#15 闘い
「高度2万、速力700!目標まであと、130キロ!」
ゆっくりと、地上の風景が動く。下を眺めると、グアテーニョ川と思われる大きな川が見えてくる。私のいた草原からあの川までは、5日はかかった記憶だ。その川をあっという間に通り過ぎる。
なんて速いんだろうか。やはり並の魔導ではない。途方もない力だ。しかし、相変わらずディーノは、ぼんやりと外を眺めている。
「見えてきました。あれですか?」
と、ディーノが突然、遠くを指差す。雲の隙間から見えてきたのは、大きな街並み。その中央に、円形の広場が見える。周りには、赤い屋根と白い壁の建物がずらりと建ち並び、その奥には真四角の壁に囲まれた、真っ白な横長の建物。間違いなくあれは、エスタード王国の王宮。つまりあそこは、紛れもなく王都だ。
「ええ、あれは王都です。間違いありません」
王都、クローマ・アルヘシラーニャ・デ・アルドス・エルナーマス・グラマネート。この長ったらしい名前の都市こそは、我がエスタード王国の中心である、誇り高き街である。で、国を大きく発展させた王の名を連ね続けた結果、このように長くなってしまった。この街の名を、さらりと言える者はほとんどいない。
ところが、すでにこの大陸の王国といえば、我がエスタード王国だけであるため、王都と言えばエスタード王国の王都のことのみを指しており、それゆえにこの地はもはや「王都」としか呼ばれない。
「それじゃあ、着陸場所を探しましょうか。人目につかず、なるべくあの王都の近くがいいなぁ……」
ぶつぶつと呟きながら、地上を眺めるディーノ。そして、ある場所を御者に指差す。
「大尉殿、あの木々の中に、草地が見えます。あそこに降りられますか?」
「こっちも確認した。大丈夫だ。では、降りるぞ」
この哨戒機とやらを操る御者と会話して、降り立つ場所を定めたようだ。あっという間にその森に迫ると、その草地の真上で止まる。
「地上付近に、猛獣などの姿なし。これより、着陸する」
御者がそう声を掛けると、ゆっくりと草地に向けて降りていく。そして、地上に辿り着いた。
「行きますよ、エリゼさん!」
「あ、はい!」
哨戒機の扉が、ガバッと開く。ディーノがまず駆け降りる。辺りを見渡し、私を手招きする。
そして、私も降りる。短い草が、哨戒機の噴き出す風によって波打っている。私が降りたのを見届けると、ディーノは哨戒機の扉に手を掛ける。
「ベルガミーノ大尉、ありがとうございます!」
「おう、中尉、無事で!」
そしてバタンとその扉を閉じると、哨戒機は再び上昇する。そして、そのまま勢いよく飛んでいった。
「もう少し、街に近づけると良かったんですけどね。さすがにまだ、人目につくのは不味いでしょう」
私にそう声を掛けるディーノ。こやつの言う通りだろう。あんなものが、王都の真上に現れようものなら、大騒ぎになる。随分と気遣いのある魔族だな。
にしても、もはや私とこの魔族しかいないのだから、ここらで豹変してもおかしくないのに、なぜかこの魔族はまだ、紳士な態度を崩そうとしないな。どこで本性を現わすつもりか。
「いえ、少し、歩きたいと思ってましたので」
私はそう、応えるにとどめる。まだ少し、左足は痛むものの、随分と痛みは引いた。杖に頼らずとも、歩くことはできるまでにはなった。
しかし、なんという治癒力であろうか。あの柔らかな白い布はまだ剥がせないものの、その下の傷はおそらくかなり引いているはずだ。恐るべし治癒魔導である。
そして私は、ディーノと共に歩き出そうとした。その時である。
「……何か、いるな」
ディーノだけではない、私も気づいた。この草地の周りを囲む木々の中に、何かがいる。
そしてそれが、なんであるのかはすぐに分かる。
緑色の、幼児ほどの背丈の、頭部ばかりが大きな痩せこけた魔物。牙を持ち、ぎょろっとした眼で、こちらを睨む。
ゴブリンだ。それも、1匹や2匹ではない。
ぐるりと、草地の周りを囲んでいるようだ。ゾロゾロと姿を現すその魔物は、群れで行動を得意とする。1匹見たら、30匹はいると思え。ゴブリンとは、そういう魔物だ。
だが、こんな王都のすぐそばに、これほどのゴブリンの群れがいたなんて……私は咄嗟に杖を突き出し、詠唱を唱える。
「……水の神、ネプトゥヌスよ。我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」
水弾が、杖の先で大きくなる。いつもよりも、大きな水弾ができる。このところ良い食事、良い睡眠をしているおかげだろう。その水弾が炸裂し、周囲のゴブリンに向かって飛翔する。
バシバシと音を立てて、ゴブリンらに命中する。2、30はいるであろうゴブリンの群れの多くが、その勢いで倒れる。
が、私の水弾では、ゴブリンは倒せない。せいぜい足止めできる程度だ。剣士でもいれば、倒れたゴブリンにとどめをさせるというのに……
「いやあ、本当に魔法少女だったんだね!すげえよ、エリゼさん!」
と言いながら、ディーノは懐から何かを取り出す。てっきり、剣を出すのかと思いきや、取り出したのはまるで、槌のような小さな武具。
まさか、それで一匹一匹、殴り倒すというのではあるまいな。不安になってきた。だが次の瞬間、私はその武具が何なのかを知る。
バンッと乾いた音を立てて、青い光の筋を放つ。倒れて動けないゴブリンの首の辺りに当たると、その細い身体と大きすぎる頭とが分断され、吹き飛ぶのが見える。
えっ?それ、魔導具だったの?しかも、何と鋭く、力強い。すかさず他のゴブリンに向かって、いく筋もの光の魔導を無詠唱で放つディーノ。
ババババッとけたたましい音を立てて放たれる光の魔導。次々に倒れる、ゴブリンども。だが、あるところで急に光の魔導が途切れる。
その槌のような魔導具の下から、何かが落ちる。そして懐から親指ほどの黒い何かを取り出すと、それをあの魔導具の下に差し込む。
が、その隙を、ゴブリンどもは逃さない。3匹のゴブリンが、飛びかかってきた。
私は、杖を突き出す。が、杖を持った私の身体ごと、ディーノは引き寄せる。
「失礼!」
もう目の前には、あのおぞましい小鬼の魔物の姿が迫っている。ディーノはあの魔導具を構えず、ただ私を抱き寄せる。このままでは、取り付かれる。
と思った瞬間、襲ってきた3匹のゴブリンから小さな爆炎のようなものが上がる。黒焦げと化したゴブリンが、ボトッと音を立てて地面に落ちる。
何が、起きたのか?ゴブリンが勝手に焼けたぞ?
あっけに取られる私をよそに、あの魔導具を再び構えるディーノ。その先には、すでに5匹にまで減ったゴブリンがいる。
圧倒的な魔導の前に、なすすべもなく逃げ出すゴブリンだが、ディーノはその背後から容赦無く光魔導を撃つ。そして、草地には静けさが戻った。
「ああ、最初から携帯バリアシステムを使っていれば、楽だったかなぁ」
何やら不可解な言葉を呟きつつも、余裕な態度で辺りを見回すディーノ。もはや、襲ってくるゴブリンはいない。
「にしてもエリゼさん、あの水の魔法、カッコ良すぎるよ!その杖の先から出るんだよね!しかもあの呪文!痺れる、憧れる!」
この魔族の男め、散々、私よりも強大な魔導を見せつけておきながら、私の水の魔導を褒め称えてくる。なんだ、馬鹿にしているのか?私は不機嫌な態度で、応える。
「さあ、さっさと王都に参りますよ!」
「はい、参りましょう!で、魔法のことなんだけど……」
無邪気にも私の魔導を見て感動しているようだが、下手な王国魔導師よりも、お前のあの光魔導の方が強いじゃないか。それを目の前で見せつけておいて、なぜ私の魔導など見て喜ぶ?
終始、不機嫌なまま、私はこの魔族の男と共に、森を抜ける。目の前には、王都の城壁が見えていた。




