#28 地上
「まもなく、エスタード大陸の上空に差し掛かります!高度2万3千、速力500!」
地上が、見えてきた。ようやく私は、帰ってきた。
出かける時は、切り刻まれるのではないかと考え、帰りは破滅の魔導で焼かれるかと思った。幾多の命の危機をも乗り越えて、ようやく私はこの大地に戻ってきたのだ。
この船を操るこやつらが、魔族ではないと分かった。しかし、恐ろしい魔導を駆使する連中であることも、また理解した。このことはすぐにでも、エスコパル卿の耳に入れねばなるまい。
ところで、彼らは我が大陸のことを、「エスタード大陸」と呼ぶ。我々はこの大陸こそ、唯一の大陸だと思っていたから、名など付けずにただ「大陸」としか呼んでいない。
が、聞けば我々の星には、大陸が三つもあるという。だから、名前を付けて区別する必要に迫られる。
そこで、この大陸に我々の王国の名が付けられた。その方が、我らとしても分かりやすい。おそらくはこのまま、この大陸はエスタード大陸と呼ばれ続けるだろう。
「やっと、見えてきましたな」
艦橋には、艦長並みの歳の人物が現れる。交渉官と呼ばれるその人物は、我がエスタード王国と彼らとの間に、同盟条約を結ぶために来た。
「スカリオーネ様。エスコパル様との交渉がうまくいきますよう、魔導の女神テイアの名の下に、お祈り申し上げます」
「ああ、ありがとう。私にとっては、あなたから提供頂けた、その宰相閣下の補佐役の人と成りの情報が、とても参考になったよ」
このお方とは、戦艦サン・マルティーニの中で話をさせて頂いた。話ぶりからするに、とても高貴なお方だと感じられた。話し方はとても丁寧で、しかし、どこか鋭い。
このお方ならば、あのエスコパル卿とも渡り歩けるだろう。私はそう、確信する。
「では、これよりエスタード王国の王都、クローマ・アルヘシラーニャ・デ・アルドス・エルナーマス・グラマネートへと飛び立ちます」
「うむ、頼んだよ、大尉。それじゃあ、小さな魔導師さん、また王都にて」
格納庫へと入っていく交渉官のスカリオーネ様を、私は見送る。スカリオーネ様は私に手を振り、分厚い扉の奥に入っていった。
「よし、もうすっかり傷は消えた。これで、完治だな」
スカリオーネ様の見送りの後、私は近くの医務室に寄る。そこで私は、ようやくあの貼り薬を剥がされる。
本当に、すっかり傷が消えてしまった。あれだけの傷が、どこにあるのか分からないほど消えてしまった。あの白スライム風の貼り薬はすごい。なんという魔導なのか。
「にしても、あんたもここに最初に来た時から見ると、変わったよな」
「……そうですか?」
「うん、変わった。ここに初めてきた時は、まるで拾われたばかりの子犬みたいに、警戒心剥き出しだったもんな。それが今じゃどうして、いい顔色になったものだ」
なんだか、ちょっと馬鹿にされた気分だな。だけど、確かにあの時は、恐怖心丸出しだった。でも、仕方がないだろう。巨人に乗せられ、空に浮かぶ城に来させられ、魔族だと思われる連中に囲まれていたのだ。怖がらない方が、どうかしている。
「まあこれで、魔法少女として存分に活躍できるぞ。せいぜい、頑張れや」
「あの、カザリーニ殿。私は魔導師であって、魔法少女ではありませんが」
「そうなのかい?ウルトラビューティーなんちゃらっていう呪文を唱えてたって話、聞いたぜ」
くっそ、ディーノのやつ、私のあの恥ずかしい話を、この医者殿にもしたのか?
「まあ、なんにせよ、今度は怪我しないように注意するこった。この間みたいに、人型重機に飛びかかってきた龍の口に向かって、その魔法を放つようなことは、あんまりやらない方がいい。それじゃあ、お大事に」
と、にこやかに手を振る医師。だけどこのカザリーニという医師も、どことなく無神経な感じがする。この船、そういう人が多くないか?私は手を振り返し、医務室を出る。
「ああ、やっと貼り薬が剥がせたんだね」
と、医務室の前で声をかけてきたのは、ディーノだ。
「ええ、おかげさまで」
といいつつも、私はあの話が医師に伝わったことを、かなり根に持っている。若干、睨み気味に応えてみる。
が、この男は、その程度では動じない。
「ねえ、それじゃあ、僕と一緒に動画でも見ようか」
「動画ですか?」
「うん、実は『魔法少女ビューティーケア』の最初のシリーズの動画を、手に入れたんだよ」
なんだ、また魔法少女か。どうしてこう、皆は私のことを、魔法少女に重ねるのだろうか?
で、あまり乗り気ではなかったけれど、展望室に行って、そこでディーノと共にその動画を見る。
これが、たまらなく面白い。
「あのビューティー・ファイヤーの迫力ある魔導!そして、ビューティー・アクアの知謀!決してあの二人は、ビューティー・デライトの支え役どころではありませんよ!あの二人だけでも、ダークイリネス相手に戦えますって!」
「そうだろうけど、この先、敵もどんどん強くなるからね。でもやっぱり僕は、ビューティー・アクアのあの健気な戦いぶりがいいなぁ」
なぜ私は、ここでこんなやつと魔法少女の話で盛り上がっているのだろうか?たかが架空の物語に、これほどまでに熱くなれるとは……いや、でもこれ、面白い。
吟遊詩人の語る武勇伝も面白いけれど、こちらの方が動く絵がある分、迫力があり、伝わりやすい。
「あれ?こんなところで二人、何を盛り上がってるのですか?」
と、そこにクレーリアがやってくる。ディーノが、今見ていた魔法少女の動画の話をする。
「ちょうどエリゼさんと、魔法少女ビューティーケアを見ていたところなんだ。で、今、5話まで見たところで盛り上がっちゃってね……」
そういえば、クレーリアもこの魔法少女が大好きだと話していた。話題にのってくるものと思っていたが、意外な反応が返ってくる。
「えっ、中尉殿、男のくせに、魔法少女なんて見てるんですか?引くわ〜引きますわぁ〜」
「あれ?男が見ちゃ、変かい?」
「ええ、しかも陸戦隊員で人型重機のパイロットがあんなもの見てるって、イメージ悪いですよ」
あれ、気味悪がっているぞ。どうやら、男が見たらあまりいい印象がないものらしい。そういうものなのか。でも、なぜだろう?
「クレーリア、魔法少女って、男が見たら変って、そういうものなのです?」
「そうね、なんていうか……中尉の場合は特に、下心を感じるのよ」
クレーリアは、基本的に男嫌いなようだ。比較的よく関わっているディーノですらも、信用している様子がない。過去に、何かあったのだろうか?
「とにかくエリゼちゃん、この男に引っかからないようにね。気をつけた方がいいよ」
そう言い残して、クレーリアは展望室を去る。
「そうかなぁ、男が見たって、別にいいじゃないか」
ディーノは、クレーリアに言葉に納得がいかないらしい。だけど、私はクレーリアの言葉で、ふと我に帰る。
なんだって私は、こやつなどと意気投合していたんだ?我ながら、恥ずかしい。そこで私は、そのまま部屋へと戻る。
考えてみれば、あれほど簡単に魔族を倒せるわけがないだろう。なぜそんな短絡的な物語に、心惹かれたのであろうか?
と、思いつつも、続きが見たい。気になる。うう、あの男と関わることなく、続きを見る方法はないだろうか?あの敵である魔族、ダークイリネルが、どう倒されるのかが知りたい。だが、そのためにはあの男を攻略せねばならないのか?
と、部屋の中で悶々としていると、扉を叩く音が響く。出てみるとそれは、ディーノだった。
「魔族が、見つかったかもしれない!」
まだこやつは、魔法少女の話を振ってくるのか?そう感じた私だったが、ディーノの持ってきた話は、現実の方だった。
大陸の中央部、人の立ち入れない場所で、魔族がいる痕跡が発見されたと言うのだ。




