#38 判明
で、王都郊外に降り立ったこの駆逐艦9810号艦という船に、勇者パーティーの一行が集まる。
が、三人のはずが、四人になっていた。
「コンラーディン殿、こちらは、どちら様ですか?」
艦底部にある入り口前で、ディーノと皆の到着を待っていると、コンラーディン殿が二人で現れた。赤茶色のワンピースに、赤毛の長い髪。どう見ても、女だ。胸の辺りを見れば、私よりも遥かに女らしい。そこで私はその隣の人について尋ねる。
「ああ、俺の嫁さんだ」
ディーノと私は、その場に倒れそうなほどの衝撃を受ける。
「ええっ! こ、コンラーディン殿は、奥様がいらっしゃったのですか!?」
「あれ、知らなかったか?」
「ええ、まったく。ということは、あの旅の間も、ずっと留守番を?」
「そりゃあそうだ。魔物の巣窟に、こいつを連れて行けないだろう。が、ここなら危険はないだろうから、連れてきた」
「いや、結構危ないと思いますけど……ところで、やはり縁談でのご結婚で?」
「そうだ。親同士で決められた結婚だ」
ここ王都では、騎士以上の身分ならば親同士や商取引、政略上の理由で、相手が決まることがほとんどだ。コンラーディン殿も、例に漏れず、と言ったところか。
が、その奥さんは浮かない顔だ。この王宮よりも巨大な船に、おそらく理由も聞かされず、連れてこられた。おまけに、自分の主人を弾劾した人物、つまり私が目前にいる。心穏やかであろうはずがない。
「えっ! 奥さんを連れてきたぁ!?」
さらに驚いたのは、クレーリアだ。慌ててその奥さんのそばに駆け寄って……スカートを、捲り始めたぞ?そして、頭を抱えて叫ぶ。
「あちゃー、エリゼちゃんと同じだわ!」
ああ、多分、下着をチェックしていたのか。いや、この王国で、こんなものをつけている方が珍しいのだが。しかしクレーリアよ、初対面でいきなりスカートを捲るのは、いくらなんでも失礼ではないか?
「おう、てわけでよ。ここでの生活のことを、アンヘリナに教えてやってくれ。もっとも、俺も知らねえんだけどな。はっはっはっ!」
と言って、コンラーディン殿は奥さんを連れて、船内へと入る。
「あんなに豪快な人が乗るの? あんなのがあと二人、いるんでしょう。大丈夫かなぁ、この船……」
うん、大丈夫じゃないと思う。しかも、今入ったのは、魔導の才のない剣士だ。後の二人は、王国きっての魔導師ばかり。
「すまねえな、世話になるぜ」
言ってる側から現れたのは、火の魔導師、ライナルト殿だ。
「……なんだ、俺の背中に、何かついているのか?」
「ああ、いえ、もしかして、奥さんでもついてきてないかと……」
「はあ? いるわけないだろう、コンラーディンじゃあるまいし!」
なんだ、ライナルト殿はコンラーディンの奥さんのこと、知っていたのか。と、いうことは、知らないのは私だけ?
で、最後に現れたのは、勇者ゾルバルト様だ。なお、こちらも奥さんはいない模様だ。
「水の魔導士よ、世話になる」
「は、はい、ようこそ、空飛ぶ船へ」
「いや、エリゼ、ここは駆逐艦9810号艦って言うんだよ。ということで、ゾルバルト殿、ようこそ我が艦へ」
「ああ、こちらのことは分からぬ身ゆえ、さまざま、迷惑をかけるやも知れぬ。予め、ご容赦願いたい」
「はっ、心得ました!」
ディーノが、調子よく対応する。そして、出入り口であの大剣を渡し、中に入る。
「ちょっと、エリゼちゃん」
「なに?」
「さっきのあの白服のでっかい人、あれが勇者様?」
「そうだけど」
「へぇ、あれが勇者様。まるでビューティーケアに出てくる、仮面の騎士みたいな雰囲気ねぇ。やっぱり、本物は迫力あるわぁ」
なんだそれ。ビューティーケアに登場する水の魔法少女の成り代わりがここにいるというのに、こちらは持ち上げてはくれないのか?
「だけど、ああいう清々しい顔の男ほど、下心も大きいはず。氷山の一角ってやつ? 見たところ、ハイエナを超えてライオンだわ。警戒せねばダメね」
無論、いつもの男への警戒は怠りない。しかしクレーリアよ、やはり男がらみで何かあったのか?
全員が船内に入ると、すぐに宇宙へと出発することになる。艦橋の窓の前には、ずらりと勇者パーティー五人と、奥さんが一人、並ぶ。
「これより、戦艦サン・マルティーニに向けて出発する。機関、出力上昇! 両舷、微速上昇!」
「機関出力上昇、両舷微速上昇!」
ゴゴゴッと低い唸り音を上げながら、船は上昇を開始する。王都の街が、徐々に離れていく。
「ああ、空に……浮いていく……」
不安なのだろう。アンヘリナさんは、コンラーディン殿にしがみついたまま、窓の外を眺めている。その肩を抱き寄せる剣士。
「思ったよりも、静かに浮かぶものなのだな。もっと派手な詠唱をして浮かび上がるのかと思っていたが」
「我々の魔導とは、大きく異なるのだ。詠唱など必要としない、ということか」
火の魔導師と勇者様は、空に浮かび上がるこの船の魔導が気になるようだ。しかし、よく冷静に受け止められるものだ。私など、地上を離れる船に不安を覚えたものだが。やはり、勇者の度量の大きさか?
しかし、それもさらに高いところに上がると、さすがの勇者様も不安になってきたようだ。昼間だと言うのに、空が徐々に暗くなる。この不可解な事象を前に、その表情も優れない。
「あれ? 濃い雲が、王都に近づいているみたいだ」
ここで冷静でいられるのは、このパーティーではディーノくらいのものだ。そりゃあ、慣れているからな。そんなディーノが、何かを見つける。
「あの、どうしたの?」
「ほら、あの真っ黒な雲、さっきからピカピカと光あの雲が、王都に近づいている」
「本当だ……それじゃあ、王都が嵐に飲み込まれるんじゃあ……」
「対地レーダー、Xバンドにて確認! 毎時40ミリ以上の雨雲、王都に向けて接近中! 2時間後には、王都に達する模様!」
「了解。通信士、エスコパル卿に伝達、まもなく、大雨が王都に達する、と」
「はっ!」
この季節では珍しくない嵐だが、高い空の上からだと、その嵐の動きも読める。これは便利だな、このまま王都の上からずっと、嵐を探し続けてはくれないだろうか?きっと王都では、重宝されることだろう。
さらに高い場所に昇り続け、そして、そのさらなる高みに向けて飛び出すための詠唱が始められる。
「高度4万メートルに到達しました!」
「短距離レーダー、進路上300万キロに、障害物なし!」
「よし、では大気圏離脱を開始する。両舷前進いっぱい!」
「はっ! 両舷前進いっぱーい!」
その直後、ゴォーッというけたたましい音が鳴り始める。外の風景が、後ろに流れ出す。
「な、なんだ!?」
火の魔導師が、騒ぎ出す。剣士と奥さんも、不安げな顔で抱きしめ合う。勇者様も、どこか不安げな表情だ。
その点、私はすでにこれを経験している。ここは堂々と振る舞い、先駆者らしさを見せつけて……
と、その時、ガクンと船が揺れる。私は思わず叫ぶ。
「ふぎゃっ!」
反射的に、近くのものに抱きつく。この間の時は、あんな揺れはなかったぞ。何が起きたのか。
「ああ、エリゼ。驚いたようだけど、時々、ああなるんだよ」
またしても、抱きしめた相手は、ディーノだった。私は無言で、不機嫌な表情で応える。
「別に怒ることはないだろう? にしても、その服を着ていると、思いのほか胸が小さ……ふぎゅっ!」
抱きついたまま、私はこやつの頬に拳を押し付ける。まったく、あの剣士の奥さんと比べるでない。
◇◇◇
なぜ私が、ここにいるのだ?
外は、滝のような雨と、神の怒りにでも触れたかのような、激しい雷の音が時折響く。牢の天井に開けられた通風窓から、その雨のしぶきが滴り落ちる。
が、なぜだ。私はなにも、悪いことなどしていない。
にも、関わらずだ。なぜ私は、罰せられる?
雨が止めば、馬車でグアナレルに送られると、先ほど告げられた。そこで私は魔物討伐のため、単身であの森に向かうよう命じられる。
つまり、私に死ねと言っている。自らの手を汚さず、私を魔物に始末させようというのだ。そんな理不尽な話があるものか。
しかし、これは私にとっては良い機会かもしれない。
この恨み、晴らさずにおくべきか。




