#17 報告
「ふうん、星の世界から来たのねぇ。にしちゃあ、私達とあんまり変わらないわねぇ〜」
「はっ、遺伝子的には同じですので」
「よく分かんないけどさ、そうなのぉ?」
エスコパル卿は、ディーノの話に聞き入る。ディーノも、あの動く絵画の描かれる額縁の小さいのを持ち込み、それを見せつつ彼らのことを説き続ける。
「でもなんとなく、あなた方のことが分かってきたわぁ。そうなのねぇ、星の世界じゃ、そんなことになってたなんてねぇ〜」
「はい、すでに連合と連盟は270年以上も戦い続けており、その勢力拡大の過程で、双方合わせて千以上もの地球を見つけてきたのです。我々とて、その事実をつい40年ほど前に知り、今、こうして他の星に伝えるまでになったのです」
この荒唐無稽で難解な話を、エスコパル卿はどこまで理解されていらっしゃるのか。正直、気になるところではある。このお方はあの話しぶりに反して、相手の話口調や辻褄から、その真贋を見極めることができる。生半可な嘘や言い訳など、エスコパル卿の前では通用しない。
「んで、エリゼちゃんはその空中に浮かぶ船に乗っていたのよねぇ?」
「はい、この三日ほど、そこで過ごしておりました」
「そうなの。そこでその、左足の怪我を治してたのねぇ」
怪我のことはまだ、話してはいない。が、やはりこの白い貼り薬に、何かを察したようだ。油断ならないな、このお方は。
「で、あなたの仰るその交渉官とかいう人の受け入れ、認めましょう」
「えっ!?本当ですか!」
「どのみち、あなた方との接触、折衝は避けられそうにないみたいだから、さっさと受け入れるわ。それに……」
「はい、あの……何か?」
ジーッと、ディーノの顔を穴が開くほど見つめるエスコパル卿は、こう囁く。
「私、あなたのこと、気に入っちゃった。これからも、遊びにきてね」
「は、はぁ、承知……しました」
最後のあの苦笑いは、私ですらも、承知していないことが分かる。きっと、エスコパル卿には読まれているだろう。
「と、いうわけで、あなたとのお話はおしまい。セバスティアン!」
「はっ、なんでございましょう、御館様」
「ちょっと、魔導師同士、エリゼちゃんと話がしたいの。こちらのピエラントーニさんを少しの間、応接室でもてなしてあげて」
「承知いたしました、御館様」
執事長にそう告げると、ディーノは執事長と共に部屋を出る。
「それでは、ピエラントーニ中尉、これにて失礼いたします!」
「はぁい、ご苦労様ぁ」
にこやかに手を振るエスコパル卿に、あの右手を額に当てる独特の儀礼で応えるディーノ。
そして部屋には、私とエスコパル卿の二人だけとなる。
「あの、エスコパル様」
「なあに?」
「あの魔族の話、どう思われますか?」
「うーん、そうねぇ、とても嘘をついている感じはないわねぇ。あのピエラントーニという男、過度に自分を出すようなことはしなかったし、突拍子もない話ばかりしている割に、話の中に矛盾は見当たらなかったし」
「そ、それではあの魔族を、信用なさるので?」
「そうね。一緒に過ごしていたあなたの様子を見ても、信用に値するかなぁと思うわぁ」
「は、はぁ、私の様子、ですかぁ」
「だってあなた、あの方達の船に、三日もいたんでしょう?」
「ええ、まあ……」
話が進むに連れて、なにやらエスコパル卿の眼光に鋭さが増す。それをひしひしと感じているので、徐々に私は、追い込まれていく感触を覚える。
「……今はどちらかと言うと、あの魔族よりも、あなたの方が信じられないわねぇ」
「あの、それはどういう……」
「あなた、私に何か、話していないこと、あるでしょう?」
うう、やっぱり私のことを聞かれるのか。このお方の前では、誤魔化しは効かない。
「国王陛下の命を受け、あの勇者と行動を共にしているはずのあなたが、なぜかあの魔族と共にいる。おまけに、その左足の治療跡と背中のその大きな飾り。尋常ならざる何かが、あなたに起きていたことは、明らかでしょう?」
「お、仰る通りでございます、エスコパル様……」
「で、何があったの?正直に言いなさい」
私としてはあまり、あの出来事を語るのは気が乗らない。また、感情が噴出してしまいそうだ。しかし、あの船の中で散々泣き喚いたせいか、ここでは意外にも穏やかにあの時の話を語ることができた。
「……追放を宣告された私は草地に出て、そこで翼竜と遭遇して戦っていたところを、あのディーノという男が操るギガンテスに助けられたのです。そして船の中でしばらく、過ごしていたのでございます」
「ふうん……そうだったの……」
あの陽気なエスコパル卿の顔が、みるみる曇っていくのが分かる。このお方が、このような表情を見せるなど滅多にないことだ。
そしてエスコパル卿は突然、バンッと机を叩かれる。
「ヒィッ!」
激しく響くその音に、思わず私は声を上げる。
「まったくもう!なんてことなのよ!」
「も、申し訳ございません!私が、不甲斐ないばかりに……」
「ああ、いや、エリゼちゃんに怒ってるんじゃないわよ。誤解しないでね」
「は、はぁ……」
あの険しい表情が、途端に直る。またいつものにこやかなお顔に戻られた、かと思いきや、エスコパル卿は少し曇り気味な表情で、語り始める。
「あなたの水魔導は、水属性の魔導としては、ほぼ最高の仕上がりよ。同時に多くの標的に当てられるその正確な水弾の操作は、まさに最上級の魔導に相応しいものだわ」
「恐れ入りいます」
「でもね、はっきり言うと、それ自体はあまり強い魔導ではないわ。ゴブリンすらも倒せない、貧弱な魔導。水魔導なんて、所詮は足止めが可能なだけの、弱い魔導なのよ」
「う……仰る通りです」
「ただし、単独ではね。ところが、あなたの魔導には、不思議な効果があるのよ」
「えっ?不思議な、効果?」
「あれは、魔導師の測定試験を行った時のことよ。まずは、あなたの試験が行われ、あなたが多数の的に向けて、その水弾を命中させた」
「はい、その結果により、私は勇者パーティーへの参加を認められたと」
「そうね、それは嘘ではないけど、問題は、その後だったのよ」
「はぁ、その後でございますか」
「あの直後に、ライナルトが火の魔導を唱えたの」
最終魔導師試験では、魔導師にはどういう順序で試験が行われているかなど、分からない。その時、私は試験場であった王都郊外の荒野から馬車に乗せられて、すぐに王都へと戻っていった。
「ただ大きいだけの火の玉しか出せないはずの、あのライナルトの魔導にね、大きな変化が現れたのよ」
「大きな、変化?」
「突如、爆炎が起きたのよ」
あれ、それって、私が知るライナルト殿のあの魔導だ。しかし、その試験の時が初めて爆炎を放っただなんて、私には知るよしもない。
「本人は、自身の成長だと言って喜んでいたわ。でもあれは、明らかにあなたの水魔導によって引き起こされたものだったのよ」
「えっ!?あの、でもどうして……」
「さあ、その原理は全く見当もつかないわ。でもね、一番変化が大きかったのは、その後に魔導を放ったゾルバルトだったのよ」
「ええっ!?ゾルバルト様が!」
衝撃的な話が続く。今度は、ゾルバルト様の名前が出てきた。
「あの時の白銀魔導の威力たるや、それまでの比ではなかったわ。せいぜい、荒野の小高い土盛りを吹き飛ばせる程度のあの魔導が、突然、強烈な威力を放つようになって……その時立ち会った幾人かの魔導師が、亡くなったわ」
「ええーっ!そ、そんなことがあったなんて……」
「で、それから何度か、あなた方を呼び出して、魔導試行を繰り返したの。で、あなたが魔導を放った直後だけ、あの二人の魔導が強化されたのよ。何かあると感じた私は、あなたを勇者パーティーの一員に選んだの」
そんなことがあったなど、私はまったく知らない。もちろん、ゾルバルト様やライナルト殿も、あの口ぶりからは、そのことを知らなかったのだろうと思う。
「で、でも、そんな話、誰も知りませんでしたよ?」
「ええ、だって私、内緒にしてたから。だけどね、あのパーティーの中でたった一人、そのことを知っている人物がいたのよ」
「えっ!?誰なんですか!」
「賢者、ブルーノよ」
その名を聞いて、私は頭の中の血の巡りが一瞬、頭上に向けて流れ出すのを感じた。それは怒りからなのか、それとも真相を知ったことへの興奮からなのかは分からない。
「だから、なんで賢者があなたを追い出したのか、それが分からないのよ。役立たずだなんて、よく言えたものね。あの中で一番の役立たずは、紛れもなくあの賢者よ」
「えっ?ですがエスコパル様が、あの勇者パーティーに加わる者を選び出し、組織した、と」
「そうよ。でも、あの賢者だけは、横槍が入ったのよ。彼の実家のフェルステル公爵家が、どうしても自身の家名高揚のために、勇者パーティーに自家の者を参加させたい、と。で、あの三男坊の名が上がって、さらに宰相閣下にまで推挙されて……もう私には、断れなかったわ」
「は、はぁ……ですが、それほどの実力がおありだったのでは?」
「冗談じゃないわ。賢者と言っても、さほど知識があるわけでもなし、魔導は初級だし、おまけに自尊心が強いというか、平民出身の者を見下すところがあったのよ。だから私は、あなたの力の作用のことを伝えた上で、送り出したと言うのに……」
なんてことだ。本来ならば、賢者こそがあのパーティーに相応しくない人物であった。その人物に穀潰しだの役立たずだのと散々言われた私の立場は、なんだったのだろうか?
「まあ、起きたことは悔いても仕方がないわね。今ごろは勇者も火の魔導師も、異変に気づいて引き返し始めている頃かもしれないわ」
「は、はぁ……」
「ともかく、今さらあなたを勇者パーティーに戻すことは、する気もないし」
「はい……」
「その代わり、あなたに新たな任を与えます」
「はい、なんでしょうか、その新たな役目とは?」
「あの魔族……ええと、宇宙からやってきたっていう、あのピエラントーニって言う男の乗る船、あれに乗り込んで、彼らを探ってちょうだい」
「ええーっ!?ま、また魔族の船に、乗るんですかぁ!?」
「今までだって、乗ってたじゃない。あちらもあなたに警戒している様子はないみたいだし、そのまま乗っちゃってちょうだい」
「いえ、ですが……」
「これは、王国魔導師として、実に名誉ある仕事なのよ。王国の命運を左右するほどの任。今や、大陸中央部の魔物退治よりも大事な仕事と言えるかもしれない。そしてこれは、あなたにしか任せられないわ」
私にしか、できない。再び私は、エスコパル卿からそう、告げられる。
「……はい、承知いたしました。水魔導師エリゼ・バッケスホーフ、エスタード王国のため、陛下のため、この身を捧げることをお誓い申し上げます」
「うん、頑張ってねぇ~」
勇者パーティーを追い出され、使命を見失いかけていた私は、再び王国の命運を背負い、王都を離れることとなる。たとえそこが魔族の巣窟であるとしても、この命果てるまで、私は王国のため、働く所存だ。そう私は、誓いを新たにする。




