#19 死闘
「ギガンテスより艦橋!発進準備完了!許可を!」
『艦橋よりギガンテス!発進許可、了承!ハッチ開く!』
無線というものを使うと、遠く離れた者同士、話しができるという、実に画期的な魔導だ。
その魔導を使う時は、「コールサイン」という、二つ名のようなものを使って呼び合うことになっているらしい。
で、ディーノが操るこの人型重機につけられたその二つ名が、「ギガンテス」になった。私がこの人型重機のことを、「ギガンテス」と呼び続けたのが原因らしい。
「ギガンテス、発進する!」
ぽっかり開いた天井から、ギガンテスが飛び出る。相変わらず不可解な魔導で空を舞う、この人の形をしているとされる魔物は、青い空の下に飛び出す。
これの一体、どこが人の形だ。首はないし、寸胴で、手脚も短くて太い。魔物ではないか、どう見ても。
などと考えている間に、青い空の中に飛び出した。そのまま、下がり始めるギガンテス。
ひえええぇ、この感覚は、なかなか慣れないな。落下の際に感じるあのフワッとする感覚は、何やら別の魔導で打ち消しているらしいが、それでも落ちるということに、本能的な恐怖心が働く。
「いやあ、このコールサイン、気に入っちゃったよ。今までは僕の好物を名付けていたんだけど、こっちの方がかっこいいなぁ。エリゼさんにいい名前をつけてもらえて良かったな、2番機よ」
などとぶつぶつと呟きながら、こやつはそのギガンテスを地上へと向かわせる。徐々に降りていき、ギガンテスが雲を抜けると、そこには草原が広がっていた。
ここは、私があの時いた草原だろうな。そのままディーノはギガンテスを操り、地上に沿って飛び始める。
すぐに、森が見えてきた。鬱蒼と茂る森の上に達すると、ディーノが叫ぶ。
「な、何だあれは!?」
目の前には、扇状のぽっかりと空いた荒地が見えてくる。その上空に達し、しばらく止まる。
「これはなんとも、凄まじい破壊の跡だな……魔物の仕業か?」
それを見た私は、ディーノにその荒地の正体を教える。
「いえ、あれは勇者ゾルバルト様の放った魔導の痕跡です」
「えっ!あれが魔導の痕跡!?」
「白銀爆炎と呼ばれる、王国最強の光魔導を放つと、あのように広大な森を荒地に変えてしまうのです」
「あんな広範囲に……人の力で放たれたというのか?」
するとディーノは、ギガンテスをその痕跡の周りを飛ばしつつ、何かを調べているようだった。私は、ふと森の方に目を移す。
とてつもない勇者様の力だが、この森全体で見れば、ほんの一部に過ぎない。我らの魔導の力の儚さを知る。
そういえば、勇者一行はこの先にいるのだろうか。いや、エスコパル卿が、そろそろ撤退するころだなどとおっしゃっていたから、もしかしてもう、ここを引き返している頃だろうか。
「あれ?レーダーに、何か映っている」
と、ディーノが妙なことを言い出す。レーダーって、なんだ?
「どうかしたのですか?」
「レーダーに、何か映ってるんですよ。距離15キロ、数およそ20、速力70。」
どうやら、遠く離れたものを捉える魔導のようだ。本当に便利で小賢しい魔導ばかりを持っているな。数からして、おそらくは翼竜の群れだろう。ディーノが叫ぶ。
「ギガンテスより9810号艦!魔物の群れと思われる集団を発見!これより、接近する!」
えっ、あれに近づくの?いくら何でも、ちょっと危険すぎやしないか?
「あの、ディーノ殿。相手は20匹もいるのですが、近づいて大丈夫なのです?」
「こっちも空を飛んでいるんだ。しかも相手よりも速い速力100だ。早々に捕まらないよ、大丈夫だって」
何を余裕ぶっている。相手は魔物だぞ、しかも20匹といえば、かなりの大群だ。
が、私の心配をよそに、群れに近づくディーノ操るギガンテス。やがて、目の前にその群れが見えてきた。
「魔物の一団、視認!距離1800メートル!」
私も、それを捉える。やはり、翼竜の群れだな。飛翔するためか比較的痩せた体形の龍だが、それでも20匹も集まると恐ろしいものだ。
こちらがギガンテスでなければ、恐怖のあまり卒倒しそうな光景だ。私の水魔導で、足止めができるか……しかし今はただ、ディーノ操るこの人造の魔物に守られており、眺めるしかない。
が、その時だ。
いきなり何かが、下の方から飛び出してくる。
ガラス越しに見えたのは、恐ろしい形相の龍の魔物、そう、あれは火龍だ。
そいつがいきなり目の前に現れたと思えば、このギガンテスの身体にしがみついてきた。
ガシンという音と共に、目の前は火龍の黒い肌で覆われる。
「しまった!」
ディーノの悲痛な叫びが聞こえる。取りついた火龍は、あの鋭い目で、椅子に座る二人を睨みつける。
「くそっ、取りつかれたら、バリアが使えないぞ……」
ギガンテスを左右に振って、なんとか振り落とそうとするも、がっちりとしがみついて離れない。その火龍は、頭突きでこのガラスを叩き割ろうとする。
厚い皮で覆われた、あの火龍の頭部が、ガンガンと音を立てて何度もぶつけられる。が、このガラス、案外丈夫だ。まったく割れる気配がない。
しかし、その間にも翼竜の群れも近づいてくる。このままでは、あの20匹以上の龍族にまで取りつかれてしまう。そうなれば、さすがのギガンテスも、ひとたまりもない。
そんなギガンテスにとどめを刺そうと考えたのか、火龍が口を開く。それを見た私は、ディーノに向かって叫ぶ。
「扉を、開けて!」
「えっ!なんだって!?」
「いいから、早く!」
これは危機であり、千載一遇の機会でもある。私は杖を手に取り、火龍の口に向けた。
ディーノは、私の声に応じて、ガラスの扉を開く。
と、時を合わせて、その火龍の口が赤く光り出す。それを見た私は、詠唱を唱える。
「水の神、ネプトゥヌスよ!我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」
いつもより早口で唱えた詠唱だが、杖先には水弾が形成されている。私はそれを、あの赤く光る炎の真っ芯に、叩きつける。
「閉じて!」
私の掛け声に合わせて、ディーノがガラスの扉を閉じる。
まだ閉じるか閉じ切らないかの時に、猛烈な光と音が、目の前で炸裂する。眩く赤い光が、このギガンテスの中を照らす。
「うわっ!な、何が……」
目の前を見ると、あの火龍が、口から火を噴き出しながら落ちていくのが見える。その瞬間、私は勝利を確信した。
しかしまだ、油断できない。もう翼竜の群れが、目の前だ。
「くそっ、今度こそ、やられるか!」
ディーノはそう叫ぶと、まさに目の前に迫った翼竜の群れに、あの青い光の魔導を放つ。そして多くの翼竜を、あのバリアとかいう、近づく者を焼き払う防御魔導で吹き飛ばした。
勝利だ。が、間一髪の勝利。あのまま火龍を引き剥がせなかったら、その後に押し寄せた翼竜の力も加わり、ギガンテスはひとたまりもなかったであろう。
「はぁ……油断した」
すっかり落ち込んだディーノ。私は、そんなディーノに言う。
「だから大丈夫かと聞いたのです!魔物を甘く見ると、あのような目に遭う!これよりは、十分に気をつけるのですよ!」
「はい、そうします……」
あの時は肝が冷えたが、終わってみると、いつもは無神経気味なディーノがいい感じに大人しくて、かえってやりやすくなった。これはこれで、良い体験であったか。
「にしても、どうしてあの時、あの龍の口に水の魔導を仕掛けたんですか?」
「火の魔導を使う火龍には、それを打ち消せる水魔導が有効です。それで以前、火龍の口に水弾を叩きつけたことが何度かあるのです。するとなぜか、あのように爆発することがあるのですよ。それを思い出して、火龍が火を吐く瞬間に、水弾を叩きつけたのです」
「ふうん、そうなんだ、そういうものなんだ……」
我が魔導の偉大さを知り、感心するディーノ。ふふん、悪くない気分だ。
だが、ディーノはこう言い出す。
「それじゃあ、ますますエリゼさんのその魔導の調査が、楽しみだね!いやあ、どんな秘密が隠されてるんだろう!」
急に明るく、そして私自身が忘れたかった言葉を、こやつは口にする。
うう、やっぱり切り刻まれる運命は、避けられないのだろうか……




