#23 測定
「さ、着いたよ」
いつになくにこやかな顔のディーノだが、私は憂鬱だ。
ああ、とうとう私はここで、命を落とすことになるのかも……杖を片手に、ゆっくりと馬車を降りる。
すると、馬車は扉を閉じ、くるりと向きを変えて帰って行った。もう私は、逃げることができない。
「お待ちしておりましたよ、エリゼさん」
と、私のすぐ横に、白色の服を着た人物が現れた。私は緊張のあまり、頭を下げるのが精一杯だ。ディーノが、その現れた人物と話す。
「9810号艦の人型重機パイロット、ディーノ・ピエラントーニ中尉であります!」
「私は、今回の調査を担当する、フォルツァーノ大尉だ」
「はっ、よろしくお願いいたします!」
一通り、挨拶らしきものが終わると、再び私の方を向くそのフォルツァーノ大尉。
「さて、大体のことは報告を受けています。で、あなたがその、水の魔導師と呼ばれるお方なのですね?」
魔族から、初めて魔導師と呼ばれたような気がする。
「は、はい、そうです」
「では、ここでその魔導を調査いたします」
「は?ここで、ですか?」
「ええ、そうです」
そこは、さっきの街とはうって変わって殺風景な場所。ただっぴろい広場の真ん中に、なにやら看板のようなものが建てられている。その下には、大きな桶のようなものが置かれている。
「あそこにある看板、あれを目掛けて、あなたのその水魔導というのを放ってください。それで、あなたの魔導を調べます」
「えっ!?そ、それだけですか!?」
「はい、そうです」
「あの、てっきり、切り刻まれるのではないかと……」
「えっ!切り刻む!?」
「あ、いえ、なんでもありません!はい、魔導を放ちます!」
なんだ、調査ってそれだけなのか。てっきり、あの時のゴブリンのようにされるのかと……いや、そのことはもう、忘れよう。
私は、杖を構える。その杖先を、あの看板に向ける。
そして、詠唱を唱える。
「……水の神、ネプトゥヌスよ。我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」
私の杖先に、いつものように水弾が形成される。人の頭ほどの大きさの水の塊ができると、私はあの看板に意識を向ける。
勢いよく、水弾が飛翔する。やがて、あの看板に当たる。バシャッと音を立てて、その水が下の桶に落ちる。
「はい、いいですよ。ちょっと待っててくださいね」
フォルツァーノという魔族は、あの看板の方へと向かう。そこでしゃがみ込んで、しばらくあれこれと調べている。
だけど、あれを調べたところで、ただの水なんだが……私はそう思いながら、ディーノと共に待つ。
すると、フォルツァーノ殿が戻ってきた。
「いやはや、面白い結果が出ましたよ」
なぜだか、嬉しそうだな。それを見たディーノも、嬉しそうに尋ねる。
「えっ!?そんなに面白い結果が!?」
「ええ、実に興味深い結果だよ」
何が面白いんだろうか?こやつらはただ、私の水弾の落ちた桶に近づいて、ごちゃごちゃと何かをやっていただけだ。あれで何が分かると言うんだろうか。
「分かったことが、二つある」
指を2本立てて、フォルツァーノ殿は語り出す。
「一つは、あれがただの水ではなく、水素水だと言うことだ」
「えっ!?水素水ですか!?」
「そうだ。それも、通常ならば、だいたい1ppm程度の濃度しかない水素が、その千倍以上も溶けている事が分かった」
「そんなにも高い濃度の水素が溶けてるんですか?でも、なぜ?」
「ああ、当然こんなものは、1気圧下の通常の地球では存在し得ない。だからこそ、興味深いんだ」
なんだろうか、水素って?でもどうやら私の放った魔導の水は、普通の水ではないらしい。
「そして二つ目、この水は、重水素の濃度が異様に高い。おまけに、トリチウムも微量に含まれる」
「あの、それってつまり、重水素と三重水素の割合が高いってことです?」
「そうだ。といっても、微量な量ではあるのだが、それでも普通の地球では考えられない濃度なんだ」
なんのことだか分からないけれど、それってつまり、普通の水じゃないってことなの?でも私、これまでに一、二度、それを飲んじゃったけど……
「もっとも、予備知識なしに見れば、普通の水とほとんど遜色はないだろうがね。飲んでしまえば、ただの水とも言える。ただし、水素の濃度が高いから、空中に放たれればすぐに、水素が漏れ出てしまう」
「あの、それってつまり……例えば、火をつけたら、爆発するってことじゃないですか?」
「その通りだ。ちょっとやってみようか」
そう言って、フォルツァーノ殿は紙に火を付ける。その火がついた紙を、あの桶に向かって投げ込む。
「その板の後ろに、隠れて!」
そばに立っていた透明な板の後ろに、ディーノとフォルツァーノ殿は隠れる。私も慌ててついていく。
と、次の瞬間、バーンと大きな音を立てて、桶の上が爆発する。一瞬、炎が上がる。
「……てな感じだ。しかし、どうしてあんな水が作り出せたのか。そのメカニズムが不明なんだよな」
「そうなのですか?」
「ああ、そうだ。高濃度の水素水くらいならともかく、あの重水素、三重水素の割合は、人工的に作り出すことは困難だからな。とてもこんな魔法少女のようなこのお嬢さんの力だけで、作り出せるとは思えない」
ああ、この人からも魔法少女と呼ばれてしまった。なんだ、せっかく魔導師と呼ばれたばかりなのに……ほんと、魔法少女って、なんなの?
「とにかく、少し調査してみるよ。ああ、エリゼさん、もう一度だけあの水弾を、放ってもらえるかな?もう少し、データを取りたい」
「はぁ、構いませんが」
……で、結局私はそこで、4発の水弾を放つことになった。
「うーん、分かったような、分からなかったような、そんな調査結果だったね」
「はぁ……」
ディーノには何か得るものがあったようだが、私にはさっぱりだった。ただ一点、あの水弾に火をつけたら、爆発すると言うことだけは感ずるものがあった。
火龍の口に水弾を突っ込んだら、爆発した。あれはつまり、さっき見せてもらったあの作用が、上手く働いた結果なのだろう。ただの水ではない、そのことだけが、私には理解できた。
「それじゃあ調査も終わったし、街に行こうか。案内するよ」
「あ、はい、お願いします」
帰りの馬なし馬車の中で、私は難なく調査が終えられたことに安堵していた。そして今度は、あの煌びやかな街に行くことができると、心躍らせる。




