#36 断罪
「私は、水の魔導師、エリゼ・バッケスホーフ!」
私は、眼下に見える、あの四人に向けて叫ぶ。目の前には、ディーノがいてくれる。
「私は魔物の巣窟である森の只中にて、勇者らによって追放された!」
いよいよ、勇者様たちへの断罪が始まる。すでにこの広場の周辺は、ものすごい数の群衆で埋め尽くされている。エスコパル卿の前に平伏す勇者一行、真上に浮かぶ船、そしてこのギガンテス。誰もが、関心を抱かずにはいられないだろう。
その群衆に向かって、私は続ける。
「自らの力を過信し、最大の貢献者たる私を、あろうことか魔物の中に置き去りにした!その結果、使命も果たせず、王都に逃げ帰ってきたのだ!まさに、因果応報!」
うう、ここからが、気が重い。いよいよ勇者様たちに向かって、言いたくもないことを言わねばならない。が、それを察したのか、ディーノが振り返り、小さく手を振ってくれる。ここが正念場だ。私は勇気を出し、言葉を続ける。
「一方、私は死地をくぐり抜け、この強大なる魔導を操るものと出会い、王国の味方とした!結果、私は龍族の群れすらも一蹴できるほど強大な魔導の使い手を手に入れた!すでに私、そして王国は、そなたらの力を、必要としない!」
うわぁ……あの四人の目線が痛い。特に賢者のそれは、気迫のようなものも加わって、さらにおっかない。負けそうだ、どうしよう?私は、ディーノの方をチラリと見る。
ディーノは私に向かって、笑みを浮かべる。そういえばこの男、勇者らを敵に回しても、私の側につくと言ってくれた。その言葉を思い出し、さらに続ける。
「だが、まだそなたらの心の中に、魔物殲滅を願う意志あらば、この場にて過ちを悔い改め、謝罪し、私と共に戦うことを誓え!」
ああ、言い切っちゃった。あの勇者様に向かって、謝罪しろとか、口にしてしまった。もう絶対に彼らは、怒り心頭だろう。
それはすぐに、形となって現れた。賢者様が突然、立ち上がる。
「おのれっ!魔族に魂を売った平民魔導師如きが、王国をたぶらかして何とするか!」
賢者ブルーノ様が、私に杖を向ける。
「おい、やめろブルーノ!」
勇者ゾルバルト様が、立ち上がって制止しようとする。が、すでに賢者は詠唱を唱えている。
「火球攻勢!」
杖先に生じた火球が、私を目掛けて飛翔する。が、それをギガンテスの右手が受け止める。炎は、一瞬にして消える。
「衛兵!」
エスコパル卿が叫ぶ。すぐさま群衆の合間から、数人の衛兵が現れる。
「あまつさえ、過ちを犯したというのに、さらに王国の英雄に対し、魔導を向け亡き者にしようとした!何という傲慢!この罪人を、直ちにこの場より連れ去るのです!」
すると、三人の衛兵に抱えられて、賢者ブルーノ様は広場からどこかへ連れて行かれる。
後には、三人の勇者一行が、残るのみとなった。
「さて、ゾルバルト。水の魔導師のこの問いかけに、あなたはどう応えるの?」
静まり返る群衆。これだけの数の人々がいて、物音ひとつ聞こえない。そんな異様な雰囲気の中、勇者ゾルバルト様が応える。
「我ら三人は、すべての過ちを認めます!そしてこの場にて、それを謝罪申し上げます!」
と言いつつ、なんと勇者ゾルバルト様をはじめ、火の魔導師と剣士まで、私に向かって頭を下げた。
こんな展開は、まったく予想外だ。これほどまで潔いとは思いもよらなかった。こんな時、私はどう振る舞えばいいの?
だが、勇者様はすぐにその頭を上げ、こう続ける。
「ですがエスコパル様!我ら三人、魔物討伐への志は、かの水の魔導師にも負けてはおりません!今一度、我らに再戦の機会を、お与え下さい!さすれば我らはこの命、王国のために捧げましょう!たとえこの身を火龍の火炎に晒されようとも、必ずやその目的を、完遂いたしましょう!」
やはりこの人は、勇者と呼ばれるだけの方だ。覚悟が違う。それを聞いたエスコパル卿も、この答えに満足したようだ。
「ならば、国王陛下に成り代わり、あなた方に再戦の機会を与えましょう!今後、その誓いを違えたならば、その魂は冥界のさらに先の奈落に落ちるものと覚悟なさい!」
「はっ!」
「ならば、これにてこの裁きの場は終わりといたしましょう!国王陛下、万歳!エスタード王国に、栄光あれ!」
群衆の喝采が沸き起こる。あの三人が、その群衆に向かって手を振って応えている。で、糾弾していた当の私は、その声に圧倒されている。なんて結末なの?それはそれでよかったけど、私はどうすればいいの?
「ほら、みんなが君に喝采を贈ってくれてるよ。応えなきゃ」
ディーノが私に言う。
「応えるって……どうするのよ!?」
「こうすればいいんだよ」
そう言うとディーノは、このギガンテスの右腕を掲げる。
「ほら、英雄さんの番だ」
ええい、こうなったらヤケだ。そう促されて、私も杖を持った右手を上に掲げた。
空飛ぶ船とギガンテスまで駆り出して行われた、この断罪と魔物討伐誓いの場は、喝采の中、幕を閉じた。




