#21 決断
雨が、激しい。時折、稲妻が光り、少し遅れて雷鳴が轟く。見つけた洞窟に、我々は今、身を寄せている。
外の天気もそうだが、洞窟の中の雰囲気も悪い。特に、右腕を負傷した火の魔導師ライナルトは、さっきから当たり散らしている。
「ああ、くそっ!」
痛みもあるだろうが、それ以上に自身の魔導の不調に苛立っているようだ。これほどまでに不調が続くのは、魔族征伐に向かって以来、初めてのことだ。
しかも、あの日を境にして、というのが、気になる。
「雨が、止まないな」
賢者ブルーノが、そう呟く。それを聞いた剣士コンラーディンが、突っかかる。
「ならば、あの雨を止ませて見せろよ、あんたのその知略とやらでよ」
そんなこと、できるわけがない。当然、コンラーディンも承知している。無理難題を吹っかけられた賢者は、とうとう無視できなくなる。
「あなたは、雨如きに負けるような剣士なのですか!?この程度の雨、突っ切れば宜しいではありませんか!」
「おう、そうだな。雨の中なら、魔物も出ねえ。グアナレルまでは、あと1日もありゃあ着くだろうから、雨ん中突っ切った方が楽だな。ただしよ、この雨の中の行軍は、賢者がついてこられねえだろうがな」
「くっ……」
一触即発の事態だ。昨日から降りしきる雨のおかげで、この洞窟を動けない。が、コンラーディンの言う通り、ブルーノ以外は別に雨の中を歩くことは、慣れている。
もっとも、今のライナルトはあの怪我だ。雨中の行軍は、傷に障る。もしライナルトが怪我をしていなければ、賢者を捨てて雨の中を出て行ったかもしれない。
「この先の、話をしよう」
私はこう切り出す。コンラーディンが尋ねる。
「先って……グアナレルに向かうんだろう?」
「いや、その先だ」
「その先ってよ、ライナルトの怪我を治して、また魔物の森に戻るってだけじゃ……」
「いや、王都を目指す」
「はぁ!王都だってぇ!?」
「そうだ。王都に戻り、エスコパル様に会う」
それを聞いたブルーノが、反論する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それはまずい!」
私は、ブルーノを睨みつける。私の目を見たブルーノは一瞬、目線を外す。
「……何が、まずいんだ?」
「あ、いや……我々の旅の目的は、魔族を探し出すこと。あわよくば、魔王を見つけ出し、それを倒すことだ」
「ああ、そうだ」
「だが、魔族すら見つけてはいないというのに、王都などに戻ったら、我々はなんと言われるか?エスコパル様も、寛容ではいられまい」
「いや、このまま無理に進んで、我々が全滅するよりはマシだ。そうは思わないか?」
「ぜ、全滅……?」
この際だ、はっきり言おう。もはや、誤魔化しは効くまい。
「そうだ。明らかに戦力不足だ。ライナルトは怪我で魔導が使えず、おまけに、どういうわけか私の魔導も衰えてしまった。あの日を境に、我々は戦う力を失ってしまったのだ」
私が、あの日のことを明言するのは、おそらくこれが最初のはずだ。そのことが、賢者を逆上させる。
「なんだと!つまり私が、水魔導師を追い出したのが悪いと言っているのか!」
杖を持って立ち上がり、怒りに震える賢者。
「だいたい、あの平民魔導師を追放する事に、そなたらも同意したではないか!それをなぜ今さら、私のせいだと……」
「そうだ。我々は、誤った」
私のこの一言が、賢者を黙らせる。
「……我々は、愚かだった。まさか水の魔導師が抜けただけで、これほどまで脆くなるとは思わなかった。ゴブリンの群れすら足止めできなくなり、苦戦するようになってしまった。あのひ弱な水魔導が、あれほど戦闘に貢献していたなどとは、考えてもみなかったことだ」
「そ、それは……」
「加えて、実に不可思議なことだが、水魔導師が抜けてから、ライナルトと私の魔導が、明らかに弱くなっている」
私のこの言及に、一瞬、賢者の顔が歪んだように見える。
「まるで魔導師養成所を出る直前の頃に、威力が戻ってしまった。それがぴったり、あの日からだ。水の魔導師エリゼを追い出してしまったあの日から、私もライナルトも、力が落ちてしまった」
「そうだな、ゾルバルト殿の言う通りだ。俺も薄々、おかしいとは思っていたが、あの日からだな」
ライナルトも、怪我をした右腕をさすりながら、私に同調する。
「言われてみりゃあ、俺が忙しくなったのも、あの日からだな。まるで勝手が違いすぎる」
「と、いうことだ。どう考えても、我々は引き返すべきだろう。グアナレルにあの水の魔導師がまだ止まっていれば良いが、おそらくは王都に向かっているはず。それを追うしかあるまい」
賢者は、何も言わない。ただ下を俯いて、私の話を聞いているだけだ。
「だがよ、エリゼのやつ……もう魔物にやられたんじゃねえのか?」
「ならば、なおさら王都に向かうべきだろう。水魔導師の代わりを探さねばならない。さもなければ我々は、魔族討伐どころではない」
そこでようやく、賢者ブルーノは口を開く。
「そうだ、水魔導師ならばいるぞ!グアナレルの向こう、グアテーニョ川のほとりにある街、イルムの領主の息子が確か……」
「ブルーノ!」
私は、ブルーノの言葉を遮る。
「……悪いが、今はお前を追い出してやりたい気分なんだ。置いていかれたくなくば、少し黙っていてもらおうか?」
賢者は、再び黙り込む。それを見た私は、横になる。
私の決断に、納得したのだろう。剣士も火の魔導師も、そろって横になる。外の雨音と、時折轟く雷鳴、パチパチという焚き火の燃える音だけが、この洞窟内に響く。
私はこのやりとりで、一つの疑念を抱く。
やはり賢者のやつ、あの水魔導師の力に関する何かを、知っているのではないか?




