#33 成立
「同盟条約締結ってことは……」
「ええ、同時に、この大陸内にいる魔物討伐に関する条約も成立したわ」
ああ、なんと素晴らしいことか。あの強大な魔導を、魔物討伐に本格的に投入できる。先ほどの屋台の店主に言ったことが、いよいよ現実味を帯びる。
「なんといっても、一万隻もの戦闘船を持つ彼らが、魔物の殲滅に本気になって取り掛かるというのよ。負ける気がしないわよね」
「えっ!?一万隻!?そんなにいるんですか、あの船は!」
「……ちょっとエリゼちゃん、あなた宇宙に行って、直に見てきたんでしょう?」
「ええ、確かにたくさんいましたが、そんなにたくさんいたとは知りませんでした」
一万もあるのか、あの船。あの戦艦という船の周りにはたくさんいたけど、せいぜい20か30くらいしか見なかったけれど。でも、真っ暗な空が延々と続く場所だ。途方もない数の船がいてもおかしくはない。
「さて、それじゃあ今度は、エリゼちゃんの番ね。話してくれるかしら、あなたの見た、宇宙とやらを」
「はい、承知しました」
そこで私は、宇宙で見たあらゆることを話す。ラピスラズリの球のように青い大地、延々と続く虚空の闇、煌びやかな街の様子に、馬も御者もいない馬車。そして……
「……そして強烈な魔導の光が、私の眼前を覆い尽くし、それが目の届かぬほど遠くの敵に向けて放たれるのです。この王都ですら焼き尽くすことができるほどの魔導を、虚空の闇の中で撃ち合う、これが宇宙における戦さの姿でした」
「うん、そうなのね……」
私が申し上げた光景、嘘偽りのない、ありのままの描写。それがエスコパル卿には伝わったのであろう。しばらく、言葉を失う。
「……それにしても、よくそれほどの魔導の撃ち合いの中、直視できたわね。それほど激しい魔導の撃ち合いに接したなら、私ならばおそらく、失神していたでしょうね」
「エリゼさんもよく倒れなかったものだと。ですが、砲撃訓練の経験すらないながらも、実に気丈に耐えておりましたよ。僕の懐の中で」
「えっ?ピエラントーニ中尉さんの、懐の中?」
「はい、この未成熟な胸を僕の胴体の辺りに押し当てて、この戦いの行く末を見守っていたのです、エスコパル様」
右手が震えるのを感じている。今、杖を握っていたら、私はこいつの頬に一撃、食らわしているところだ。この無神経なやつめ、エスコパル卿に向かって、なんてことをバラすのか。
「あははははっ!エリゼちゃんらしいわね!へぇ〜、やっぱりピエラントーニ中尉さんとエリゼちゃん、相性がいいんじゃない?」
「そうですか?やっぱり、エスコパル様もそう思います?」
「あ、あの、エスコパル様!私とこいつは、仲がいいわけじゃないですよ!」
必死になって否定するも、全然聞いてもらえない。焦る私、喜ぶディーノ。
「ああ、面白いわね。こういうの、私は好きよ。そうそう、そういえばグアナレル村から、連絡が入ったわよ」
「はぁ、グアナレル村、ですか……」
「ええ、勇者パーティーが、到着したんですって」
「えっ!?本当ですか!で、皆は無事なんです!?」
「そうね、火の魔導師ライナルトだけは腕に怪我をしているようだけど、あとは比較的、無事だそうよ」
「そ、そうですか……」
私を追放した四人は、無事にグアナレル村に着いたようだ。だけど私は、ああいうことがあったからか、それをあまり素直に喜べない。
「浮かない顔ね。やっぱり、あの連中のことが許せない?」
「い、いえ、許せないというのではないのですが、なんていいますか……」
「納得がいかない、と?」
「ええ、まあ、そんなところです」
「そうよね。おかげであなた、死にかけたんだから。ピエラントーニ中尉さんに出会わなければ、間違いなくあなたは今ごろ、翼竜の腹の中に収められていたところよ」
うう、嫌なことを言う人だ。あまり思い出したくないな、あの翼竜のことは。
「でもね、エリゼちゃん以上に、私の方が腹が立ってるのよ」
「は、はぁ……そうなのですか?」
「それはそうでしょう。魔物を討伐すべく、国王陛下直々に勇者の称号まで贈って組織したあのパーティーを、ある者が私的な理由で勝手に、その一員を解任したのよ?国王陛下および四千万人と言われる王国民すべての期待を背負い、私が任命した者を、ある者の狭量な自尊心が踏みにじった。これはとても、許し難い行為なのよ。分かるかしら、水の魔導師よ?」
眼光が、どんどん鋭くなるのを感じる。こういう目の時のエスコパル卿は怖い。
「てことで、やるわよ」
「あの……やるって、何をですか?」
「断罪よ」
「だ、断罪ですか?」
「そう、あの勇者どもに思い知らせてやるのよ」
「で、ですが、何をなさるので?」
「そうねぇ……私に、いい考えがあるんだけど」
「はい、なんでしょうか」
「まずね……」
それから私とディーノは、エスコパル卿の策を聞かされる。
「……どうかしら?」
「はい、それはとても効果的だと思います」
「でしょう?それじゃあ、あなたの艦長さんにも、よろしく言ってね」
「はっ、承知いたしました」
「で、エリゼちゃんは、どうなの?」
「……本当にそれ、やらなきゃいけませんか?」
「何言ってるの!あなたが最大の被害者なのよ!?あの船の先端にある青い光の魔導で焼き尽くされたって、仕方のないことをやってるのよ、彼らは!」
「い、いえ、それはそうかも知れませんが……私は、平民出身ですし」
「何言ってるのよ!この宇宙の時代に、平民だの貴族だの、関係ないわよ!さ、そういうわけだから、手筈通りやるわよ!」
「は、はぁ……」
「で、あとは、彼らの出方次第ね。素直に反省してくれるのか、それとも、自らの愚かなる信念を、突き通そうと考えるのか……ぐふふ、面白くなってきたわ」
強引に押し切られてしまった。正直私は、あまり乗り気じゃないなぁ。本当にそんなこと、やらなきゃダメなの?
そして私とディーノは、エスコパル卿のお屋敷を後にする。




