#13 提案
「中尉殿!エリゼちゃんが宣言って……たった一人で、魔物と戦えって言うんですか!?」
「いや、違うよ。僕らが後ろ盾になるんだ」
「後ろ盾って……」
「僕が乗る人型重機なら、魔物などに負けるはずがない。現に、僕はすでに一匹の魔物を倒している」
「しかし中尉、魔物というのは、この大陸の中央部を占拠するほどたくさんいるのだと、エリゼちゃんは言ってましたよ?それほど多くの魔物を、どうやって倒すんですか!」
「まさか、僕一人で倒すわけがないだろう。それこそ、人型重機だって、あるいは哨戒機や複座機といった航空機、その気になれば駆逐艦だって駆り出せる我々がいれば、負けるわけがない」
「そうでしょうけど、そんなに大規模な軍事行動を、簡単に起こせるわけがないじゃないですか!」
「そうさ。だからこそ、早期の『同盟締結』が必要なんだ」
ディーノの提案が、続く。どうやら彼ら魔族も、その魔族の操る魔物も、想像以上にたくさんいるらしい。彼らが全力を出せば、魔物を倒せると彼は自信満々だ。って、ちょっと待って、魔物を操る魔族が、魔物を倒すの?
「ところで、その魔物をどうやって倒せば良いか、エリゼさん達はどう考えてるの?」
「えっ?あ、はい。我らエスタード王国の、王都魔導協議会によれば、魔物を統率し、我々を脅かすべく潜む魔族と呼ばれる種族が必ずいると、そう結論づけております」
「ああ、それで『魔族』というのが登場するわけね。で、その魔族というのは、どこに?」
「我々は未だ、その魔族には出会えておりません。魔物を盾に、一向に姿を見せないのです」
「ふうん……てことは、魔族なんていないんじゃないの?」
「そんなことはありません!魔物の動きには、統率があります!ゴブリンのような弱い魔物らは群れで行動し、その弱い魔物に、必ず火龍や翼竜が随行しているのです!やつらの低い知能では、到底そのような統率など取れるはずがありません!」
「ああ、そうなんだ。だから魔族がいると」
あれ?なんか変な流れだな。魔族なら、ここにいるじゃないか。どうしてこやつらは、魔物のことを倒すなどと言い張るんだ?
だが、さっきから話をする限り、魔物のことを本気で知らないようだ。魔族のくせに、魔物を知らない?ということはこやつら、魔族ではないのか?
いやいや、無駄遣いなほどの魔導の仕掛けをふんだんに使用するやつらも、やはり魔族であろう。大地の魔物を統制する魔族とは、異なる魔族。そういえばやつらは、まさにあの巨人の魔物、ギガンテスを操っていた。
つまり私は、魔族を倒すために、魔族を利用しようというのか。魔族を以て、魔族を征す。
しかし、そんなことして大丈夫なのか?こっちの魔族が大地の魔族を征圧した途端、手のひらを返して我が王国に攻め入ってくるのではないか?それとも、魔物征圧の見返りに、王国中枢を乗っ取るつもりではないか?
およそ外的勢力を取り込んで、成り立った国はない。まさに我がエスタード王国が、それを実践した国だからだ。
かつてこの大陸は、無数の王国が乱立し、戦さの絶えない大地だった。
その中でも弱小であったエスタード王国は、国を守るためにまず、隣国の国力を弱めるべく、謀略に乗り出す。それは、当時隣国にあったグラナダ王国とパダローナ王国とを、偽の書状で敵対関係に仕立て上げたのだ。
当然、エスタード王国に応援要請がくる。エスタード王国が味方に選んだのは、やや兵力が上のパダローナ王国。当然、グラナダ王国は滅びる。
が、手薄になったパダローナ王国の王都に、エスタード王国は兵を動かす。王族を皆殺しにし、エスタード王国はかくして二つの王国の民と領土を手に入れた。
同様の謀略でその隣国を次々と落とし、そしてついに我がエスタード王国は、この大陸でほぼ随一の国家となる。
そこで人族は、ようやく魔物の住まう大陸中央部を取り戻す力を手に入れたのだ。
「ところでエリゼさん、先ほどの話を聞いて、新たな疑問が湧いたのですが」
などと考えていたら、ディーノが私に尋ねる。
「なんですか?」
「その、魔物制圧なんですけど、どうしてあなたの王国は軍隊ではなく、わずか五人の勇者パーティーのみを派遣したのですか?普通に考えれば、大軍を送り込むべきでしょう」
ディーノのやつ、また尤もなことを言い出す。私は応える。
「魔族の住む場所すら、我々は確認できておりません。そんなところで大軍など派遣すれば、兵糧が尽きて軍が崩壊しかねません。ゆえにまず、精鋭である勇者らを送り込み、その魔族の居場所、そしてその魔族を統べる魔王というべき存在を探り出す。それが、我らパーティーの役目でした」
「つまり、勇者パーティーとは、斥候だったと?」
「ですが、勇者は破壊的な魔導の持ち主、魔王の城を見つけたならば、それを丸ごと吹き飛ばせるほどの力を有しております。あわよくばこの勇者パーティーだけで、魔王を征すことも可能だと、王国では見ております」
「えっ?勇者って、城を吹き飛ばすほどの力を持っているっていうの?」
「はい。森の中でそれを用いれば、ほぼ視界に広がる範囲の木々を根こそぎ吹き飛ばすほどの力を持っております。しかもそれを、無詠唱で放つことができる存在。まさしく、勇者という名に相応しい存在です」
私の話を、唖然として聞く二人の魔族。それはそうだろう。まさか人族に、それほどの力の持ち主がいるとは思わなかったようだ。
「視界いっぱいの範囲を、吹き飛ばす?どういう原理でそんなことができるんだろうか?」
「さ、さあ……でも中尉殿、そもそも魔導とかいう存在が、妙ではありませんか?」
「そうだな。これは技術班の出番だろうな」
何かぶつぶつと話してはいるようだが、我々王国の魔導の持つ恐ろしさを聞いて、戸惑っているようだ。これでこの魔族らも、迂闊に我が王国に、手を出すことはできまい。
「エリゼさんとその国の情勢は、よく分かりました。ではまずその王都に出向き、そしてエスコパル卿にお会いして、我々との同盟交渉を始めたいと思います」
「はい」
「ところで、王都ってどこにあるんですか?」
ああ、そこから話さないとダメか。でも、空から見ればすぐに分かるんじゃないのか?この大陸一の王国の、中枢なのだぞ。こいつら、頼りになるのかならないのか、はっきりしないな。
で、驚くほど鮮やかで正確な地図を、あの大きな額縁の中に映し出す。そして私はその地図を辿り、王都の場所を教える。
しかし、本当によかったのだろうか?
いや、いずれは我が王国の場所など、彼らは知ることになる。ならば、早くにその存在を王国に知らせて、対処していただく方が良いに決まっている。半ば不安を感じながらも、私は彼らに王都の場所を示した。
そして、その翌日。私とディーノは、王都に向けて出発することとなった。




