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#29 館

「……つまり、その館というのが、魔族がいる場所ではないか?と仰るのですね」

「そうだ。これほど人の住む領域から離れた場所に、ぽつんと建つ建物。これはどう見たって、人の仕業ではないと考えるしかない」


 会議室にて、私は見つかったばかりのその魔族の痕跡とやらを見る。それは、古い館であった。

 別に珍しい形をしているわけではない。ただその場所が、人と魔物の支配域の境目とされるグアナレル村よりも、さらに大陸の中央部にある建物であったため、魔族が建てたものではないかとされた。


「て、ことで、ここに行ってみようと思うんだ」

「えっ?ここに?」

「そうさ。魔族が本当にいるのなら、彼らとも接触しておきたい。僕らの立場としては、可能ならば、彼らとだって同盟締結をしておきたいからね」


 魔族とも同盟を結ぶというのか?長年、その魔族が操る魔物に脅かされ続けた我々としては、どうにも納得がいかない。


「私も、ついて行きます!」

「えっ?エリゼさんも、来るの?」

「当たり前です。私は魔族を見つけ、それを倒すために王国から勇者パーティーに参加するよう要請された魔導師。魔族の居場所と聞いて、行かないわけには参りません」

「いや、倒しに行くわけじゃ、ないんだけどなぁ」


 ディーノからは同行を渋られるが、私が粘ると、結局同行することになった。

 私には、疑念があった。こうもあっさりと、魔族が見つかるはずがない。長年、我々が探し続けて未だに見つからない魔族が、簡単に見つかるとはとても思えない。

 その翌日、哨戒機に乗って、私とディーノ、そして4人の士官らと共にその館へと向かう。


「あれ、ギガンテスは使わないんですか?」

「だってあれじゃあ、館に入れないし」


 おいディーノよ、そなた重機の操縦士だと言うのに、それに乗らなきゃ、役に立たないのでは?と思うのだが、本人は気にしてはいない。


「もしも魔族が、魔物をけしかけてきたら、どうするんですか」

「ああ、僕は陸戦隊員だから、あれに乗らなくったって、そこそこ強いよ」

「は?り……りくせんたいいん?」


 また意味不明な言葉を口にする。だが聞けば、ディーノは生身の身体でも戦えるよう、戦闘訓練を受けているんだそうだ。つまり、我々でいうところの剣士か?あまりそうは、見えないが。

 で、妙に自信満々なこやつと共に、空を飛ぶ。しばらくして、その館の上にたどり着いた。

 ここから見たところ、何の変哲もない古い館だ。館といっても、平屋だ。この森の木々を使って建てられたのは、間違いない。

 が、やはり実物を見ると、魔族らしさを感じない。昔から王国内では、ごく普通に見られる建物でもある。この近くにあるグアナレルにも、似たような建物はある。

 ただ、ここだけポツンとあるのは、確かに不自然だ。ここは上級魔導師や凄腕剣士でもなければ、入り込めない場所。そんなところにこれほど大きな館など、建てられるはずがない。

 その館の前の広場のようなところに、哨戒機は降りる。


「……人の気配が、ないな」


 ディーノが呟く。草が鬱蒼と茂っており、まるで手入れがされていない。誰かが住んでいるようには、とても感じられない。


「コルティ大尉。せっかく来たことですし、中も調べましょう」

「そうだな、それじゃあ、アバティーノ少尉は、パイロットと共に残れ。メンゴッツィ中尉は、わたしと共にこの裏へ。ピエラントーニ中尉は、魔法少女さんと共に表側から探れ」

「はっ!」


 銃とかいう、青い光魔導を発する武具を握りしめて、コルティ殿とアバティーノ殿は裏の方へ走っていく。私とディーノは、表からその館に迫る。

 入り口の扉がある。ディーノは、ゆっくりとその扉を開く。中は暗く、人の気配はない。

 入り口から一歩入る。床がぎしぎしと音を立てる。かなり古い建物だ。館の入り口辺りには、草が生えている。

 その草の中に、私は木片を見つける。それを見て私は「あっ」と思わず叫ぶ。


「どうした!?」

「あ、いや、これが……」


 その木片には、文字が書かれていた。王国の文字で、「モラティーノス」と読める。おそらくは、ここの家主の名だろう。


「えっ?王国の文字?じゃあここは……」

「間違いありません。これは人が造った建屋です」

「なんだ、それじゃあ、魔族の家ではないのか……」


 がっかりするディーノは、館の奥へと進む。私も、ディーノの後を歩く。

 そういえば、昔はもう少し、魔物の生息域も狭かったらしい。その分、人の住む場所も広かったと聞く。その頃の名残が、この館ではないのか?

 あるいは、魔物討伐のための拠点として建てられたのかもしれない。周りには、人の集落が見られない。しかも、住むための館にしては、家具や棚がほとんど見られない。だが、魔物の勢いと統率が増すに連れて、ここは放棄された。あるいはここを建てた者たちは、全滅したのかもしれない。いずれにせよここは、忘れられた館となった。そんなところではないだろうか。

 そして、ディーノが奥の扉に手をかける。ゆっくりと、扉を開けた。

 と、その扉の奥から、何かが飛び出す。それは一瞬で、ディーノの身体を覆う。

 しまった、こんな魔物が、中に潜んでいたのか。油断していた。その魔物は、ディーノに取り憑いてしまった。


「ディーノ!」


 それは、スライムだ。それも、かなり大きい。強力な溶解液で、ディーノを溶かし始める。このままでは……

 私は、杖先をそのスライムに向ける。そして、詠唱を唱え始める。


「水の神、ネプトゥヌスよ!我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」


 水弾が、杖先に生じる。それはディーノに巻きついたスライムにめがけて飛び、命中する。

 煙を上げて、スライムが溶け出す。ディーノの足元に、液状と化したスライムの身体がボトボトと落ちる。その液の上に、ディーノが倒れる。


「ゲホゲホッ!」

「ディーノ!しっかりして下さい!」


 咳き込むディーノを、私は抱え上げる。が、この男は重い。なんとかスライムの液から引き剥がしたが、異様な臭いと煙が漂う。


「クソッ、あんなものが出てくるなんて……」

「今はしゃべらないで!ここを出る!」


 とにかく、別のスライムが潜んでいるかもしれない。早く、ここから出ないと……

 そんな逼迫した状況下で、さらなる「敵」が、現れる。

 それは、出入り口の辺りにいる。頭の大きな、緑色の小さな魔物、そう、ゴブリンだ。

 それは徐々に数を増やす。ざっと見て、7、8匹はいる。まだ増えそうだ。我々は、すっかり囲まれてしまった。


「そうだ、ディーノ、あのバリアとかいうのを使えば……」

「いや、ダメだ……さっきのスライムというのに、やられた」


 そう言いながら、腰の方を指差すディーノ。帯に巻かれた仕掛けが、溶けている。


「幸い、銃は使える。エリゼは、扉に向かって走れ」

「いや、ゴブリンが……」

「僕が援護する。外に出て、大尉たちを呼んできてくれれば……」


 その時、裏からバンッバンッという乾いた音が何度か聞こえる。おそらく、コルティ殿らもゴブリンに囲まれているようだ。


「あちらも今、ゴブリンと戦っている。とてもこちらには、駆けつけられない。このまま置いていったら、ディーノが死んでしまう!」

「いや、このままでは、二人ともやられる。エリゼだけでも……」

「嫌だ嫌だっ!あの魔法少女たちだって、仲間を信じて、最後まで諦めるなって言ってたじゃないか!」


 ジリジリと近づいてくるゴブリン。一匹が飛びかかるが、ディーノは銃で撃つ。

 それを見たゴブリンは、部屋いっぱいに広がる。狙い撃ちされるのを避けるためだ。ますます、我々は追い込まれる。

 と、その時、ディーノが呟く。


「そうだ、水の魔導。あれは確か……」


 するとディーノは、私の腕を握り、こう告げる。


「あのゴブリンに、水の魔導を当てられるか?」

「はい、でも、それではゴブリンは……」

「いや、考えがある。とにかく、ゴブリンを狙ってくれ」


 ディーノが何を考えているのかは分からないが、ともかくここは、信じよう。私は杖先を、ジリジリと迫るゴブリンの群れに向ける。


「水の神、ネプトゥヌスよ。我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」


 水弾が、杖先に蓄えられる。それは8つに分裂し、ゴブリンに向けて放たれる。

 私の水の玉によって弾かれたゴブリンが、その場で倒れる。が、やつらは水弾では倒せない。再び立ち上がろうとする魔物の群れ。

 それを見届けたディーノが、叫ぶ。


「伏せて!」


 その叫びを聞いて、反射的に私は床に伏せる。次の瞬間、ディーノが銃を放つ。

 バンッという乾いた音とともに、あの青い光の魔導が放たれる。と、次の瞬間、信じ難いことが起こる。

 爆炎だ。爆炎が起こる。ゴブリンを包むように、赤い炎が管を巻く。その一端が、こちらに迫ってきた。慌てて私は、ディーノに抱きついた。


「……終わった、か?」


 ディーノが呟くので、私は顔をあげる。部屋の中には少し残火が見える。が、ゴブリンは皆、黒焦げで倒れている。

 あの光の魔導には、こんな技も繰り出せるのか?私は、立ち上がる。ディーノも立ち上がるが、まだふらついている。私は、ディーノに肩を貸す。

 外に出ると、コルティ殿たちがゴブリン相手に戦っている。私はどうにかディーノを抱えて、哨戒機にたどり着く。残る二人も哨戒機に飛び乗る。


「緊急発進だ!」


 わらわらとゴブリンの群れが迫る中、哨戒機は地面を離れる。

 群れの上を、ぐるりと回る哨戒機だが、その群れの真ん中に一撃、あの青白い光の魔導を喰らわせる。銃よりも大きな魔導の光が、群れの大半を焼き払う。数少ないゴブリンらは、森の中に消えていった。


「ディーノよ、銃であのような爆炎が放てるなら、なぜ最初から使わなかったのだ?」


 帰路についた哨戒機の中で、私はディーノに抗議する。


「いや、あれは銃では作り出せない」

「だけど、あそこで炎を作り出せる魔導は、あの銃だけではないか?」

「エリゼさんの水の魔導、あれのおかげだ」

「は?でもあれは、ゴブリンを弾き返しただけで……」

「いや、この間の調査結果を思い出したんだ。エリゼさんの作り出す水には、水素が過剰に含まれてるってことを」


 そういえば、そんなようなことを言ってたな。だが、それがなんだと?


「あの射撃場でも見た通り、エリゼさんの水の魔導が発する水素に火をつけると、爆発するんだよ。それを思い出したから、エリゼさんにあの魔導を放ってもらったのさ」


 ああ、そういうことだったのか。あの話を聞いただけで、そんな作用があることを思い出せるなんて……私は、ディーノのことを少し、見直す。


「でもあの時、僕を抱きしめて火炎から守ってくれるなんて、嬉しかったなぁ。でも、もう少し胸があったら……ふぎゅっ!」


 前言撤回だ。やっぱりこいつは、無神経極まりないやつだ。

 私が持ち帰った木片により、あの館は人の作ったものだと結論づけられる。魔族は未だ、見つかってはいない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 某ゲームのせいでスライムって雑魚なイメージありますが、本当はおっかないモンスターですよね。 高校生の時やっていたTRPGで何度も殺られました(´TωT`) 雑魚とはいえども生きる為に必死だ…
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