#41 攻勢
「……目標捕捉、これより、攻撃に移ります」
「了解、攻撃開始」
「ビーム照射! ……命中、目標消滅」
「光学観測でも、消滅を確認」
「次目標に照準」
「了解、ナンバー1143に照準を移動」
さっきから、暗い部屋の中でぶつぶつと何かを唱えている人が四人、一体何をしているのかと思ったら、グアナレル村近くの魔物を討伐しているという。
なんでも、衛星という、地球の周りをぐるぐると回る仕掛けから攻撃を行ってるんだとか。モニターには確かに、翼竜の姿が映し出されている。
「衛星軌道上からの攻撃であるため、上空を飛ぶ龍や、開けた場所に集まるゴブリンの群れならば、この迎撃システムで攻撃が可能です」
「は、はぁ……」
「低軌道上に40基、静止衛星軌道上に2基の攻撃衛星があり、常に4基以上の衛星がこの地域を捉えている状態です。これに地上との連携が可能となれば、魔物の脅威はほぼ消滅します」
と、私は説明を受けるも、さっぱり理解できない。いや、実感が湧かないというのが正直なところか。
グアナレル村からはるか遠く離れたこの場にいる人たちが、まさに今、魔物を攻撃しているのだが、目の前に魔物はいない。だから全然実感しようがない。そんなところだろうか。
「ビームだけで、広範囲にいるゴブリンの群れに攻撃など、できるのですか?」
「ああ、広範囲に広がる魔物を攻撃する際は、ビームではなく『悪魔の杖』と呼ばれる兵器を使うつもりだ」
「えっ!? あ、悪魔の杖、ですか!?」
「衛星内にガトリング式に装填された、重さ1トンの金属棒を地上に向けて打ち出すんだ。着弾場所の周囲数百メートルにいる魔物は、たちまちにして消滅する」
「ああ、いわゆる質量兵器ですか……」
なんのことを言っているのか、さっぱり分からないが、名前からして「悪魔」のような武器なのだろうな。私はそう、解釈する。
「で、今は衛星攻撃だけなのですか?」
「まもなく地上への降下作戦も実施される予定だ。まずは最前線であるグアナレル村への物資補給と防衛強化を優先している」
この会話を聞いたところでは、グアナレルに何かを運び込んでいるようだ。森に向かう時、あの村に立ち寄ったことがあるが、連日の魔物との戦いで疲弊していた。あの兵士達が、救われているといいのだが。
「グアナレルか……我々がたどり着いた時は、かなり士気が下がりつつあったが、今はどうか?」
「村の城壁周辺に、魔物の自動迎撃システムを構築しました。もし、接近する魔物があれば、それが自動的に捕捉、攻撃します。このシステムのおかげで、見張りに立つ兵士の数が減り、かなり士気が戻りつつあるとの報告を受けております」
勇者様もグアナレルの様子が気になるようで、説明に立っている士官に尋ねていた。どうやら、今は随分と状況は良くなっているようだ。それを聞いて、私も安心する。
が、部屋に戻ると、急に不安になる。
「あの、ディーノ」
「なんだい?」
「もしかして私たち、もう不要なのかも……」
「どうしたんだい、急に?」
「だって、ギガンテスやら空からの魔導攻撃の仕掛けやらで、あらかた魔物は倒せそうじゃない。これなら、魔族だって……」
「それはそうだけど、だからって勇者パーティーが不要ってことはないと思うよ」
「なんでよ。私の魔導なんて、あのビームっていう魔導がある限り、要らないじゃない。それどころか、勇者様の魔導だって……」
「そうはならないよ。だって僕ら、この星のことを全然知らないし」
「……そんなこと言ったら、私だって魔族や魔王のこと、ちっとも知らないわよ」
「でも、魔物のことはよく心得ているんだろう? だったら、君たちの協力なくして、魔物退治や魔王討伐なんて為しえないよ」
「そうかしら……」
ディーノと出会ってからというもの、とんでもないものばかりを見せられている。彼らの持つ、破壊的な魔導の力、時に油断により危機に陥ったことはあるものの、彼らが本腰をあげて魔物退治に乗り出した。あれが地上からいなくなるのは、時間の問題だ。
しかし、魔族は見つからない。我々を超越した魔導を用いて、あれだけ探し続けても姿を現そうとしない。気味が悪いな。
そんなことを考えながら、私は眠りにつく。
「エリゼちゃーん、もう朝だよー!」
ガンガンと、無神経に扉を叩く音が響く。あの声は、クレーリアだ。
私は起き上がり、ベッドを降りて出入り口に向かう。
「おはよう、エリゼちゃん!」
「ええ、おはよう……って、ここ、朝も夜もないところじゃあ……」
「えーっ? だって今、王都の時間で、午前8時ごろだよ」
「うん、いや、その……そんなことより、どうしてここに私がいると?」
「あれぇ!? まさかピエラントーニ中尉との関係が、バレていないとでも思ってたのぉ!?」
いやにゲスい顔で私を見つめるクレーリア。そう、私がいるこのホテルの部屋は、本来、私がいるはずのない部屋である。
そして、そのことは誰も知らないはず。たった一人を除いては。
「……なんだ、ベントーラ准尉か」
「おや、ピエラントーニ中尉、おはようございます。夕べは、お楽しみでしたか?」
そう、この部屋にいるディーノだけが知ってるはずなのに、どうしてクレーリアがここに……?
「さすがだな、ベントーラ准尉。よくここにエリゼがいると分かったね」
「そりゃあ、あれだけ露骨に下心丸出しでエリゼちゃんにアタックし続けていたから、そろそろかなぁって思っただけですよ。おまけにエリゼちゃん単純だから、このハイエナの餌食になるのも時間の問題だろうって思ってたし」
ニコニコと笑顔を浮かべるクレーリアだが、いうことは辛辣だ。つまり私は、まんまとこの男にしてやられたのだと言いたいらしい。
「……で、クレーリア、わざわざこんなところにやってきて、何の用事なの?」
「あのね、軍の広報部から、エリゼちゃんを連れてきて欲しいって頼まれてね」
「広報部?」
「軍の宣伝を請け負っている部署だよ。いよいよ本格的に、魔物との戦いをやるでしょう? で、その戦意高揚のためのイメージキャラが欲しいんだって。そしたら、ちょうどいいタイミングでここに『魔法少女』がいるじゃん、て話になったのよ」
また魔法少女か。なんかこう、私に関してあらぬ誤解が広がっている気がするんだが。
「そりゃあいいや。エリゼのあどけない姿なら、我が軍の全陸戦隊員を虜に……ふぎゅっ!」
いちいち腹立つな、この男。そもそも、こいつが元凶だろう。ますます私の威厳がなくなっていく。
「て、ことでさ、さっさとそのだらしない姿を、いつものパリッとしたガバガバ服に変えて、出かけるわよ」
「出かけるって……どこに行くの?」
「射撃訓練場。あそこでセット組んで、撮影会をするんだってさ」
ああ、私や勇者様の魔導を調べたところか。でも、セットってなに、撮影会ってなんなの?何をされるのか、見当もつかない。まさか、今さら私を切り刻んだりしないよね?
「初めまして、魔法少女エリゼさん。私、広報部のコルツァーニと申します」
「は、はあ、エリゼです」
「まあ、可愛らしいお方ですわ。まさに戦意高揚にはぴったり。むさ苦しい陸戦隊の漢どもに囲まれた、一輪の花のように儚き少女。そのお胸の小ささが、さらにそのあどけなさを強調してそそられるわぁ。よろしくね!」
なんだろう、私は今、物凄く馬鹿にされてなかったか?私は毅然とした口調で反論する。
「あ、あの……私は魔導師であって、魔法少女ではないのですが……」
「え〜っ? 魔導師って響きは、おっさん臭いですよぉ。なら、間をとって『魔導少女』てのはどぉー?」
「は、はあ、それなら……」
うう、私の主張が通らなかった。威厳が、伝統が……
「それじゃあ、早速撮影会、始めましょうかね? ええとその前に、この服装を何とかしないとダメねぇ」
さっきから思うのだが、この人、どう見ても男だ。なのにこの喋り口調、滲み出る本性、どことなくエスコパル卿と同じ匂いがする。
それはいいのだが、この服がダメだという。いや、これは王国魔導師としての正式に認められた者のみが着ることができる由緒ある服であり、私の誇りでもある。
その誇りある服に変わって出された服に、私は愕然とする。
「こ、これは……」
「うちはビューティーケアのスポンサーもやってるから、これなら使えるわぁ! 体形も、水の魔法を使うというイメージもぴったり!」
そう、それは「ビューティー・アクア」という魔法少女の服だ。
「ええ〜、これ着るんですかぁ!?」
「イメージが大事なのよ、イメージが! 悪の権化である魔物や魔王と懸命に戦ってるっていう、その健気な姿こそが戦士たちを奮い立たせるのよぉ! それには、その渋い服よりもこっちの方がぴったりだわぁ!」
「いや、魔導師としての威厳が……」
「威厳なんてものは、服装では決まらないわよ! いかにむさ苦しい漢どものハートを鷲掴みにできるか、それこそが威厳だわぁ!」
無茶苦茶言うな、この人。要は私に、これを着せたいだけだろう。そんな誘いに、私は絶対に……
乗ってしまった。
私は、あの伝統ある魔導師服を脱ぎ、ビューティー・アクアとかいう架空の人物の服に身を包む。
白く、身体に張り付くような上着に、大きな青い襟がつけられ、背中には大きな青いリボンがある。短すぎるスカートに、頭には青い魔石のようなものがつけられたティアラを被せられる。手には……なんだ、この杖は。いやに白くて、軽いぞ。
「はーい、それじゃあ撮影会、いくわよぉ〜! 」
「あ、はい、こんな感じですか?」
「あ、ダメダメ! もっとこう、大胆かつ繊細に! 力強く杖を突き出しつつ、スカートの中は、見えそうで見せない感じで!」
「ええ〜っ? ど、どういう格好ですか、それは?」
ところがいざ、撮影会とやらが始まると、ますます無茶振りされるようになった。この人、何を言ってるのかさっぱり分からない。
そんな撮影会が、半刻ほど続く。
「うへぇ、疲れた……酷い目にあった……」
着なれない服を着て臨んだ撮影会に、私はすっかり疲れ切ってしまう。ベンチの上で私は倒れるように寝転ぶ。
「お疲れ様」
と、そこに現れたのは、ディーノだ。
「あの、本当にこんなことで、陸戦隊員の戦意高揚なんてできるの?」
「ああ、大丈夫だよ、多分」
「多分って……クレーリアによれば、陸戦隊員のような人は、魔法少女なんて惹かれないんじゃないの?」
「そんなことはないよ。僕の知る限りでは、ビューティーケアは陸戦隊員にも大人気だよ」
「えっ! そうなの!?」
「例えば、コルティ大尉なんて、ビューティーケアの隠れファンだって。エリゼが来てから、みんな妙にビューティーケアのことを口にするから尋ねたら、実はファンだって告白してくれてさ。で、コルティ大尉曰く、陸戦隊員にビューティーケア好きは多いって言ってたよ」
そうなんだ。ちなみにコルティ殿は、ビューティー・ルシファという、やや背が高くて胸の大きめの、金髪な魔法少女が推しらしい。
「それはともかく、エリゼの撮影会も戦いの一環だよ。これで地上に向かう全陸戦隊員が、エリゼのその小さな胸に惹かれて集い……ふぎゅ!」
一言多いな、相変わらず。その胸に真っ先に惹かれたのは、どこのどいつだ?
が、その時、ディーノのスマホが、けたたましく鳴り出す。慌ててそれを手に取るディーノ。
「……なんだと?」
「どうしたの?」
「いや、グアナレル村の近傍に、突如、多数の魔物の群れが現れたらしい」
「えっ? 魔物の群れ?」
「未だかつてない規模だそうだ。2種類どころか、龍だけで火龍に翼竜、そして水龍も確認されている。おそらくは、ゴブリンなど地上の魔物も木々に紛れて攻めてきていると書かれている」
「えっ、なにそれ、とんでもない群れじゃないの!」
「僕にも出撃命令が出た、すぐに行こう!」
「えっ!? ちょ、ちょっと、まだ着替えてない……」
私は、着の身着のまま、つまりビューティー・アクアの格好のまま、ディーノに引かれて射撃訓練場を出る。
私だけではない、勇者パーティー一行にも、出撃命令が下ったらしい。慌てて、この戦艦サン・マルティーニの街を出て、とある場所へと向かう。
いきなり、私は魔物の群れとの戦いの最中に、放り込まれることになった。




