#18 調査
「では、これにて失礼いたします」
「はぁい、またきてねぇ~」
エスコパル卿の中庭に、あの白い空飛ぶ乗り物、哨戒機が降り立っている。手を振るエスコパル卿に向けて、その扉からあの独特の礼 ーー魔族らはこれを「敬礼」と呼ぶがーー で応えるディーノ。
そして、哨戒機は甲高い唸り音を上げて、この王都の貴族街の真ん中から宙に浮かび始める。
「いやあ、ここの中庭への着陸許可がもらえてよかったよ」
無邪気に喜ぶディーノ。だが私は、エスコパル卿が私に託した言葉の重みを感じ入り、厳かな面持ちで外を眺める。
王都の広場が、見えてくる。この得体の知れぬ宙に浮いた白い乗り物を、皆が見上げているのが分かる。乗っている私でさえも、この非常識なる魔導によって動いている事実は受け入れ難い。ましてや、何の事情も知らず、突如目の前に現れたこの空を自由に舞う馬車のようなものを見た人々は、さぞかし肝が冷えていることだろう。
が、そんな人々をよそに、雲を超えて、青い空の中へと昇り続ける。
「そういえばエリゼさん、エスコパル様と何やら話し込んでいたけれど、何を話していたの?」
この魔族め、やはり勘繰ってきたか。まさか私が、こやつらを探るために舞い戻ることになったなどとは、口が裂けても言えぬ。
「いえ、魔導師に関わる話ゆえ、ディーノ殿には関係ありません」
「ふうん、そうなんだ。僕は哨戒機を待っている間に、エスコパル様からエリゼさんを我々の元に送り込む事に関して、とあるお願いをされたから、てっきりそのことについて説得してくれていたのかと思ってたけど」
「せ、説得?あの、ディーノ殿。エスコパル様とは、どのような話をされたのです?」
「うん、エリゼさんの魔導について、可能な限り調べてくれってさ」
「はぁ!?」
なんだって、そんな話、聞いてないぞ?
その話を聞いて、私はあることを思い出す。それは勇者パーティーの最初の任務で、魔物を徹底的に調べためにゴブリンを一匹、捕まえた時のことだ。
勇者ゾルバルト様と剣士コンラーディン殿が、捕まえたゴブリンを、調べ始める。
何をするのかと思いきや、いきなり胴体を切り刻み始めた。
まだ生きているゴブリンを……ああ、もう、その先は口の端に乗せるのもおぞましい光景が続いた。
だがその結果、ゴブリンの体内にも、小さいながらも魔石を持つことが分かった。魔物は殺してしまうと、わずかな時間のうちに体内にある魔石が消えてしまうことが多い。だから、ゴブリンが魔石を持っているとは気づけなかった。調査からは、得られるものが多い。
エスコパル卿は私に、王国の命運をかけると申してくださった。それに私は、命を投げ打つ覚悟だとは言った。
が、まさかエスコパル卿が魔族らに、そのようなことをお願いしていたとは知らなかった。ということはやつら、私の魔導の秘密を暴くために、私の身体を引き裂くことも辞さないかもしれない。本当に私は、この命を投げ打ってしまうかもしれない。
不敵な笑みを浮かべるディーノ。その不気味な笑顔の向こうに垣間見える、魔族の本性。クレーリアが言っていたような、野獣どころではない。獣を超えて、悪魔である。
「ふふーん、魔法少女の秘密かぁ。どんな秘密があるんだろうねぇ。調査、楽しみだなぁ」
無邪気な魔族だが、私はちっとも楽しみではない。なんてことを言ってくれたのか、エスコパル卿よ。今すぐにも、私はこの哨戒機を降りたい。
そんな願い虚しく、雲の遥か上を飛ぶ哨戒機。すでに王都は遠くに離れ、眼下にはグアテーニョ川が見えている。もうこんなところまで来てしまったのか。
左足が、疼き出す。ついさっきまでのあの、誇りに満ちた誓いはなんだったのか?もしかすると私は、体よくエスコパル卿から魔族へ、貢ぎ出されたのかもしれない。そんな疑念が、頭を離れようとしない。
「さてと、艦に戻ったらベントーラ准尉にお願いして、お茶でも入れてもらおうか?」
うう、今の私は、お茶どころではない。命の取引をされて、屠殺場に連れ込まれた白豚のような気分だ。
「あれ?どうしたの、さっきから黙り込んじゃって」
「あ、いや……私の魔導を、調べると申しておったので……まさか、かえってすぐに、調べるつもりで?」
「ああ、それか。どのみち、駆逐艦内では無理だな。一旦宇宙に出て、設備の整ったところでないとできないんだよ」
あれ、そうなんだ。それじゃあ、あの船に戻って、いきなり切り刻まれることはないのか。とりあえず、私の寿命はしばらくの間、延びることとなった。
「ん〜、おいひー!」
船に戻ると、待っていたのはハーブティーとティラミスだ。スンと鼻につく独特の香りに、ほろ苦さと甘さの融合する茶菓子の絶妙な組み合わせに、私は生きていると実感する。
「ほんと、エリゼさん、美味しそうに食べるよね。見ていて飽きないよ」
目の前にはディーノがいて、私のお茶の様子をまじまじと眺めている。まるで私は、貴族に飼われた犬の気分だ。
「……で、何なのですか。今、お茶で忙しいのです。用事がないのなら、帰っていただけませんか?」
「つれないなぁ。見てたって別に減るもんじゃないし、いいじゃないか」
なぜ急に馴れ馴れしくなったのかは分からないが、この男がそばにいると、どうにも落ち着かないな。少し、一人にしてくれないものだろうか?
「というのは冗談で、用事があるからここに来てるんだ」
「用事?用事ってなんですか」
「調査だよ」
その言葉を聞いて、私は自身の置かれた立場を思い出した。私はこの魔族に、切り刻まれる予定だったことを。
「ちょ、調査はここではできないって……」
「そうだよ。だから明日、僕の重機に乗って、出かけるんだ」
「で、出かけるって、どこへですか?」
「そうだなぁ。君があのモンスターに襲われていた、あの場所付近が候補かな?」
なんてことだ。私が死にかけたあの地を、私の終焉の地にしようというのか?随分と辛辣なやつだな。
「でも、モンスター、ああ、君が魔物と呼ぶ連中がよく出る場所があれば、そこがいいかな」
「……そのような場所で、何をなさると言うのですか?」
「決まってるじゃないか。魔物の調査、だって君、魔物を討伐するんでしょ?なら、魔物がどういうものなのか、ちゃんと調査しないと」
えっ?あ、なんだ、魔物の調査のことか。紛らわしいやつだ。そういえば、そんな話をしてたな。こやつ、案外ちゃんと覚えてくれているものなんだな。
……そうだ。そういえば私、この男と交わした約束を、すっかり忘れていた。エスコバル卿の前で、私が魔物を討伐するのだと、宣言することを。
「エスコバル様にも、魔物の討伐についてぜひにとお願いされているから、そのためにもその魔物というものをきちんと調べた方がいいんじゃないかと思ったんだ。で、魔物の出そうなところを聞きたくてね」
「さようですか。そういうことなら、私のいた草地ではなく、森の方が良いですよ」
「森?木が茂ってるところの方がいいの?」
「ゴブリンどもが隠れやすく、なおかつ龍族にとっても餌場なのか、森の方が魔物が多く住み着いているのですよ」
「ふむ、なるほど、それはいいことを聞いた」
魔物についての経験を、嬉しそうに聞くこの魔族の心情を、私は理解できそうにない。魔物など、できることなら見たくはない。
あれは、人を殲滅するために生み出されたものだ。人を見ると、見境なく攻撃してくる。何ゆえ神は、あのようなものを生み出したのか?
魔導教会では魔物の存在を、我ら人族への試練を与えるためと説いているが、その試練の先にあるものが、まるで見えない。倒したところで、得られるものはなし。さりとて倒さねば、我々は絶滅するだけのこと。負の影響しかない。それのどこが、試練だというのか?
そして、その翌日。
「エリゼさーん、もう朝ですよー!起きてくださーい!」
ガンガン扉を叩くディーノの無神経な目覚ましにより、私は起きる。あのテレビとかいうやつを付けると、確かに日が昇っているのが分かる。
扉を開けると、満面の笑みで立つディーノがいる。
「おはよう!それじゃあ、出かけるよ!」
「出かけるって……どこへですか?」
「決まってるじゃないか、魔物の調査だよ」
魔物に会いに行くことを、これほど喜ばしく感じているやつは会ったことがない。何がそんなに嬉しいんだ。
「と、言うことで、まずはその小さな胸を隠して、服を着たら朝食を食べて……ふぎゅ!」
なんか急に腹が立って、こいつの顔面に杖を押し付けたくなった。そして扉を閉じて、私は服を着る。
朝食は、ベーコンエッグを頂く。これがなかなか美味い。こんな素朴な食材で、なぜここまで美味しく出来るのか?よく見れば、このベーコンエッグには、高価な香辛料がふんだんに使われている。王国貴族ですら、香辛料を口にできない者が多いというのに……いちいち贅沢なやつらだ、魔族め。
そして私は再び、あのギガンテスに乗り込み、魔物の巣窟へと向かうこととなった。




