#35 裁き
「待っていたわよ!」
中央広場にたどり着いた我々を待っていたのは、エスコパル様だった。広場の中央にある自噴水の前に置かれた小高い台の上に立ち、我々を見下ろしている。
やはり、エスコパル様ご本人が出てきたな。となれば、もはや、どんな言い訳も口上も効かない。あのお方が、どんな人物か。それを知る者ならば、そう考えて当然だ。
あの書簡を見るに、どこからか我々が水の魔導師を追放したことを聞きつけた可能性がある。なれば、なおのことだ。
私は、エスコパル様の足元にたどり着く。その場で跪いて、こう申し上げる。
「我ら四人、ただいま、帰還致しました。されど、魔族、魔王の居場所は掴めず、仲間を失い、こうしておめおめと戻って参りました。ですが、再戦の機会を与えて頂けますよう、お願い申し上げます」
「ふーん、再戦の機会、ねぇ……」
罵詈雑言を投げかけられるかと思った。が、思ったよりも静かに振る舞われている。それがかえって、不気味だ。
これは何か、仕掛けてくるな。そう直感した私は構える。が、エスコパル様の矛先は私ではなく、賢者に向けられる。
「賢者ブルーノ!」
不意に呼ばれたブルーノは、応える。
「は、はい!何でございましょう、エスコパル様!」
「五人目は、どうしたのかしら?」
「あ……あの、ただいま、勇者より申し上げた通りで……」
「聞き方が、悪かったわね」
随分と冷静だな。いつもならば、もっと激怒なされて然るべきなのに。現にアロンソを失った時は、かなりお怒りだった。
しかもなぜ、賢者を名指しする?
「賢者ブルーノよ、なぜあなたは、水の魔導師を追放するよう、勇者たちを仕向けたのかしら?」
突然、ガツンと一撃が来る。やはり、思った通りだ。この物言い、エスコパル様は、水の魔導師の一件を知っている。
その問いに、賢者が応える。
「そ……それは……勇者ゾルバルト殿が決断し……」
「ならばなぜ、あなたは反論しなかったの。水の魔導師の力を唯一知るあなたが、どうしてその勇者を説得しなかったのかと聞いているのよ」
「いえ、私は止めたのですが……」
「嘘おっしゃい!!」
ここで初めてエルコパス様が怒りを露わにした。ここは王都でも繁華な場所、何事かと、人々が集まり始めている。
エルコパス様相手に、決して誤魔化しは効かない。それにしても、嫌に詳しいな。まるであの場を、見てきたような物言いだ。
「私に向かって、よくそのようなことが言えるわね!何のために、あなたをこのパーティーに加えたのかが、分からなくなってしまったわ!魔物、魔族を倒し、王国に平穏をもたらす、その目的を忘れて、どうしてのこのこと私の前に、その姿を見せられるのかしら!?」
エルコパス様の怒りが爆発する。が、このやり取りで一つ、確信したことがある。
やはり賢者のやつ、私に何か隠し事をしていたな。おそらく後ろの二人も、それに感づいたことだろう。
「ですが、エスコパル様!王国の危機を、平民が救ったなどとなれば、王国の権威は失墜しかねません!これは王国のためを思って、やったことなのです!」
「ふーん、王国のため、ねえ……」
これは相当怒ってるな。賢者よ、もう下手な言い訳は、やめた方がいい。今度の件は正直に謝罪し、再戦の機会を得ることに集中すべきだ。
賢者に任せては、話がこじれる一方だ。そこで私が割って入る。
「我らも、知らぬこととはいえ、水の魔導師の追放という過ちを犯してしまいました!が、この先も王国のため、魔物討伐に邁進する所存、今一度、再戦の機会を頂きたく存じます!」
「そう、王国のために、再戦の機会が欲しいと……」
「はっ!左様にございます、エスコパル様!」
我が魔導は、この王国でも随一の力だ。後ろの二人に加え、もう一人か二人、魔導師や剣士を加えてパーティーを組み直せば、必ずやその目的を達成できる。
そう、それができるのは、我らをおいて他にはいないのだから。
ところが、エスコパル様の口から発せられたのは、意外な一言だった。
「王国のためを思えば、あなた方こそ不要だわ!」
機会を与えられるものと思っていた私は、この予想外の一言に閉口する。
「時代が変わったのよ!我らはあなたよりも、もっと強大な魔導の使い手を見つけた!もはや、あなた方のような愚か者こそ、我ら王国にとっては不要よ!」
エスコパル様はそう宣言すると、指をパチンと鳴らす。
私は、混乱していた。
私よりも、強大な魔導だと?そんな使い手が、いつ見つかったというのだ?
そう考える私の頭上から、何やら重苦しい音が聞こえてくる。
ゴゴゴッという地響きにも似たその音はさらに大きくなるが、地揺れではない。私は周りを見渡す。それは、空の方から聞こえてくる。私は、上を見上げる。
息が止まるほどの、衝撃を覚える。
私の目線の先に、巨大な灰色の物が浮かんでいる。
それは王宮よりも大きく、まるで石の砦のような形。およそ、空に浮かぶはずのないものが、エスコパル様の頭上にある。
「な……何だこりゃあ!」
剣士コンラーディンが叫ぶ。他の二人も、唖然とした表情で空を仰ぐ。
何という魔導だ。これほどの物を、空に浮かせる魔導の使い手を、いつのまにか王国は手に入れていた。そのことを私は、見せつけられた。
が、さらに不可思議なものが現れる。
その石砦の上から、何かが飛び出してくる。それはやがて、我々の目の前に、降りてくる。
それは、巨大な鋼鉄の鎧騎士だ。しかし、あまりにも大きい。手足はあるが、首がなく、代わりにガラス張りの覆いが付いたそれが、エスコパル様の右脇に降りてくる。
まさかこの巨人が、新たな魔導使いか?だがこれは、明らかに魔物だ。まさか、魔物討伐のために、魔物を味方にした?いや、そんなことはない。
ところが、そのガラス張りの覆いが開くと、我々はさらに驚愕する。
覆いが開き、二人の人物が見える。魔物の中に、人がいる。それ自体も驚きではあるが、我々を驚かせたのは、立ち上がったその後ろ側の人物だ。
その人物を、私は知っている。
黒の尖り帽に、紫の紋様入りの上級魔導服を着た、赤い魔石付きの杖を握る、小柄な人物。
そう、それはまさしく、死んだものと思っていた水の魔導師、エリゼの姿だった。




