#25 魔法少女
スマホというやつを、貰った。
私は今、ホテルの部屋の中で、それを眺めている。
少しだけ、触り方を教わったが、この小さな手のひらほどの板に、多くの魔導が込められている。
あの動画というやつが、大量に詰まっている。音楽も、無数に収められている。本も大量に入っているようだが、ここの字が読めないから、それはあまり意味がない。
遠く離れていても、これで書簡のやり取りができるようになるのはありがたい。これを活かすためにも、文字くらいは読めるようにすべきだろうな。
しかし、昨夜は忙しかった。
あれから私は、大勢の人と会わされた。貴族の社交界のような場に出させられて、あちらの星の人といろんな会話をした。
聞けば、あちらには魔導というものがないと言う。いや、魔導だらけじゃんと思ったが、彼らはこれを魔導だとは思っていない。
電気というものを使うと、誰でも不思議な力を出せる魔導具のようなものを作り出せる。彼らはそれを作り出し、誰もが「魔導」を使えるようにしてしまった。
言われてみれば、私は今、このスマホというものをいじっているが、水の魔導以外を使えない私ですら、あの動く絵を表示したり、遠くの人と話す力を得た。それも、何の修行もせずに、会得できる。
ということは、ここのやつら、魔族ではなく、ただの人なのか?私はその不可思議な板をいじりながら、まさに混乱しているところだ。
と、そこに、誰かがやってくる。
「エリゼちゃーん、起きてるー?一緒に出かけようよー!」
ガンガンとホテルの扉を叩くのは、クレーリアだ。こやつも大概、無神経だ。
「おはようございます……って、どうしてクレーリアが、この場所を?」
「何言ってんの、私は主計科、艦内乗員の宿泊部屋を全て把握してるのよ。てことで、さっさと出かけよう!」
「は、はぁ……」
元気だなぁ。こっちは昨日の社交界で、疲れてるんだが。
「にしても、寝巻き姿のエリゼちゃんって、だらしないわねぇ。その小さな胸の奥までまる見えだよ?まさかその格好で、ピエラントーニ中尉の前に出てないよね?」
「え、ええ、まあ、その……」
「それじゃあ、男を誘うようなものだよ、もっと気をつけないと!前から言ってるでしょう、艦内の男どもを見たら、ハイエナと思えって!」
そのハイエナというものが何かは分からないけど、話の脈からして多分、オオカミのようなものだろう。それとも、ゴブリンか?いずれにせよ、危険であることには変わりない。
「で、服装はいつものあの、ゴワゴワガバガバな服に、とんがった帽子なの?」
「え、ええ、だって私、魔導師だから……」
「それじゃあちっとも女の子らしさがないわねぇ。いくら魔法少女だからって、もうちょっと普段の身だしなみは考えないと」
と、いうことで、私はクレーリアに連れられて、街に向かうことになった。
「あれ?ベントーラ准尉。エリゼさんを連れてどこへ?」
と、その途中、ディーノとバッタリ出会う。
「ああ、ピエラントーニ中尉。これからエリゼちゃんの服を買おうかと思ってるんです」
「そうなんだ。ちょうどベントーラ准尉に頼もうかと思ってたから、ちょうどいいや。それじゃあこれ、渡しておいた方がいいかな?」
そういって、ディーノはクレーリアに、薄い札のような物を渡す。
「なんですか、この電子マネーは?」
「エリゼさんのものだよ」
「げ、こんな金額がチャージされてるんですか!?」
「そりゃあ、この星最初の客人であり、要人でもあるからね。これくらいは、当然でしょう。それじゃあ、頼んだよ」
私とクレーリアに手を振るディーノ。私も手を振り返す。にしてもあの男、ますます馴れ馴れしくなってきた気がする。
「ぐふふふ……こんな金額が手に入るだなんて……これで何買って、何着せようかなぁ」
あの札を受け取ってから、どこかクレーリアの態度が豹変した。あれはなんなのだろうか?まさかあれは、人を狂わせる魔導具か?
「さぁて、軍資金を得たからには、エリゼちゃんを……それじゃあ、行くわよ!」
「ひえええぇ」
思わず悲鳴を上げてしまう。が、そんな私の腕を引いて、街へと出る。
「そうねぇ、まずはお食事ね。腹が減っては戦さはできぬ、て言うし」
戦さか。これから私、戦さに出るのか?
「朝食だし、軽いものから行こうか。じゃあ、私のおすすめの、女子力アップなお店にゴー!」
意味不明な言葉を並べ出したが、とにかく、何か食えるようだ。私の意識は、そちらに向く。
街中を歩く。今は第3階層を歩いている。私の格好は目立つようで、すれ違う人々がじっとこちらを見てくる。時折、スマホとか言うやつを向けてくるのだが、あれは何をしているのか?
確かに私のこの服は、人目を惹きつける。王都でも同じで、しかし王都では、どちらかというと「羨望」の目だった。
が、ここは少し違う。好奇心とでもいうのだろうか、珍しいものを見たという、皆の心の声が聞こえてくるような、そんな感じといった方が良い。
「ほら、こっちだよ!」
そう言ってクレーリアが指差すのは、何やら真っ白で巨大なスライムのような塊に、大きな赤い果実が載せられた、不可思議な看板。まさか、スライムを食うのではあるまいな?
「朝だし、まずは糖分よねぇ。ケーキケーキ!ほら、行くよ」
ぶつぶつと呟くクレーリアに引っ張られ、このスライム店に入る。
が、その中は、思ったところとは全然違う。
甘い香りが、鼻を覆う。直感で分かる、ここは甘い物を売るお店だと。
「いらっしゃいませ!お召し上がりですかぁ!?」
「はーい、店内で食べます!で、ショートケーキとゴルゴンゾーラのチーズケーキ、それぞれ二つづつで!」
何やら強そうな名前が出てきたぞ?ゴルゴンゾーラって、まるで魔物のような名前だけど……不安が募る。
が、出てきたのは、白いクリームと小さな果実の載ったケーキに、やや独特の匂い漂うチーズケーキだ。ああ、こっちの白いケーキを大きくしたのが、表の看板か。
昨日のハンバーグ屋といい、看板が派手すぎる。あれくらいやらないと、目立たないのだろう。
白い方は、淡い甘味に、この赤い果実の酸っぱ味が絶妙に組み合わさって、口の中でとろけ合う。紅茶にも良く合う。
一方のゴルゴンゾーラとかいうチーズケーキの方は、ツンとくる香りに濃厚なチーズの味が口の中を覆う。だが、王都で食べたチーズの味を思い出させるこれは、悪くない味だ。
「さて、朝食も頂いたことだし、それじゃあ服、買いに行こう!」
異様に活力のあるクレーリアの後ろをついていく。ここは食べ物屋が多いようだ。想像もつかない味の料理が多く、気になって仕方がないが、ともかくその街並みを抜ける。
「あ、魔法少女だ!」
と、いきなりクレーリアが叫ぶ。なんだと?ここにも魔導師がいるのか?私は思わぬ身構える。
が、クレーリアの目線の先には、絵画を動かすテレビモニターという額縁がある。ただし、とてつもなく大きい。
その中には、派手な魔導師らしき人物が映っている。杖を持っているから、多分、魔導師だとは思うのだが……しかし、私の知る魔導師とは程遠いほど、派手な姿だ。
白い服に、春先のバーベラ色の帯を身体に巻き付け、背中には大きな蝶型の飾りがある。大きな赤い色の襟に、胸の真ん中には、金の台座に取り付けられた青い石。あれはもしや、魔石か?その魔石周りには、青い蝶型の飾りがある。
頭には帽子ではなく、まるで王妃様がつけるような派手なティアラを被り、そして杖も白と金色を基調に、不可思議な形の薄赤色の魔石が付いている。
あんなに派手な姿では、戦闘時に目立ち過ぎて魔物に狙い撃ちされてしまう。が、そんな心配は無用か。その他の魔導師も、似たような格好をしている。
まさか、敢えて目立つことで、魔物の目を惹きつけているのか?しかし、そこに現れた敵はかなり狡猾なやつで、人語を発してその派手な魔導師集団に攻撃をかける。
『フハハハハッ!我がダークマターの力、存分に食らうがいい!』
知性があるな、あの敵は。魔物ではない、魔族か?しかも、そんな知性の高い連中と戦うのに、どうしてあの魔導師らは、その攻撃をまともに受けとめているのだ?岩陰か木陰に隠れて、避ければいいのではないか。
などと考えていたら、その一人が杖先を、その魔族に向ける。
『みんなの、力を貸して!』
すると、残りの4人も持っている派手な杖の先を、一斉にその杖先に合わせる。
と、真ん中のティアラを被った魔導師が、詠唱を唱え始めた。
『ウルトラビューティー、ハピネスサンダーブリザード!』
意味不明なことを言い出したぞ?あれはもしかして、詠唱なのか?ところが、その詠唱を唱えた途端に、その5人の杖先から途方もない魔導が飛び出した。
渦を描く稲妻の、その周りを雪のようなものが吹き荒れる。光なのか氷なのか、どちらの魔導なのかがはっきりしないその複合の魔導は、さらに巨大化する。
周囲を真っ黒に染めていた魔族の魔導を浄化しながら、真っ直ぐにその複合魔導が向かっていく。
『ぎゃあーっ!』
叫ぶ魔族。その魔導はあっという間に魔族を飲み込み、爆炎を放つ。そして一面、光に変わる。
その光が消えると、魔族は消えていた。辺りは跡形もなく荒地に……はならず、不思議と何事もなかったかのように、建物や草木がそのまま残っている。
なんという派手で、それでいて不可思議な魔導なのだ。あれほどの破壊力の後には、周囲とて無事では済まないはずなのに、魔族だけを消滅させ、周囲をそのままに保つとは。
『私たちビューティーケアは、決してダークイリネスには負けないわ!』
なにやら、勝利宣言を始めたようだ。あれほどの魔導の直撃を受けていて、よくそんな余裕があるものだ。私があの動画に見入っていると、横からクレーリアがこう告げる。
「あれは魔法少女ビューティーケアの映画の予告編ね。いやあ毎度、派手だよねぇ」
なんと、あの五人が「魔法少女」なのか。なんという派手な衣装、意味不明な詠唱、そして都合の良すぎる複合魔導。
だが、それにしてもあの魔族。あの派手な5人が杖先を揃えた段階で、反撃に転ずると分かっていただろうに、どうしてその間に何もしなかったのか?自らの愚かさで、身を滅ぼしたとしか思えない。
「さてと、それじゃあ行くわよ!この先にね……」
その大きなテレビモニターから離れて、街の奥へと向かう。にしてもだ、いろいろと戦いの基本に物言いをしたいところが多い映像だった。この魔法少女らは、あの調子で命のやりとりをしていたら、命がいくらあっても足りないだろう。
にも関わらず、だ。
なぜか私の胸の内には、高揚感のようなものがふつふつと湧き出すのを、感じていた。




