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#16 接触

「じゃあ、その杖の先についている魔石ってやつに向かって神経を集中させて詠唱を唱えると、あの水の玉が湧いてくるんだ」

「そうですよ」

「ところでその魔石って、どうやって手に入れるんだい?」

「魔物を倒すと、稀に手に入るんですよ」

「へぇ、魔物を倒すと入手できるんだ。どう見ても、ルビーにしか見えないけどなぁ」


 なんかこやつ、急に馴れ馴れしくなっていないか?もっとも、私を平民出身と馬鹿にするあの勇者様らとは違い、むしろ私を持ち上げようとしている。

 そういえば、クレーリアが教えてくれた。こういう態度の男は、下心剥き出しなのだと。心を許せば、まるで野獣のように襲いかかってくるから注意せよ、と言っていた。


「あ、もうあんな近くなんだ。あの橋を越えたら、城壁だね」


 その野獣になりかかった魔族が、前を指差す。小さな橋の向こうには、王都の外周をぐるりと囲む城壁の一辺が見えている。

 橋を越えて、城壁にたどり着く。すると城壁の下の小さな入り口で、私とディーノは止められる。


「上級魔導師様とお見受けいたします。横にいらっしゃるのは、どなたですか?」


 門番が私に尋ねる。私のことは、この服で王国の魔導師、それも上級魔導師であることは分かってくれた。が、横にいるこの男はさすがに分かるまい。


「直ちに、エスコパル様に使いを出して下さい。この者は、天空より参られた魔族の使者。その使者が、エスコパル様に御目通り願いたいとの用件で、ここにお連れしました」

「えっ!魔族!?はっ、直ちに!」


 こういうことは、包み隠さず申し上げる方が良い。これを聞いて、エスコパル様はどうなされるか……多分、私の予想通りであろうと思われる。


「ここはほんと、のどかで、良いところだね」


 ついさっきまで、ゴブリンと戦っていただろう。どこがのどかだ。まさか王都のそばに、あれほどのゴブリンの群れが潜んでいたとは……これも、報告せねばなるまい。

 それから半刻ほど待つと、使いの者が現れる。私の前で礼をすると、その使いがこう告げる。


「エスコパル公爵様が、その魔族の使者と、お会いになるとのことです!」


 やはり、そうきたか。私は門番に言う。


「それでは、魔族の使者をお連れいたします。お通し願えますか?」

「はっ!」


 私はディーノを連れて、門扉の中を進む。そのディーノは門番に向かって、額に手を斜めに当てる、奇妙な礼を返している。そのまま奥へと進むと、馬車が待っていた。私とディーノはその馬車に乗り込む。


「それではディーノ殿。これよりお会いするエスコパル様について、少しお話しいたしましょう」

「うん、ぜひ」


 さっき、ゴブリンに襲われた際に、私を抱き寄せたあたりからだろうか。この馴れ馴れしさは。何か、勘違いしているんじゃないのか、この男は。ともかく私は続ける。


「エスコパル公爵様は、我が王国の宰相閣下を陰より支えるお方で、王国魔導師の養成から選別に関わり、その手腕を奮っておられるお方です。ご自身も中級の水魔導師であられ、かつて戦場にてその力を発揮されておられたのですよ」

「へぇ、魔導師には、中級ってのがあるんだ。エリザさんの魔導くらいになると、やっぱり上級レベルなの?」

「はい、私は上級であり、それもこの紫筋の入った魔導着を着られる、最上位の魔導師です」

「そうなんだ。だからあれだけ凄まじい魔法を放つことができるんだね」


 やはり馬鹿にされている。先ほどの闘いを見るに、こやつほどの実力なら、私以上の上級魔導師は確定だ。何ゆえ、私の魔導などあざとく誉めるのか?見え見えの下心に、私はつい身構える。

 そんな魔族の男と共に、王都の中を巡る。そういえばここにきたのも、かれこれ三か月ぶりだろうか。大陸の中央へと向かい、それからずっと連戦の日々が続いている。

 赤レンガの建物は、商人たちの街のものだ。王国中から一攫千金を狙い、大勢の商人がここにきて、ここで店を広げる。建物の下はたいていが店となっており、様々な道具や食材、服飾品が売られている。

 が、たいていは失敗し、その裏の平民街へと落ちる。そこでさらに職を失えば、北の城壁沿いにある貧民街へと身を堕とすこととなる。

 私の両親も、遠く東の地よりやってきて、この商人街で一攫千金を夢見て商売を始めるも失敗。職人に転じて、細々と生計を立てる。が、私が魔導師養成所へ入った直後、魔物に襲われて亡くなってしまう。


「ねえ、あの広場は、なんていうの?」


 気づけば、円形の中央広場に差し掛かっていた。大勢の人々が集い、多くの屋台が軒を連ねる。


「あれは、中央広場です。王宮の前に広がる、常に大勢の人々が集まる場所なのです」

「ふうん、そうか」


 なにか、返しが軽いな。さっきまでの、下心むき出しのあの持ち上げっぷりはどこへ行った?が、ディーノはふと、こんなことを漏らす。


「僕の故郷に、そっくりだなぁと思ってね。ちょっと、懐かしくなったよ」

「故郷?ディーノ殿の故郷に、このような広場があるのですか?」

「まさに同じような円形でね。休日ともなれば、自動販売車が並んでスイーツやドリンクを売り始めて、そこで同僚らと語ったものだよ」

「へ、へぇ……そうなのですか」


 なにやらこの広場に、親近感を寄せている。さっきまでは私の魔導が素晴らしいだのと持ち上げていたかと思えば、故郷に想いを寄せている。忙しい魔族だ。


「……そこで~白銀の~魔導勇者ゾルバルト様はぁ~迫りくる~魔物を~」


 リュートを弾きながら語る吟遊詩人の歌声が、この馬車まで届く。広場の一角に10人ほどを集め、おそらくは勇者の武勇伝を語っている。様々な語り歌があるようだが、中でも勇者武勇伝は人気も高い。

 もっとも、そこに私の名は出てこない。魔物も倒せぬ魔導師の名など、歌に乗せてもつまらないからだ。

 等しく命を懸けていても、語りの都合で省かれる存在。私のことを知る者など、この王都でもそうはおるまい。だが私は別に、それで構わないと思っている。

 いや、思っていた、というのが正しいな。勇者パーティーを追い出された、今となっては。

 そんなことを考えている間に、馬車は中央広場を超えて貴族街に達し、その中の一角、大きなお屋敷の前で馬車は停まる。

 御者が降りて、扉を開く。私が降り、その後をディーノがついてくる。


「お待ちしておりました、エリゼ殿」


 門の前に立っていたのは、エスコパル家の執事長だ。私は深々と頭を下げ、執事長に挨拶をする。で、あの男は……ああ、やっぱり例の、独自の礼儀作法をやっている。


「御館様が、お待ちでございます。さ、こちらへ」


 執事長の案内で、私とディーノは門をくぐる。広い中庭を過ぎ、屋敷の前に立つ。


「待ってたわよぉ!エリゼちゃ〜ん!」


 この独特の話し口調、その言葉の持つ熱量というか、やや熱過ぎる息使いを感じさせるこの人物。このお方こそ、エスコパル卿だ。

 王国魔導師の頂点に立たれるお方でもあり、そして、私を勇者パーティーへの参加を決めたお方でもある、宰相閣下の右腕と評される王国屈指の貴族家の当主。

 が、正直言えば私は、このお方があまり得意ではない。


「ん~っ、なんだか肌がふっくらしてきたじゃなーい?それに、何この腰につけた、春先のバーベラの花のような綺麗な帯は!?」

「あ、ええと、これはですね……」

「まあいいわぁ、でも、可愛らしいわよ、それ。その辺の話は、またじっくり聞かせて頂戴ねぇ!」


 ねっちょりとした腕と腹の間に、私は抱き寄せられる。ちなみにこの方は、れっきとした男である。


「んで、そちらのお方が、例の魔族の使者ってわけねぇ?」

「ふぁ、ふぁい!しゃようでごじゃいましゅ!」


 このお方は、眼光が鋭い。その人物の奥に潜む心根を読み取る力、とでもいうか、そういうものが長けていらっしゃる。水の魔導よりもむしろ、その眼力で、このお方は魔導師の頂点に立たれている。


「はっ、小官は地球(アース)811、遠征艦隊、第30小隊所属の駆逐艦9810号艦の人型重機パイロットの、ディーノ・ピエラントーニ中尉でありま……むぎゅう!」

「あーら、ご挨拶がなんと凛々しいのかしらぁ!魔族だっていうから、もっと恐ろしい形相かと思いきや、なんて凛々しくて可愛らしいお顔だこと!」

「ひゃ、ひゃい、きょうしゅきゅでごじゃいましゅ……」


 エスコパル卿は、ディーノを抱きしめにかかられた。そんなにあの魔族が気に入ったのか?だが、今はディーノの心情に心から同情する。


「さあて、それじゃあお二人とも、こっちにいらっしゃぁい!」


 明るく誘われるエスコパル卿。だが、あのお方の眼光は、決して曇ってなどいない。

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