#14 出発
「はぁ……はぁ……」
剣士の息が荒い。疲労が増している証拠だ。迫るゴブリンを、ほぼコンラーディン一人が相手にしている。
私も加勢するが、とどめの一撃を放つために、私は力を温存する必要がある。だが、以前と比べて余裕がない。本来なら、私など出しゃばらなくても、ゴブリンなど寄せ付けなかったものを。
「ライナルト!」
「ちっ!もう出番かよ!」
火の魔導師が、杖を立ててゴブリンどもの群れにその先を向ける。そして、詠唱を唱える。
「炎の神、プロメーテウスよ!火の精霊を束ね、我らに仇なす巨悪を撃滅せよ!」
炎の玉が、ゴブリンどもを照らす。そしてそれはやつらの群れの中心に放たれる。
が、爆裂しない。このところ毎回、爆炎が不発に終わっている。群れの大部分のゴブリンが焼けて灰となるが、たかがゴブリン相手に苦戦するなど、以前では考えられない。
なぜ、爆炎が発動しないのか?
「ぎゃあーっ!」
その火の魔導師が叫ぶ。1匹のゴブリンが、ライナルトの右腕にしがみついている。それを必死に振り払おうとするも、さらに2匹のゴブリンどもが襲い掛かろうとしている。
「くそっ!この程度の魔物相手に、何やってるんだ!」
と、そこに剣士が駆けつけて、あっという間に斬りつける。真っ二つになりながら宙を舞う、三体のゴブリン。
「おい、大丈夫か!?」
「いや……あまり、よくはないな……」
ライナルトは魔導服を引き裂かれ、その下の右腕からも血を流している。さっきのゴブリンにやられたようだ。それを見た剣士が、賢者ブルーノに向かって叫ぶ。
「おい、役立たず賢者!ぼーっと見てねえで、ゴブリンくらい追い払って見せろ!」
「私の役目は、戦場を見渡し、指示を出すことだ!闘うのはそなたらであろう!」
「だったら、ちゃんと見渡してみやがれ!ライナルトがやられたじゃないか!」
「剣士殿が、私の指示通りに動かないからであろう!」
「なんだと……?」
まだ戦闘の最中に、仲間割れが始まってしまった。だが、魔物はそんな事情など、考慮してはくれない。
言い争う両者に、ゴブリンどもが襲いかかる。コンラーディンは難なく斬り捨てるが、賢者はそれを払いきれない。
「うわっ!」
あっという間に、3匹のゴブリンに掴まれる。内、1匹は、賢者ブルーノの首を締め始める。
危うし、ブルーノ。だがそのゴブリンを、剣士が短刀で斬りつけて、引き剥がす。
一命を取り留めた賢者に向かって、その剣士はこう呟く。
「水の魔導師を追い出したのは、間違いだったんじゃねえのか?」
この剣士の一言に、何か言いたげな賢者だが、反論できない。する余裕がないと言った方が正しい。そう、まだ闘いは終わってはいない。そこに、翼竜の群れが現れる。
私は、決する。
「全員伏せろ!白銀爆炎を放つ!」
本来なら、賢者が出すべき指示を、私が出す羽目になった。私は大剣を天に掲げ、そして集中する。
大地には、ゴブリンの群れ。空には、翼竜の集団。私は、その両者の間に剣を向けた。
そして、白銀の光の魔導を放つ。
猛烈な風と光が、魔物どもを襲う。空を舞っていた翼竜の羽が焼き消されていき、その胴体も光の中に溶けていく。地上のゴブリンにも白銀の光が容赦無く覆い尽くし、地面を浄化していく。
木々はなびき、大地より根こそぎもぎ取られていくのが見える。草木を失った大地からは粉塵が舞い、やがて光が消えていく。
辺りには、魔物はいない。消滅したようだ。いや、よく見れば、完全には消えていない。
2匹のゴブリンが、慌てて森の中へと消えていくのが見える。そして空には翼竜が1匹、引き返していく。
視界の中に木々が残り、魔物が逃げ帰る姿を見るなど、以前はまったく見ることなどなかった。明らかに我が力が、落ちている。理由は分からない。もしや、魔族らの呪いか何かが作用しているのだろうか?
立ち上がる仲間を見る。火の魔導師と賢者が、それぞれ腕と首筋に血を流している。コンラーディンは、ライナルトの腕の傷に水をかけ、布を巻きつけようとしている。賢者ブルーノは、自身でその傷をぬぐっている。
その姿を見て、私は仲間にこう言った。
「一時、撤退だ」
そう決断せざるを得ない。賢者ブルーノも、私に反論しようとしない。つまり、私の判断を受け入れたということだ。
◇◇◇
「あの、これはなんですか?」
目の前には、白くて平らな形の、形容のしようが無い奇妙なものが置かれている。
一見すると小屋のようにも思えたが、脇と後ろに、翼竜の羽を千切って取り付けたような物が付いている。
「ああ、これは哨戒機っていう乗り物ですよ」
「しょうかいき?」
「人の輸送や、周囲の哨戒任務に使われる航空機です。これでまず、王都近郊に降り立ち、そこから王都に入るんですよ」
ああ、やっぱりこれ、飛ぶんだ。羽を持たないギガンテスですら空を舞うのに、翼竜のような羽を持っていながら飛ばないなんて、あり得ないよね。
で、今からこれに乗って、王都へと向かうという。
「全員、乗機しました!」
「了解、これより出発します。トルティーヤより艦橋!発進準備完了、発艦許可を!」
『艦橋よりトルティーヤ!発艦許可、了承!格納庫の減圧を開始する!』
離れた場所との会話を行う魔導で、やり取りをする男魔族。一方で、ディーノは私の横に座り、その様子をただ眺めている。
で、しばらくこの魔導の塊を動かす御者のような人物は、じーっと窓の外を眺めている。何を眺めているのか分からないが、何かを待っているようだ。
と、突然、天井が開く。ゆっくりと開く大きな扉の隙間からは、徐々に青い空が見えてくる。
扉が開き終えると、今度は脇にある大きな化け物の腕が伸びてきた。と、この哨戒機を掴むと、いきなりその空に向けてこの哨戒機を持ち上げる。
とんでもなくおっかない光景だというのに、ディーノも御者も、まるで動じる様子がない。あれよあれよという間に、私の乗った哨戒機は、空の中に突き出される。
ひえええぇ、高い……窓の向こうには、遠く離れた大地が見える。遥か下に、這うように流れる雲があり、ここが途方もなく高い場所だということが分かる。
その高い場所にある哨戒機から、あの巨人の手が離れる。
放り投げられた。私は焦る。が、他の二人は、まるで動じる気配もない。
「トルティーヤ、発艦!これより王都に向かいます!」
ヒィーンという甲高い音と共に、勢いよくあの灰色の城のような船から離れていく。




