっかないですね。その拠点にも何か仕掛けられているような…。 [気になる点] ブルーノの恨みが具現化したのかな… [一言] サイクロプス「囚…
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