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#44 訓練

「なんだと!? おい、もう一度言ってみろ!」


 私の魔法少女姿など、些細なことになりつつある。争いごとが、勃発していた。


「ええ、何度でも言うわよ。このままだとあなたの火の魔導は、全然使い物にならないわよ」

「おい! 貴様、上級魔導師である俺に向かって、なんてこと言いやがるんだ!」

「なによ! 現に先の戦いでも、出番がなかったじゃないの」

「うっ……」


 と、火の魔導師を煽り立てるのは、あの「ネフェリム」を操る女、ジリアーニ殿だ。


「ああ、火の魔導師様を怒らせるなんて、なんて無謀なことを……」


 その様子を私の横で見つつ不安げに眺めつつ、やはりにやけているのは、アンヘリナさんだ。


「そして、火の魔導師様は今宵、あの女を捕らえてその両手を縛り付け、その無礼の報いをくれてやるのかと思うと……グヘヘ」


 もっとも、その妄想先は、常にどこか別の方に向いているのだが。


「もっとも、私が来たからには、もう大丈夫よ」


 ところがこの女操縦士が、火の魔導師相手にこんなことを言い出す。


「おい女、それはどういう意味だ! 俺が不要だと言いたいのか!?」


 当然、ライナルト殿は怒る。まさに火の魔導師など不要だと言わんばかりであるからだ。

 が、ジリアーニ殿はこう応える。


「何が不要よ。あなたをより強くしてあげようって言ってるのよ」

「はぁ!? 何だって! 今の言葉のどこに、俺を強くしようなんて言葉があったんだよ!」


 随分と強気だな、この人。王国公認の火の上級魔導師相手に、わりと上から目線な話っぷりだ。


「てことで、早速訓練よ!」

「は? 訓練?」

「あんた、強くなりたいんでしょ?」

「そりゃまあ、今より強くなれるんならな」

「それを科学的、合理的に支援しようっていうのよ。さ、行くわよ」


 この9810号艦の格納庫から、ライナルト殿を連れ出すジリアーニ殿。後には、勇者様と剣士殿、そしてその奥さんのアンヘリナさんに、私とディーノが残る。


「おい、ピエラントーニ中尉よ! なんだこの機体は! 傷だらけじゃねえか!」


 あ、まだ整備科の人もいたな。整備長が、ディーノに苦言している。


「しょうがないですよ。だって今度の相手は数十匹の龍と、サイクロプスなんていう初見の化け物ですよ?」

「そんなもん、バリアかなんかでふせぎゃいいだろう! それでも陸戦隊か、へたくそめ!」

「あはは、それじゃ整備長、後を頼みますよ」


 この整備長、言いたい放題なのだが、ディーノは動じない。適当にかわして、私と共に格納庫を出る。


「ぐふふ、あの整備長様、なんてたくましい叫び声を……」


 恐ろしい整備長の声を聴いて興奮しているアンヘリナさんだが、どうせろくでもないことを考えているに違いない。いや、それ以上にろくでもないことを考えているやつがいる。


「そういえばエリゼ、その服、着替えないとね」

「あ、そうだった……うう、このままじゃまた魔法少女と呼ばれてしまう……」

「いや、いっそそれを普段着にした方が、その小さな胸をでっかいリボンがごまかしてくれ……ぐふっ!」


 くそっ、腹が立つ。早く威厳ある服に戻らねば、このままではますます馬鹿にされる。

 が、ここで重大なことが判明する。


「えっ! 私の服がない!?」

「そういえば、あの射撃場に置きっぱなしなんだよねぇ」

「そ、それじゃあ、魔導師服はいつ……」

「うーん、次の補給の時までは、取りに行けないかなぁ」


 クレーリアが飄々と応えるが、実に由々しき事態だ。あの威厳ある上級魔導師の服が、なんと戦艦の中にある射撃訓練場に置きっぱなしだというのだ。そこに訪れるまでの間、私はあの魔導師の姿になれないということになる。


「まあ、せっかくビューティー・アクアになれたんだし、しばらくその格好でいればぁ?」

「ちょ、ちょっと! それ、困るのよ! なんとかならないの!?」

「そう言われてもねぇ……今、戦艦サン・マルティーニまでは3億キロは離れてるわよ。おいそれと、取りに行ける距離じゃないわ」


 うう、えらいことだ。迂闊だった。ちゃんと服のことを伝えておくべきだった。どうしてクレーリアは気づいてくれなかったのか?


「うう……私もう、部屋の外を歩けない……」

「だ、大丈夫だよ! ほら、ビューティー・アクアの格好だってよく似合ってるし、それに、他の服だって買ってあるから!」


 クレーリアは必死になだめてくれるものの、やはり魔導師としてはあの服でないと格好がつかない。このまま王国には戻れない。あんまりだ。

 とりあえず、あの戦いでは魔力を消耗しており、おなかも空いてきた。何も食べないわけにはいかない。この格好のまま、私とディーノは食堂へと向かう。


「うう、威厳が……」

「まだこだわってるの? 大丈夫だよ、元から威厳なんて……ふぎゅ!」


 こんなやつに言われると、ますます腹が立つな。なんとしてでも、代わりの服を探さねば。クレーリアがいいものを持ってないかなぁ。


「あれ、魔法少女さん、服変えたんだ」


 と、そこに、他の士官が話しかけてくる。


「いや……おいてきちゃったんです。戦艦の射撃訓練場というところに」

「あははは、そうなんだ。でも、その格好、似合ってるよ」

「えっ!? そうですか!?」

「今までのは厳かだけど、どことなく古臭く見えるから。こっちの方が私はいいなぁ」


 なんと、この服の方が良いと言われた。初めてだ。そうか、言われてみれば、あの服よりも明るくて、動きやすい。見れば見るほど、こちらの方がより斬新な感じがする。


「うん、そうだよねぇ。あっちよりはこの服の方が、新しいかな」


 おいディーノ、今さら遅いわ。こやつさっき、威厳がないとか散々、貶し放題だったじゃないか。

 ぶすっとした表情で、私はデミグラハンバーグの乗ったトレイをディーノのお向かいに座る。が、不機嫌そうな顔の私に臆することなく、いつものようにフライドポテトをちらつかせる。


「ほらほらぁ、エリゼ、フライドポテトだよぉ」

「それぐらい、分かるわよ! なんなのもう、私は家畜か!?」


 などというやり取りをしていると、突然、すぐ横で叫び声がする。


「うがっ……げほげほっ! な、なんじゃこりゃあ……げほげほっ!」


 その声の主は、火の魔導師ライナルト殿だ。なにやら激しく咳き込んでいる。


「なによ、火の魔導師のくせに、こんなものも食べられないの!?」

「おい女! なんだこの辛いのは!?」

「女、じゃないわよ、私の名はロジータ・ジリアーニ!」

「じゃあロジータよ、なんだってこんな辛いものを食わせるんだ!」

「決まってるでしょう! あんたのその火の魔法ってやつを強化するためよ!」

「はぁ!? そんなもんで、火の魔導が強くなるというのか!?」

「当然よ。火と言えば、激辛。これであなたの魔導強化、間違いないって」

「聞いたことねえぞ、そんな話」

「なによ! これでも私は技術士官、科学的根拠に基づいて言ってるのよ!」


 などと言い張るジリアーノ殿だが、なんか、胡散臭いな。


「くっそ、だが、本当に強くなれるんなら……」


 ところがライナルト殿は、ジリアーニ殿の言葉を信じ、真っ赤でいかにも辛そうなそれを食べる。そして、咳込む。また食べる。


「あら、根性あるじゃないの。さすがは上級魔導師っていうだけあるわ」

「……あ、あったりめえだ。この程度、魔導師養成所での修行に比べりゃ……ゲホゲホ……」


 その赤い食べ物を口に運んでは、まるで暖炉の火を消すかのごとく口に多量の水を注ぎ込むのを繰り返すライナルト殿。全身、汗だくだ、見ていて痛々しい。

 が、ジリアーニ殿の食事も、ライナルト殿の食事に負けず劣らず赤い。それをジリアーニ殿は、顔色一つ変えず食べている。あれ、もしかして平気なのか?


「ジリアーニ中尉、それってもしかして……」


 ディーノが、ジリアーニ殿にその赤い食べ物について尋ねる。


「ああ、これ? この食べ物はンドゥーヤっていうの。こうやってオリーブオイルに浸けて、パンに乗せて食べると最高なのよ」


 と言ってなにやら赤い塊を取り出す。真っ赤な肉の塊のようだが、それを切って半透明の油のようなものに浸して、パンの上に乗せて齧り付く。

 見るからに辛そうだけど、平気なのかなぁ。でも、美味しそうに食べるものだ。私もちょっと、食べたくなってきた。


「あれぇ? エリゼちゃん、もしかして、ンドゥーヤを食べてみたい?」


 ジリアーニ殿が、私を誘う。思わず私はこくこくと首を縦に振ってしまう。

 ジリアーニ殿から渡されたそのパンの上に乗せられたその真っ赤な肉は、美味しそうでもあるが、どこか本能的に危うさを感じさせる。それが、私にその食べ物に食らいつくのを躊躇させる。が、私は意を決して、そのパンに食らいつく。

 最初は、その濃厚な味に口の中が満たされる。が、すぐにそれは、本性を現す。

 火だ。口の中が、まるで業火に覆われたように熱い。おまけに、針のむしろに食らいついたかのように痛い。その激しい熱と痛みに耐えかねて、私はコップの水を飲み干す。


「ひゃーっ!」


 声にならない雄叫びが出る。舌を出しながら叫ぶ私を見て、ジリアーノ殿は笑い出す。


「あははは! 辛さに慣れないうちにガッツリ食らいつくのはダメよ!」


 くそっ、笑われてしまった。しかしこれ、辛いなんてものじゃない。口の中が痛い。これに慣れろとか、どうやっても無理だろう。


「おおおおっ! この程度の辛さ、負けてたまるかよ!」


 この鬼のような女の仕打ちを真っ向から受けるライナルト殿。すでに水を何杯も飲みつつ、口を真っ赤にしながらあれを食べ続ける。ただ、己の魔導を高めるために……

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