#42 強襲
強襲艦という小ぶりの船に乗せられた。
4体の人型重機が詰め込まれたこの小さな船では、私はとうとう着替えられなかった。辛うじて杖だけを持って、ギガンテスの後席に乗り込む。
『まもなく、作戦空域に到達! 全機、発進準備! 各機、状況を送れ!』
『1番機、ポセイドン、準備よし!』
「2番機、ギガンテス、準備よし!」
『3番機、ゴリアテ、いつでも出られる!』
『4番機、ネフェリム、OKよ!』
狭い人型重機の後席に乗ったまま、この強襲艦ごと、地上に戻ってきた。外は見えないが、どうやらここは、グアナレルの近くらしい。
とはいえ、見えるのは、ぎっしりと人型重機を詰め込んだ、筒のようなところ。1番機のコルティ殿の後ろには、勇者ゾルバルト様が、そして3番機、4番機には、剣士コンラーディン殿、火の魔導師ライナルト殿が乗り込む。
しかし、我々が乗ってなんの役に立つのだろうか?と思うのだが、ディーノ曰く、この重機に乗る皆はグアナレルの周辺を知らないし、魔物のことも知らない。だから、詳しい者を乗せて出撃しないと作戦に影響が出る、だそうだ。
こんな魔法少女の格好のまま出撃だなんて、嫌だなぁ。でも、この人型重機の中では狭すぎて着替えられない。
『降下作戦開始まで、あと2分!』
この小さな船の指揮を取るのは、9810号艦の副長であるクリオーネ殿だ。よほど急いでたようで、手近な人物に指揮を依頼したらしい。
ところで、火の魔導師が乗る人型重機「ゴリアテ」には、女の操縦士が乗っている。ジリアーニ中尉と言うそうだが、まだ直接、話はしていない。しかし、女であの巨人を操るのか。なんでも、わざわざこんな魔物だらけのところに志願してやってきたそうだ。変わった人であることは、間違いない。
『3番艦、コースよし、コースよし、よーい、よーい、よーい、降下、降下、降下ぁ!』
と、急にクリオーネ殿の号令がかかる。筒の先が、ガバッと開く。その開いた穴から、まずコルティ殿の1番機が滑るように飛び出す。
続いて、この2番機が、飛び出した。
シャーと音を立てて、筒の中を滑り空中に出る、というより、放り投げられたといった方が正確かもしれない。いきなり目の前に、空が広がる。と、この重機はクルリと地面を向き、落っこち始める。
「きゃあああぁ!」
思わず私は叫ぶ。フワッとした感触は感じないものの、落ちるという事象に人は、本能的に危険を感じる。これを操るディーノは、よく平気でいられるものだ。
「やかましいなぁ。これで空を飛ぶのは、初めてじゃないでしょ」
「いきなり空に放り込まれて落っこちれば、怖いでしょう!」
「そうかなぁ。大丈夫だよ。ほら、もう水平飛行に移ったし」
無神経というか、何というか。私はこの手の訓練を受けたわけじゃないのだから、怖くなって当然であろう。
と、思ったが、他の重機に乗った勇者様や火の魔導師、剣士殿が動揺しているようには見えない。見えないだけだが……あの方達は、これくらいのことで、叫ぶことはなさそう。くそっ、もしかして怖がっているの、私だけか?
『ポセイドンより各機! 強襲艦のレーダーに感あり、1時方向、距離4100、数20、速力40! 龍族と思われる飛翔体が、こちらに接近中! 直ちに、攻撃態勢に入る!』
降りて早々、龍族が現れた。その数、20匹。なんだか、少なく感じるな。おそらく、森の木々に潜んでいるのだろう。
「ギガンテスより各機! 前方の龍族は囮の可能性大! 高度をとりつつ、接近されたし!」
『ポセイドンよりギガンテス! いや、むしろ低空で接近し、森に潜む龍族を炙り出す! 全機、バリアシステムを展開しつつ前進!』
ディーノは以前、森の中から飛び出してきた火龍に襲われて、酷い目にあった。それを警戒しての進言だが、どうやらコルティ殿はそれを敢えて受けて、逆にあのバリアとかいう無敵の盾の餌食にしようと考えているらしい。
密集隊形のまま、4体の人型重機は飛行を続ける。前方には、翼竜の群れが見えてきた。
が、やはりというか、それは現れた。
火龍だ。森の木々の間から、人型重機目掛けて飛びかかる。目前には、あの真っ黒なうろこに覆われた獰猛さをあらわにした姿を晒す。
が、一瞬にしてそれは、弾き飛ばされる。目の前で、バリアに触れた際に現れる真っ赤な火花を散らしながら、その黒い身体は森の上に落下していく。
「同じ手に、二度も引っかかるかよ!」
ディーノが叫ぶ。そして、右腕に備わった銃を下に向ける。ディーノは、引き金を引く。
ババババッと音を立てて、青白い光の筋が森の木々に吸い込まれる。と同時に、いくつもの白い光の玉がパパッと光り、森の木々ごと吹き飛ばす。先ほどのあの黒い龍の身体が、四散するのが見える。
うわぁ……圧倒的じゃないか、この人型重機の力は。他の3体も同様に、地面に向けてその無敵の光の魔導を地上に放つ。
その勢いを、迫る翼竜にも向ける。前方に向きを変えた右腕から、光の魔導が乱れ撃ちされる。ババババッというけたたましい音と共に、遠くに見えるあの黒い点がバッタバッタと落ちていく。
『ポセイドンより各機! 翼竜群、消滅! おそらく、まだ残存する魔物がいると思われる、地上からの攻撃に備え!』
まだ、攻撃の手を緩めないコルティ殿が、皆に警戒を呼び掛ける。が、あっという間に、20体もの翼竜をも叩き落してしまった。この大陸中央では無敵を誇っていたあの龍族が、たった8体の人型重機を前に、なすすべもなくはたき落とされていく。
これで、魔物も終わりだ。油断さえしなければ、例え火龍が束になってその火の魔導を放とうと、この人型重機の堅い鎧を打ち抜くことはできない。
しかし、そうなると、私達が今、ここにいる意義はなんなの?
勇者ゾルバルト様の魔導は、強い。が、その魔導に頼らずとも、この森で最強の集団を圧倒できる力をディーノ達は備えている。ましてや、私の水の魔導など、出番はない。
これまで苦戦を続けていた魔物を前に、圧倒的な戦いぶりを見せつける彼らの群れの中で私は、どこか寂しさを感じていた。
「ははっ、さすがに人型重機隊相手では、龍族と言えども……おや?」
まさに勝利に酔いしれるディーノの口調に、変化が見える。
「どうしたの、ディーノ?」
「いや、目の前に、煙が……」
ディーノが、前方を指差す。その先には、白い煙が森の木々からいくつも上がっている。
「おかしいな、あそこはさっきの翼竜のいたところじゃないぞ。流れ弾で、森に火災でも発生したのかな?」
ディーノが煙の出所に言及している。が、それは思いの外、深刻な事態をもたらす。
急激に広がりを見せる白い煙。なにか、おかしいな。森で火事が起きるところは何度も見てきたが、あれほど勢いよく煙が広がるなど、見たことがない。
そしてその変化は、まったく別の影響をもたらす。
『ゴリアテより各機! 当機のレーダー、使用不能!』
『ポセイドンより各機! こちらも同じだ! レーダーサイトに、巨大な影が映ってなにも感知できない!』
なんだ、何が起きているの?胸騒ぎを感じる私に追い打ちをかけるように、ディーノも叫ぶ。
「ギガンテスより各機! こちらのレーダーも同様! 使用不能!」
白い煙に覆われ始める4体の人型重機に、深刻な事態が起こり始める。




