#34 決意
「はぁ〜……」
「ため息が深いね。どうしたの?」
「どうしたって……今、そこで話してたでしょう。あれを勇者様たちの前でやらされるなんて……」
「そうだね。でも、いい機会じゃないか。やっちゃいなよ」
「もう、人の気も知らないで……」
いくら私を追放した相手だといえど、ほんの少し前までは、共に戦った仲間だ。しかも、私よりも身分の高い人物ばかりだ。そんな相手に、あんなことを仕掛けるなんて……
「そういえばさ、エリゼの家って、この辺なの?」
「はい、そうです。ええと……あの角を曲がったところにあります」
「ふうん、見てみたいなぁ」
そんなもの見て、どうするんだろうか?商人街特有の、何も飾り気もない、殺風景な家なんだけどなぁ。でも、私も久しぶりに王都に着いて、自分の家に戻りたくなった。そこで私は、ディーノと共に家に向かう。
賑やかな表通りと比べて、ここは静かなところだ。商人というよりは、職人が多く住む場所。だから時折、金床を叩く音が響く。
そんな職人街とも言えるこの建ち並ぶ住居の中に、私の家がある。
「ふうん、思ったより、大きな家だね」
「そうですか?ここでは普通ですよ」
南京錠を開けて、分厚い扉を開く。中は真っ暗だ。入ってすぐに、窓を開ける。
彼らの街と違い、窓にはガラスがない。木戸を開けて、光を取り込む。
「へぇ、中はまるで、御伽話に出てくる家みたいだ」
その御伽話というのがどういうものかは知らないが、ここではごく普通の家だ。もっとも、私の両親はここよりももっと狭くて古い家に住んでいたのだが。
上級魔導師ということで、表通りに近い場所の家を頂けた。私は階段を登り、上へと上がる。
「この家は、二階建てなの?」
「いえ、三階までありますよ」
「えっ!?ここ三階建てなの!?」
「なんです、私は上級魔導師なんですよ、それくらい、当たり前でしょう」
こいつ、私をなんだと思っているのだ。こう見えても私は、この王国屈指の上級魔導師。その中でもさらに、勇者パーティーに参加できるだけの力を持った、最上位の存在だ。これくらいの家があって、当然だ。
「はぁ……」
三階の窓を開けて、私はそこから外を眺める。
「いい眺めだね。ここは白壁に赤い屋根で統一された家ばかりが、並んでいるんだねぇ」
「元々は、バラバラの家が立っていたのを、ある時、一斉に建て替えたらしいのです。で、ここを商人の街として反映させたのが、四代前の国王陛下、アウグスト三世と言われてます」
「ああ、そうか、だからここは商人の街なんだ」
「その通りです。ですが、商人の扱う物というのは、城壁の外、王都よりも遥かに遠くからやってくる交易人から買い付けるんですけど、彼らはよく魔物に襲われるため、その運送料が高くついてしまう。商人にとっても、魔物は忌むべき存在なんです」
「それを、勇者が討伐するために出かけた」
「ところが、そんな勇者から私は、追い出されてしまった。で、その報復を仕掛けようという話なんですが……」
「なんだ、乗り気じゃないね」
「そりゃあそうでしょう。私よりもずっと身分も高くて、ずっと強い人たちなんですよ?そんな人たちを相手に、私はうまく、立ち回れるのか……」
「大丈夫だよ。僕がいるし」
いやあ、不安しかない。こやつが自信満々な時ほど、ろくなことがない。
「……ところで、ディーノって、どうしてあのギガンテスのパイロットになったのです?」
「ああ、人型重機のパイロットね。いや、実に単純な理由さ」
「単純って?」
「ほら、魔法少女、ああいう正義の味方っていうのかな、あれに憧れてね」
「正義の……味方?」
「悪を根絶して、人々を救うっていう、そういう人のことだよ」
「ああ、それは確かに、魔法少女だわ」
「でしょ?魔法少女以外にも、そういう話はたくさんあるんだよ」
「そうなのですか。てことは、人型重機に乗って戦う話でも?」
「いやあ、あんなかっこ悪い機械に乗って戦う話はないなぁ。もっとかっこいいロボットで戦う話ならあるけど」
「ふうん……」
案外、子供っぽいというか、単純なやつだと思っていたが、今の姿になった理由が、やっぱり単純だった。
「そういうエリゼは、どうして魔導師に?」
「そりゃあ私、魔物を倒したかったからですよ」
「なんで?やっぱり、正義の味方に憧れて?」
「いえ、恨みを晴らすためです」
「恨み?」
「私、両親を魔物に殺されているの」
ディーノの顔が一瞬、曇る。凄惨な過去だと思ったのだろう。
「……そうなんだ。僕はエリゼのこと、全然知らないな」
「平民階級で、一攫千金目指して王都に来て失敗、それから職人と行商人を掛け持つような生活してたの。で、私が魔導師養成所に入った直後、両親が王都の外で、魔物に襲われたと聞かされんです」
「そうなんだ。それは、ご愁傷様としか言いようがないな」
「でも、失うものがなくなったから、ここまでなれたとも言える。それから一心不乱に頑張って、上級として認められて、勇者パーティーに参加できて……だけど、そこを追い出されて、今度はそんな彼らと張り合わなきゃいけないなんて。はぁ、私の人生って、どうしてこう波乱まみれなのかなぁ」
落ち込む私。魔導師を目指していた頃の思惑とは、大分違うところに来てしまった。遠く金床を打つ音を聞きながら、私は思う。
「いいじゃないか、波乱」
それを、この無神経男は、あっさりとこう言い切る。
「……よくはないでしょう。おかげで私、勇者様を敵に回す事になりかねないんですよ?」
「大丈夫だよ。僕がついてる。負けやしないよ」
「……さっきもそう言ってたけど、その割に火龍に取りつかれたり、スライムに襲われたり、散々じゃないの」
「でもほら、こうして毎回生き残り、それどころか、勝利したじゃないか。どんな形であれ、勝てばいいんだよ」
「そりゃあ、そうだけど」
「だからさ、この先も勝つよ。少々かっこ悪くても、最後に勝てばいいんだよ。たとえそれで勇者を敵に回すことになったとしても、僕は君の味方だよ」
ドキッとした。こんな根拠のない、いい加減な言葉はない。だけど、来るべき勇者様たちとの対決への不安も、こやつのこの一言が打ち消してくれる。
「……本当に、味方でいられるかしら?」
「信用ないなぁ。でも、スライムに襲われようが、火龍に飛びつかれようが、僕は君を見捨てたりはしなかったけど?」
互いに、見つめ合う。私のこの問いに、いつものように、この男は満面の笑みで私を見つめる。
うう、なんかずるいな。あからさまにはぐらかされてる。なのに私はこやつのその目に、ぐいぐいと引き込まれていく……そして、そのまま……
◇◇◇
馬車に乗って、我々は王都へと向かう。手筈がいいというか、通常なら5日はかかると思われる王都までの道のりを、わずか2日で通り過ぎる。
馬車を乗り継いで、いよいよ王都行きの馬車に乗ったところだ。目の前には、あの城壁に囲まれた王都が見えてきた。
それにしても、エスコパル様の書簡が気になる。しかもなぜ、私宛てだったのか?その意図が、まるで読めない。
「王都だ!おい、王都が見えてきたぞ!」
喜ぶのは、剣士コンラーディンだ。火の魔導師、ライナルトの顔も明るい。私も、何が待ち受けているのか分からない王都ではあるが、まずは故郷の地を踏めたことに安堵を覚える。
浮かないのは、賢者ブルーノだ。この道中でも、ほとんど口を利いていない。私が声をかけても、うなずくだけだ。もはや、廃人同然だな。
だが、魔物は倒さねばならない。あれを根絶できるその日まで、私は諦めない。エスコパル様からどのようなお叱りを受けようとも、私は挫けない。
そう、覚悟を持って、私は王都に入る。馬車を降り、門を潜る。門番が私に、こう告げる。
「勇者様、エスコパル公爵様よりご伝言です。直ちに中央広場へ参れ、とのことです」
「そうか、分かった」
ついに、私は王国魔導師の頂点に立つお方と、対面することになる。
私だけではない。剣士も火の魔導師も、その覚悟を決めている。賢者は……もはや、こいつはダメだな。覚悟以前の問題だ。
そして我々は、中央広場へと向かう。




