#3 魔族
ガシン、ガシンと、まるで金床をハンマーで叩くような音を響かせて、そのギガンテスは進む。
不意打ちを食らったものの、さすがは翼竜だ。すぐに起き上がり、その大きな羽を広げて威嚇する。が、ギガンテスは怯むことなく進み出る。そして、脚を踏み出して一気に間を詰める。
敏捷そうな魔物には見えない巨人だが、思いの外、長い跳躍で翼竜に肉薄すると、その口元に拳を叩きつける。翼竜の長い首が、まるで強風に煽られた柳の葉のようになびくと、地面に叩きつけられる。
なんという力だ。私の渾身の魔導でもビクともしなかったあの翼竜を、片手だけで吹っ飛ばした。ギガンテスは倒れたその翼竜の頭を左手で掴み、それを持ち上げる。
気を失ったかと思いきや、持ち上げられた翼竜はその鋭い爪の脚で、ギガンテスの脇腹を掴む。しかし、鋼の身体を持つギガンテスはびくともしない。ギシギシと音を立てるギガンテスは、その右腕の先を翼竜の頭部に押し当てる。
直後、青い閃光が、その右腕から発せられる。それは翼竜の頭を貫き、直後、翼竜の羽と胴体は力を失って垂れ下がる。
ギガンテスが頭を離すと、翼竜は草むらの上に落ちる。たった一撃、あの頑丈な鱗で覆われた頭を、いとも簡単に貫く青い光の魔導。
見たことのない魔導だ。さすがは、巨人族最強と謳われた伝説の魔物、ギガンテス。翼竜などでは、その鋼鉄の鱗に、傷ひとつつけることができなかった。
そこで私は、ふと思う。そういえば、魔物同士が争うなど、見たことがない。なぜこの魔物は、仲間であるはずの翼竜を倒したのか?
だが、その鋼鉄の魔物が振り返り、私の方を向いた時に、その意味を理解した。
ギガンテスはゆっくりと、私の方へと歩いてくる。ガシン、ガシンと、金床を叩くような音を響かせて、それは迫ってくる。
そうか、この巨人族の狙いは、この私だったのか。翼竜から私を奪うために、争った。そう考えれば、辻褄が合う。
それはつまり、私の「死」が入れ替わっただけのことだ。再び私は、命の危機に陥る。
反撃しようにも、杖がない。私は辺りを見渡す。すると、向こうの茂みにそれを見つける。私は立ち上がり、杖を取ろうとした。
が、立てない。足に力が入らない。左足にズキズキと痛みが走り、私を立ち上がらせようとしない。
もうそこまで、あの化け物は迫っている。動かない左足を引き摺るようにして、杖の方へと向かう。が、ついにギガンテスは、私の前に立つ。
翼竜の返り血を浴び、異様な出立のギガンテスが、私を睨みつけるように見下ろす。が、この巨人族には、目が見当たらない。平らなガラスで覆われた、首のない顔と胴体がつながった不思議な頭部に、身体のわりに太くて短い手足、右腕には、筒のようなものが取り付いている。あれが、あの未知の魔導を放った仕掛けか?
およそ、生き物という気がしない。まるで鎧が歩いているようにも見える。だが、その鎧のような魔物は、思わぬ行動をする。
『大丈夫ですかぁ!?』
なんとこの魔物は、人語を発した。こんな不可解な魔物は初めてだ。その魔物は、私の前でしゃがみ込む。
襲われる。そう覚悟したが、その巨人族は襲いかかってくることはなく、目の前で座り込んだ。
そして、あのガラスで覆われた顔だか胴体だかの覆いが、ガバッと開いた。
すると、中には真っ黒な、人型の何かがいる。白くて硬い殻のような覆いを外し、その巨人の上で立ち上がる。
なんだこの人物は?見たこともない服に、しかし我々と変わらない顔を持つそれは、どう見ても人にしか見えない。だが、その人らしきものが立っているのは、伝説の魔物の上だ。
そこで私は、気づく。
魔物を操るとされる種族、未だかつて誰も目にしたことのないその種族は、魔族と呼ばれている。
つまりあれは、魔族なのだ、と。