#32 王都
王都の城壁の脇に、あの船は着いた。
城壁よりも高い船体に、王都の皆は大騒ぎしている。あんなものがいきなり、空から舞い降りてきたのだ。驚かない方が、どうかしている。
「何なの、あの灰色の岩の砦みたいなものは?」
「さあ……だけどエスコパル様の名で、動揺しないようにとのおふれが出てるらしいけど」
「何それ?だけど、あんなものを浮かべるだなんて、並の魔導じゃないわ。まさか、あそこにいるのは、魔族じゃないの?」
城門そばのここ商人街の通りでも、突如現れたあの灰色の船を眺める人々が集まり、口々に不安げな言葉を並べている。
が、彼らは気づいているのだろうか?あの船からやってきた二人が、すぐそばを歩いていることを。
「ここは賑やかだねぇ。商人の住む街なのかい?」
「そうですよ。ほら、白壁と赤レンガの建物の一階が、あのようにお店になっているんです」
「ふうん、何が売ってるんだろう?気になるなぁ」
いや、今はエスコパル卿のお屋敷に向かうという用事がある。余計なことをしている暇などない。
……というのに、ディーノは通り沿いのある屋台の店主に声を掛けている。
「すいませーん、あの、ここって何を売ってるんですかぁ?」
「あ、ああ、ここはチーズを売ってるんだよ」
「ふうん、それ、一切れでいくらです?」
「ああ、2ペソタだよ」
「えっ!?2ペソタ?って、ユニバーサルドルでいうと、いくらなの?」
「なんでぇ旦那、そのユニバーサルドルってのはよ?」
ああ、もう、この男は何をやっているんだか……私が割って入る。
「ああ、すみません。それじゃあ2切れ、4ペソタで貰えますか?」
「へ、へい、承知しました」
そう言って私は、店主に4枚の銅貨を渡す。
「ところでお嬢さんは、上級魔導師様なんだよねぇ?」
「はい、そうです」
「てこたあ、あの空から現れた、どでかい砦みてえなやつのこと、なんか知ってるかい?」
「ええ、まあ」
「そうなのか?それじゃ、ありゃあ一体、なんだい?王国魔導師が総出で作り出した、空飛ぶ砦か何かなのかい?」
この人も得体の知れないものを見て、かなり動揺しているな。そこに、先ほど買ったチーズをかじりながら、ディーノが応える。
「ああ、あれは宇宙から来た船ですよ。で、僕はその船の乗員の一人なんだけど」
「ええっ!?あれが、船!?って旦那、あれに乗っていたんで?」
「そうですよ」
「そういやあ旦那、見かけねえ格好だが……まさか、他の国のお人で、王都に攻めこもうって来たんじゃねえだろうね!?」
「いや、そんなことはしないよ。むしろ我々は、あなた方を助けにやってきたんです」
「はぁ、助ける!?助けるって、旦那は一体、何をしてくれるんで?」
「魔物を、討伐するのさ」
屋台の店主に向かって、とんでもないことを言い出したものだ、ディーノよ。
「だ、だけどよ、どうやって魔物なんて倒すんだ!?」
「さあ、それはこれから考えるけど、僕らは強いんですよ?龍なんて一撃で倒せますよ。それに、こうして王国最強の上級魔導師と一緒に戦うためにここへきた。負けるはずがないですって」
あちゃー、大きく出たな、ディーノのやつ。いくらなんでも、それは言い過ぎじゃないのか?
「そうか……だから旦那、上級魔導師様と一緒に歩いているんだよな。てことは、いよいよ王国も魔物討伐に本気を出したってことだな?」
「ええ、遠からず、魔物に脅かされない日がやってきますよ」
「そりゃあいいこと聞いた。おい、旦那と魔導師様、もう一個おまけだ、持ってけ!」
そしてその屋台の店主からチーズを受け取ると、ディーノは調子良く店主に手を振っていた。再び、エスコパル卿の屋敷へと向かう。
「あの、ディーノよ」
「なんだい?」
「あんなこと言って、よかったのです?」
「いいじゃないか。事実だし」
「いや、魔物を討伐するだなんて、途方もないことですよ。できるかどうか、分からないうちに言い切っちゃってもいいんですか?」
「そうかな?途方もないことかな。大丈夫だよ、きっと」
こいつの自信は、いつもどこから湧いてくるんだろうか?能天気にチーズを頬張るこの男の横顔に、私は少し、不安になる。
が、このチーズ、なかなか美味い。この独特の臭みと酸味、久しぶりの王都の味だ。
「あ〜ら、いらっしゃ〜い、よく来たわねぇ〜」
そして私とディーノは、妙に上機嫌なエスコパル卿の下に到着する。私は礼をしつつ、挨拶をする。
「これはこれは、エスコパル様。本日もお日柄よろしく、恐悦至極に……むぎゅう!」
「あらエリゼちゃん、ますます頬がふっくらしてきたじゃな〜い?うふ、可愛らしいこと」
エスコパル卿の大きなお腹に、私は身体と顔を押し付けられる。
「これはこれは、エスコパル様。要請に応じてやってまいりま……ふぎゅっ!」
「うーん、こっちの男の子も可愛いわぁ!このままうちで、飼っちゃおうかしら?」
両刀使いとして有名なエスコパル卿は、ディーノにも容赦はない。で、気の済むまで触れ合いが終わった後に、ようやく客間へと通される。
「さて、あなた方に話を聞く前に、私の用事を済ませちゃいましょう」
「は、はぁ……」
なんだろう、エスコパル卿の用事って?さっきあれだけ抱きついたのに、まだ足りないのか?
「ついさっき、貴族院で決定したわ。我がエスタード王国と、地球811政府は、同盟条約を締結することが決定されたの」
それは、さっきの抱擁すらも吹き飛ばすほどの、衝撃的な知らせだった。




