#37 再出発
うう、とても居心地が悪い……
私は今、エスコパル卿の屋敷に、ディーノと共にいる。
そして私の前には、あの三人もいる。勇者ゾルバルト様、剣士コンラーディン殿、そして火の魔導師ライナルト殿だ。
ついさっきまで私が糾弾していた相手が、目の前にいる。あちらはというと、なぜだか皆、清々しい顔つきでこちらを見ている。それがかえって、私には辛い。
一方のこの無神経男は、相変わらず笑顔だ。正面にはとんでもない三人がいるというのに、まるで動じる様子がない。こやつ、ただ無神経なだけなのか、それともそれだけ自信と度胸があるのか?
「いや、生きていたとは正直、思わなかった。追い出しておいていうのも変だが、生きていてくれて良かった」
「は、はぁ……ありがとうございます」
堂々としている。さすがは勇者と呼ばれるだけの最強魔導師だ。私だけが、気まずい。うう、どうすりゃあいいのよ。
と、そこで剣士殿が、とんでもないことを言い出す。
「ところで、水の魔導師よ」
「はい……何でしょう?」
「お前、しばらく見ないうちに、女っぽくなったな」
「はぁ!?」
この場で、なんてこと言い出すのか?この剣士も、大概無神経だな。
「本当だな。どこか違うと思っていたが……肌の色に艶が出てるし、どことなく令嬢のような雰囲気がするな。以前はなんていうか、もっと子供っぽいというか、あまり女らしさを感じなかったな」
ライナルト殿まで、言いたいことを言うものだ。
「ちょっと待って下さい。エリゼは最初から、魅力ある女性ですよ」
と、そこにディーノが口を挟む。
「ええと……ところで、貴殿は?」
「僕は、地球811遠征艦隊、駆逐艦9810号艦の人型重機パイロット、ディーノ・ピエラントーニ中尉と申します。草原のど真ん中にいたエリゼを、私が救い出したんです」
「ああ、貴殿が助けたのか。それにしても、アースとはどこの国だ?」
ディーノが、私を補佐してくれている。無神経なやつだが、こういう時は頼りになるな。
「それよりも、エリゼを女性らしくないとか、酷いじゃないですか。いくら胸が小さいからって……ふぎゅっ!」
前言撤回だ。やっぱりこいつは、無神経極まりない。どうして私はこんなやつに、心許してしまったのだろうか?
「……ははーん、なるほど、そういうことか」
「ふーんそうか、それでエリゼのやつ、ここまでねぇ……」
その様子を見ていた剣士と火の魔導師が、なぜか納得し始める。何か、あらぬ誤解をしているようだな。
「生きていただけでなく、英気も養っていたようだしな。あの群衆の面前での、堂々とした態度。見違えたよ」
「あわわ、私はただ、エスコパル様のいう通り振る舞っただけで……」
「何を言うか。すっかり英雄ではないか。あれだけ大勢の前で大見栄切っておいて、今さら謙遜するなどとは、許されるものではないぞ」
うう、勇者様め。あれ以来、開き直られて、かえって鬱陶しい。
「あらあら、盛り上がってるわねぇ~」
と、そこにエスコパル卿が現れる。一同は立ち上がり、深々とお辞儀をする。ディーノだけは、いつものあの独特の敬礼だが。
「それじゃあ、始めましょうかね」
「あのエスコパル様、始めるって、何を始めるんですか?」
「再出発よ。エリゼちゃん、魔物討伐を始めるんでしょう?」
「ええ、それはそうですが……」
「で、そこで気分新たに、勇者パーティーを再結成するのよ」
「はぁ……再結成、ですか」
「そう、この四人に加えて、ピエラントーニさんも入れた五人のパーティーとして、正式に宰相閣下に進言するつもりよ」
「ええーっ! ディーノも加えるんですかぁ!?」
「あら、もう名前で呼び合う関係だったのね、あなたたち」
「あ、いや……ええと、そんなことはともかく、ディーノはあの空飛ぶ船の乗員ですよ?」
「別にいいじゃない。貴族だろうと平民だろうと異星の兵士だろうと、志同じならば、同じパーティーとして活動したっていいでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
「ええ、よろしいですよ。僕……じゃない、小官もこのパーティーに加わることになり、光栄です」
「決まりね。それじゃあ早速、これからのことを話すわぁ」
うう、この男が、この栄えある王国の勇者パーティーに加わってしまった。
「さて、それじゃあまずは、勇者ゾルバルトと、火の魔導師ライナルト。」
「はっ!」
「これよりこのピエラントーニさんのところに赴き、そこであなたたちの魔導を彼らに調べてもらうわ」
「えっ! 調べるって……もしや我々は、切り刻まれるのですか?」
ああ、ライナルト殿が以前の私と同じことを思っている。そういえば魔物を調べる際に、切り刻んだ本人だもんな。そう思うのは、当然か。
「エリゼちゃんも調べてもらってるけど、切り刻まれてはいないでしょう? 彼らには、我々よりもはるかに進んだ技と文化があるのよ。だから、あなた方の持つ魔導の作用がどのように引き起こされているのか、この先の戦いのためにもちゃんと調べてもらい、把握しておいた方がいいわ」
「そうなのですか。承知しました。ところで、エスコパル様」
「なあに?」
「あの空飛ぶ石の砦、鋼鉄の巨人、そしておそらくはライナルトの右腕に覆われた白スライムのような治癒の魔導、もしやこれは、ピエラントーニ殿の属するアースと申す国によって、もたらされたものなのですか?」
「そうよ。よく気付いたわね」
「ならばお聞きします。彼らは一体、何者なのです?」
「そうね。その辺りも含めて、あの船で学んでらっしゃい」
「船とは……もしや、あの巨大な石の砦のようなものは、船だというのですか?」
「驚いたでしょう。あれは、星の世界を渡る船なのよ。先端には、王都すらも消滅させられるほどの魔導を放つことができる、強力な戦闘船。それに乗って、星の海原に出てみるといいわぁ」
「はぁ!? ほ、星の海原にですか!?」
さすがの勇者様も驚いている。それはそうだ。私も、最初は驚いた。
だが、今は違う。私はその星の海原を知っている。そこがとてつもなく深淵で、広大なところだと、肌身で感じている。その意味では、私は勇者様たちよりも進んだ経験を積んでいる。
「勇者様、星の海原というところは、まことに深淵で、広大なところでして……」
「あ、そういえばエリゼのやつ、その宇宙では砲撃戦の音にビビッて、ずっと僕にしがみついてた……ふぎゅっ!」
余計なことを言うな。まったくこの男は、せっかく勇者様らに私の進んでいるところを披露しようと考えていたのに。私のことを何だと思っている?
「仲がいいわねぇ、あなたたち。てことで、ゾルバルト、コンラーディン、ライナルト、この二人について、あの船に乗りなさい」
「はっ、承知いたしました。ところで、エスコパル様」
「なあに?」
「賢者、ブルーノのことですが、今、どこで何をしているのです?」
そういえば、賢者様はあの場で、私に向けて水弾を放ったことで、捕まってしまった。その後を、聞いていないな。
「……王都の城壁の外にある監獄にいるわ。さすがにもう城壁内に入れるわけにはいかないから」
「そうですか。ということはやはり、極刑なのですか?」
私はその勇者様の言葉に、ドキッとする。仮にも魔導師の長であるエスコパル様の方向に向けて、魔導を放ってしまった。ただでは済むまい。
「実はね、どうしようかと考えているんだけど……」
「なぜですか? やはり、フェルステル家からの助命嘆願があったのでしょうか」
「いいえ、逆よ」
「逆?」
「家名を汚したものとして、即刻勘当となったわ。その上で公爵家から、ブルーノを公開処刑にかけるよう、宰相閣下のところに願い出てきたの」
「なんてことだ……元はと言えば、フェルステル公爵家が、自らの家の名誉とするために、ブルーノを我がパーティーにねじ込んできたというのに」
「そういう事情があってのことではないけれど、私は公開処刑はしないつもりよ」
「そうなのですか。では、どのような処分をお考えで?」
「……魔物、討伐よ」
「魔物討伐って、それでは、我々と合流するので?」
「いいえ、彼は単独よ。グアナレル村から一人で、森に魔物討伐へと向かってもらうの」
「ちょっと待ってください! それは、死ねと言っているようなものではありませんか!」
「そうよ。つまりは、そういうことよ」
エスコパル卿が、ゾッとすることを言い出す。一瞬、この場が静まりかえる。
「だけど、ブルーノだって同じようなことをやったわけだからね。目には目を。追放には、追放で罪を償ってもらうわ」
ああ、なんということか。私はその残酷なまでの決定に閉口する。放り出されたからこそ分かる、あの恐怖。あれをブルーノ様も、味わうことになるのか。
ところが勇者ゾルバルト様は、さらにエスコパル卿に質問を投げかける。
「賢者の話が出たので、この際、お聞きしたいことがあります」
「まだあるの〜?」
「やはりこれは、どうしてもお聞きせねばなりません」
「ええ、いいわ」
「なぜ、水の魔導師の力の秘密を、我々にも教えてはくださらなかったのですか?」
単刀直入に、どぎつい質問が飛び出した。そうだ、そのことを、賢者様は知っていた。が、勇者様を始め、私も含む他の皆は知らなかった。
もしゾルバルト様が、この事実を知っていたら、おそらく私は追放の憂き目には合わなかっただろう。なぜ、エスコパル様は黙っていたのか?
「……率直に言うわ。私は魔導師を、信用していないの」
そして、これまた冷淡な答えが返ってきた。魔導師を、信用していない。だから私たちには、真実を話さなかった。そう仰っている。
「つまり、我々がその力を利用して、王国に反旗を翻すと?」
「あなた単独での反乱ならば、まだ抑えられない力ではないわ。でも、その秘密を知って、その上で水の魔導師と共に反乱を起こされたら、王国軍をも壊滅できるほどの力ゆえに、もはや太刀打ちできなくなる。それを恐れてのことよ」
「はぁ……ですがそれは、王国の重鎮として賢明な判断かと」
「ごめんなさいね。立場上、その可能性を考えなくてはいけない立場なのよ。それだけ、あなたの力は危険なもの。それは、理解して下さる?」
「はい、それは承知しております」
「でもまあ、それ以上に危険なものが星の世界からやってきた今となっては、どうでもいいことよね。あなたよりも、横にいるピエラントーニさんの方が怖いわぁ」
それを聞いたディーノは、舌を出して頭を掻いている。あれが、脅威ねぇ……無神経ではあるが、そんな残酷なことはできない男だ。短い付き合いだが、そう確信できる。
そんなわけで、私とディーノは再び、あの船に戻る。
三人の、勇者パーティーの一行と共に。




