#4 魔族城
「大丈夫ですか!?怪我など、してませんか!?」
人語を発しながら、その魔族は私に迫る。ギガンテスの腕越しに地面に降り、私のそばまで駆け寄る。
「あ……いえ、大丈夫……」
そう言って、なんとか立ちあがろうとするも、立ち上がれない。左足が、いうことをきかないのだ。するとその魔族は、私のその左足を見て叫ぶ。
「た、大変だ!怪我してるじゃないですか!」
そう言ってその魔族は、私の足首を握る。そして、服の裾をガバッとめくり上げる。
恥ずかしさと恐怖から、思わず私は右足で、その魔族を蹴る。足先は、その魔族の顔面に当たる。
「んぐっ!」
しまった。あろうことか私は、魔族に手を、いや、足を上げてしまった。殺される。私はそう覚悟する。が、その魔族はこう言い出す。
「ご、ごめんなさい。まさか、履いてなかったとは思わずに……」
随分と、低姿勢な魔族だな。私の足首から手を離すと、その魔族は立ち上がってこう言う。
「結構、血が出てますよ。さっきのあのモンスターにやられたんですね。ところであなた、お一人ですか?」
「えっ?あ、はい……」
「そうですか、困ったなぁ……ちょっと待って下さい」
魔族はそう言うと、胸の辺りから、何かを取り出す。
「カルパッチョより、9810号艦!地上にて、モンスターの襲撃に遭った民間人を救出!左足に受傷、艦内治療の要ありと認める!……はい、統一語を話しており、通じます。……はい、了解しました。では当機は作戦を中止、民間人を収容し、直ちに帰投します!」
黒い板に向かって、何をさっきから一人でぶつぶつと言っているのだろうか?その不可解な独り言の後々に、黒い板を再び胸にしまい込むと、私の方を向く。
「許可が出ました。治療のため、あなたを我が艦にお連れいたします」
「えっ?いや、それはちょっと……」
「こんな場所に放置するわけにはまいりません。では、失礼!」
そういうと、その魔族は私を両手で抱え上げ、そのままギガンテスに向かう。
ひえええっ、あの魔物の中に、入るの?私は咄嗟に叫ぶ。
「あ、あの!」
するとその魔族は、歩みを止める
「……どうかしましたか?」
「いえ、その……」
「あ、そうか。忘れものですね。どこです?」
「えっ?あ、はい……あそこにある杖を、拾って欲しいのです」
「分かりました。あの茂みに落ちてるやつですね」
何が「はい」だ、相手は魔族だぞ?心許して、どうする。だが、その魔族は私の言葉を聞き入れて、茂みのそばにあった杖を拾う。それを手渡してくれるのかと思いきや、それを持ったまま、私はギガンテスに連れて行かれる。
ああ、だめだ。杖がなくては、私は水の魔導を放てない。この魔族の男は多分、魔導を警戒して杖を渡そうとしないのだろう。そして魔族は私を腕に抱えたまま、ギガンテスの腕伝いに登り、中へと入る。
……見たこともない何かが、並んでいる。椅子らしきものが2つ、縦に並んでいて、その前には何やらチカチカと光る不思議な仕掛けが、いくつも置かれている。
おかしいな、ここはギガンテスの中ではないのか?生き物らしさを、まったく感じない。
魔族は私を、後ろの椅子の上に下ろす。硬い椅子だが、座り心地は悪くない。魔物の中だというのに、いやに快適だ。どうなってるんだ、この魔物は?
そしてその魔族の男は前側の椅子に座ると、なにやら喋り始める。
「カルパッチョより9810号艦!民間人収容!これより、帰投する!」
なんだ?また独り言を言い始めたぞ、この魔族の男は。もしかして、何かの詠唱だろうか?にしては、意味不明な言葉が多過ぎるのだが……
『9810号艦よりカルパッチョ!艦長より民間人受け入れ、了承!直ちに帰投せよ!』
ところが、どこからか別人の声が聞こえてくる。あれは独り言ではなかったのか?しかし、誰と会話をしているのだろう。
まさか、このギガンテスの声なのか?にしては、声が小さい。あの巨体から発する声とは思えない。
「それじゃあ……ええと、お嬢さん、なんと呼べばよろしいのですか?」
不意に私は、名前を尋ねられる。だが、魔族などに名乗りたくない。私はこう答える。
「名前を尋ねるなら、そちらが先に名乗るのが、礼儀ではありませんか!?」
だが、よく考えれば、魔族相手になんて強気なことを言い出すのだろう。しかしこの魔族は、私のこの言葉に、丁寧に対応してくれる。
「これは失礼しました。小官は、地球811遠征艦隊第30小隊所属の駆逐艦9810号艦、人型重機パイロット、ディーノ・ピエラントーニと申します。階級は中尉で、25歳。独身です」
実に丁寧だが、さっぱり理解できない言葉を並べ立てた自己紹介を受ける。な、なんだ、アースって?えんせいかんたい?くちくかん?ええと、それはともかく、この方はディーノさんというらしい。
魔族だというのに、随分と丁寧な対応を受けてしまった。私とて、エスタード王国最強のパーティーに所属していた、誇り高き魔導師だ。応えねば、非礼にあたる。
「私は、エスタード王国出身の魔導師、エリゼ・バッケスホーフと申します。属性は、水。今年で18になります」
「へぇ〜、魔導師のエリゼさんですか。ところで、魔導師ってどういう職業なのです?」
私が応えて名乗ると、妙に軽い言葉が帰ってきた。なんだ、さっきまでのあの丁寧さはどこへ行った?私はちょっと、ムッとする。
「ああ、いけない!すぐに艦に戻らないといけないんだった!エリゼさん、その怪我、もうしばらく我慢してくださいね!それから……」
「は、はい」
「……お願いですから、僕を後ろから蹴らないでくださいね。操縦中に蹴られたら、墜落しかねません。それだけは、頼みます」
にこやかに私にそう告げるこのディーノという魔族は、しかしこれが脅し文句なのだと私は悟る。今度、私が危害を加えたなら、ただでは済まないぞ……つまりは、そう言っているに違いない。
ギガンテスのあの大きなガラスの覆いが、バタンと閉じられる。もはや、私はこの巨人の中に閉じ込められてしまい、逃げることができない。
「カルパッチョ、発進する!」
緊張感のある声で叫ぶ魔族、その直後より、ヒィーンという甲高い音が響き渡る。ギガンテスの鼻息だろうか?にしては、聞いたことのない音だ。
と、その直後に、前に進み始めるギガンテス。ガシン、ガシンとあの金床を叩くような音を立てて、あの翼竜のところへ行く。そして、その場にて再びしゃがみ込む。
「これは、回収しておかないと」
などとぶつぶつ言いながら、あの翼竜を持ち上げる。ギガンテスの両腕で、頭の吹き飛んだ動かぬ翼竜を抱えたまま、立ち上がる。
そして私は、信じられない光景を目にする。
さらに甲高い音を立て始めたギガンテスが、ふわっと宙に浮き始める。気のせいかと思いきや、徐々に地面から離れていく。ギガンテスの足元を見ると、すでに地面から離れている。
羽もないのに、空に向かって浮かび始めるギガンテス。強大な魔導を使う伝説の巨人とは聞いていたが、まさか宙に浮かぶ魔導を心得ていたとは思わなかった。
あの翼竜をいとも容易く貫く青い光の魔導だけでなく、浮遊魔導までつかえるなどとは、やはり只者ではない。そんな魔物を操るこの男も、やはり只者ではなかろう。
すでに、遠く地面は離れていく。真下には、雲が見える。雲よりも高いところに達するなど、もちろん初めてのことだ。だが、さらに上へと昇り続けるギガンテス。
「カルパッチョより9810号艦!高度8200!まもなく、アプローチに入る!」
『9810号艦よりカルパッチョ!了解、ハッチ開く、着艦せよ!』
相変わらず、誰かと話をしている。しかし、言葉は分かるけれど、理解はできない。さっきから、カルパッチョだの9810だの着艦だのと、なんのことを言っているんだ?
ところが、私を驚愕させるものが、眼前に現れる。
雲の切れ目から、灰色の岩のようなものが現れる。しかしそれは明らかに切り出された岩で、まるで砦のようだ。やがてその奥に、円形の物見台のようなものが見えてくる。
そこには、大きなガラスの窓のようなものがついている。その横や下を見れば、堅牢な壁が見える。
私は、それがなんなのかを察した。そうだ、これは城だ。空に浮かぶ城、巨大な城壁、そしてあの物見台はその城の居館なのではないか?
魔物の姿はあれど、魔族の姿を見かけることはなかった。それはつまり、彼らの住む場所が、地上にはないからということか。
空中に浮かぶ、堅固な魔族の城。その城の一部が開き、その中に私は、ギガンテスごと吸い込まれていった。