#27 砲撃戦
「敵艦隊、回頭!横陣形に転換しつつ接近中!」
「距離は!?」
「はっ!まもなく、32万キロ!射程まで4分!」
「艦橋より砲撃管制室!砲撃戦、用意!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦、用意よし!』
まるで蜂の巣を突いたような、いや、ゴブリンの巣でも突いたような騒ぎになっていた。この艦橋にいる人々が、これほど慌てふためく姿も珍しい。
「船外服の全員着用は中止だ。とても間に合わない。食堂にいる非戦闘員のみ、着用するように伝えよ」
「はっ!」
「それからエリゼさん。あなたも食堂へ」
どうやら、戦いに参加しない人たちは、食堂に集まることになっているらしい。だが、私はこう応える。
「いえ、王国魔導師として、そしてエスタード王国陛下の代理人として、この戦いを見届ける義務があります。構いませんので、ここに立ち合わせて下さい」
「そうですか……承知しました。敵艦隊は!?」
「はっ!まもなく射程内に捉えます!」
「そうか、操縦系を、砲撃管制室に移行!」
「了解、操縦系を、砲撃管制室に移行します!」
私が言った、魔導師としてこの戦いを見届けるという言葉、それ自体は嘘ではない。だが、目的は、彼らが考えているのとは少し違う。
戦いを見届けることよりも、彼らの持つ力を見極めること、それが主な狙いだ。この船の先端につけられた、あの大きな穴。あそこから放たれる魔導が、王都すらも焼き尽くすとディーノは言っていた。
それほどの力を、本当に持っているのか?そして、彼らの戦い方とは、どのようなものなのか?私はそれを、見届けなければならない。
「敵艦隊、射程内に入ります!」
「砲撃管制室!主砲装填、開始!」
『はっ!主砲装填、開始します!』
どうやら、戦さが始まる。ということは、その敵は、すぐ目の前にいるはず……なのだが、まったく見えない。私が目を凝らしていると、キィーンという甲高い音が、この艦橋の中に響き渡る。
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
『砲撃、開始します!撃ちーかた始め!』
戦いが始まった。
その次の瞬間、とてつもない衝撃と音と、そして光を私は浴びる。
ドドーンという、嵐の中で鳴り響く雷を、何倍にもしたような大きな音が響き、床がビリビリと震え出す。窓の外は、真っ白な光で覆われて、あたり一面、見えなくなる。
「ふぎゃっ!」
変な声が出てしまった。私は、手近なものにしがみつく。しばらくの間、その光と振動が続く。ようやくそれが収まると、周りの声が聞こえてきた。
「目標、外れ!上11、右7!」
「弾着位置修正、効力射!続けて第2射、撃てーっ!」
再び、キィーンという音が響く。すぐにまた、あの音と光が押し寄せる。
そして窓の外は真っ白に光り、まるで見えなくなる。私はしがみ続ける。しばらくその光と振動が続く。
なんという魔導だ。これは確かに、王都すらも焼き尽くせるだろう。勇者の白銀爆炎で、この手の衝撃には慣れているつもりだったが、こちらの方が凄まじいかもしれない。
窓の外を見ると、傍にいる何隻かの船からも、青白い光が吐き出されている。あれも同じ魔導だろう。だが、その窓の外の光景も、すぐに真っ白な光に覆われてしまう。
そして、向こう側からも青白い光の筋が飛んでくる。つまり、あれも同じ魔導か?
こんな強烈な魔導を撃ち合うとか、正気の沙汰ではない。あれが当たれば、王宮よりすこしばかり大きいこの船など、ひとたまりもないじゃないか。
「砲撃、来ます!」
「砲撃中止!バリア展開!」
そんな予感が、的中する。こちらがまだ撃っていないのに、眩い光で覆われる。
ギギギギッという、嫌な音が響き渡る。城壁にある古い門扉を開けるときに響く、あの耳障りな音にそっくりだ。こちらの方が、あれを何十倍にも大きくし、そして嫌悪感もそれだけ増している。
「敵ビーム攻撃、弾きました!」
「艦内に、損傷は!?」
「ありません、すべて正常!」
「では、砲撃を続行する!」
さっきのあれは、もしかしてあの魔導を弾いたというの?そういえば、バリアシステムとかいう、見えない盾のような魔導を彼らは持っているんだった。あの強烈な光魔導を、弾き返せるんだ。
そしてまた、あの音と光が繰り返される。最初は怖かったが、少しづつではあるが、慣れてきた。
とはいえ、やっぱり怖い。またあの門扉の引きずるような音が来たら、嫌だなぁ。うう、こんな戦い、早く終わって欲しい。生きた心地がしない。
こんなに恐ろしいものなら、食堂に行けばよかった。いや、あそこにいても、この音と振動は同じだ。こっちの方がまだ、魔導の発動や、相手の魔導が当たる時を知ることができるだけ、マシかもしれない。
そんな魔導の撃ち合いが、しばらく続く。いつ終わるのかとうんざりしていたが、ようやく終わりが見えてくる。
「味方艦艇、百隻、まもなく到着します!」
「そうか。ならばそろそろ、敵が引くんじゃないか?」
魔導の放つ激しい光に照らされながら、艦長殿がそう呟く。その直後、朗報がもたらされる。
「敵艦隊、後退を始めます!距離、離れていきます!」
「そうか、やはりな……ならばこれより、追撃戦へ移行する。全艦、前進!」
「はっ!全艦、前進!」
こちらはまだバンバンと撃ち続けているが、あちらからの魔導が、届かなくなってきた。どうやら、逃げ始めたらしい。
それからしばらくは魔導を放ち続けるものの、しばらくして、それも止まる。
「よし、全艦後退だ。追撃戦、止め!」
艦長が叫ぶと、急に静けさを取り戻す。時折、敵の船までの距離を知らせる声が響くものの、さっきまでのあのけたたましい音に比べたら、静かなものだ。
で、私は改めて、窓の外を凝視する。ジーッと見つめるが、船の姿なんてない。そう言えばさっきから、敵と呼ぶ船を見ていない。
と、いうことは、見えないくらい遠くの敵と戦っていたのか?だけど、考えてみればあれだけの魔導だ、相当離れたところまで届くのだろう。
そして、これが彼らの戦い方なのだと、私は思い知る。
「エリゼさん、そろそろ、離してもらえないかなぁ?」
と、そこで能天気な声が聞こえてくる。私は、その声の方を見上げるのだが……そこで私は、ようやく気づく。
あの音と光と振動に慄いて、思わずしがみついた先は、なんとディーノだった。私はあの戦さの間、ずっとディーノにしがみついていたのだ。
「あっ!ご、ごめんなさい……」
パッと離れる。顔に血が昇る。それにしても、恐怖のあまりずっとしがみついていたなんて、王国魔導師として、実に恥ずかしい。
「しかし、エリゼさんの胸を押し付けられてたのは嬉しいけど、小さいからちょっぴり痛くて……ふぎゅっ!」
まったく、こんな無神経なやつにしがみ続けていたとは、本当に恥だ。私は杖をディーノの頬に押し付けながら、己の未熟さを反省する。




