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#1 追放

「コンラーディン! ゴブリンが三匹、そっちに行ったぞ!」


 賢者ブルーノ様が、剣士に向かって叫ぶ。


「やれやれ賢者め、人使いが荒いな……」


 文句を言いながらも、剣を握り、腰を屈めて構える剣士コンラーディン殿の前に、そのゴブリンが三匹、茂みより姿を現す。

 不意打ちをしたつもりだろうが、この剣士の瞬足に敵うものはいない。抜刀と同時に、剣士の姿が消える。

 瞬く間に、その三匹の間に立つ剣士だが、ゴブリンは動かない。と、私の足元に、ゴトッと鈍い音がする。私は、足元に目を移す。

 ついさっきまで、剣士を不意打ちしたゴブリンの一匹の顔が、そこにあった。おそらくこいつは、まだ頭と身体とが引き裂かれていることに気づいてはいまい。気づかぬまま、絶命している。


「エリゼ、何をしている! 魔物が出てくるぞ!」

「は、はい!」


 賢者ブルーノ様が、私を叱咤する。私は杖を構えて、その先を森の茂みに向ける。


「……水の神、ネプトゥヌスよ。我に水の妖精の力を授け、我らの道を妨げる真悪なる者を掃滅せよ!」


 茂みからは、わらわらとまるで麦畑に寄生するイナゴの群れのように、緑色の頭部を覗かせて、身構えるゴブリンらが見える。

 私の杖先に、青い光が宿る。それを見たゴブリンの一匹が、私に襲いかかってくる。そのゴブリンめがけて、水弾を放つ。

 拳ほどの水弾を食らって、倒れるゴブリン。それを見ていた他のゴブリンが、私の魔導が放たれたのを見て、隙ありとばかりに襲ってくる。

 7、8匹はいるだろうか?木に登り、上から被さるように襲いかかる奴らの動きを、私は見逃してはいない。

 狡猾な奴らだ。魔導を放ち、無力となった魔導師に飛び込むのは、奴らの常套手段だ。

 だから、私が放つ水弾は、一つではない。

 彼らの頭をめがけて、次々とその水弾が当たる。頭から落ちて、身体をピクピクと振るわせる、幾体ものゴブリンたち。

 それを、先ほどの凄腕剣士が、短剣で次々と突き刺していく。一通り突き刺した後、剣士は私にこう言い放つ。


「水の塊じゃあ、とどめは刺せねえからな」


 要するに、私は弱いと暗に告げている。だが、私の役目は、群れで襲う魔物の足を止めること。剣士の瞬足だけでは、群れで襲ってくる奴らの足は止められない。

 その後も、次々に現れるゴブリンどもをなぎ倒す。倒れた奴らを、剣士と賢者が短剣で刺して回る。

 水の魔導を使い続けると、辺りが湿気で満たされる。空気が、どんよりと重い。

 だが、この辺りの魔物というやつは、この程度では終わらない。

 ゴブリンなど問題にならないほど大型の魔物が、現れるからだ。

 そしてそれは、姿を現す。

 現れたのは、火龍(サラマンダー)だった。口から紅蓮の炎を吐く、背丈は人の4倍ほどの高さの龍。それが空から、舞い降りてきた。


「来たな!」


 それまで、魔力を温存していた火の魔導師であるライナルト殿が、私の傍から現れる。


「ここからは、本物の魔導ってやつを見せてやるぜ!」


 自信満々に語るその火の魔導師は、私を押しのけるように進み出ると、手に持った杖を前に突き出す。


「炎の神、プロメーテウスよ! 火の精霊を束ね、我らに仇なす巨悪を撃滅せよ!」


 本来、炎の魔導を使う火龍(サラマンダー)相手に、火の魔導は効果が薄い。

 が、ライナルト殿の魔導は、どういうわけか火龍(サラマンダー)相手にも効果が大きい。

 その杖先から、赤い炎の弾が輝く。そしてそれが、降り立った火龍の前で止まる。直後、猛烈な爆発が起こり、パッとあたりが明るく照らされる。

 凄まじい風が、私や賢者ブルーノ様、ライナルト殿、コンラーディン殿を襲う。鼓膜が吹き飛ぶのではないかと思うほどの空気の壁が、私の身体を通り抜ける。

 火龍(サラマンダー)を見れば、その身体が粉々に吹き飛んでいる。バラバラと、音を立てて、さっきまで龍だったものの塊が、目の前に落ちてくる。火の魔導というものは本来、その炎で焼き尽くす魔導だ。が、これほどまでの破壊的な力を持つものは、およそ目にしたことがない。ライナルト殿の魔導でしか、このような作用はない。

 が、そんな火龍(サラマンダー)が、1匹だけで襲ってくるはずがない。それを見計らったかのように、4、5匹の火龍が空から襲いかかってくる。口には、強烈な炎の球を蓄え始める。火龍(サラマンダー)が空から襲いかかってくる。

 私は、その炎に向けて、水弾を放つ。焼石に水ではあるが、わずかながらも時間を稼げる。

 その時間が、我々のパーティーの持つ最強の力を発揮させるに十分な隙を与えてくれる。そのわずかな隙に、賢者殿が叫ぶ。


「ゾルバルト殿!」


 そう、我々にはもう一人、切り札とも言える人物がいる。

 じっと大剣を掲げて、目を閉じて立つそのお方。王国より魔王討伐の命を受け、この地に赴いた、勇者と呼ばれるその人物が、カッと目を開く。

 勇者ゾルバルト様は、賢者殿の呼びかけに応じ、大剣を振りかざす。そして、まさにその力を顕現すべく、その剣先を火龍の群れに向ける。

 我々、魔導師は、自身の魔導を発動するのに、詠唱を必要とする。

 が、勇者には詠唱など不要だ。無詠唱で放たれるその力は、この大陸でもっとも強大な威力を発揮する。

 しかし、その力は、決して魔物にばかり向くものではない。


「全員、伏せろーっ!」


 賢者ブルーノ様が叫ぶ。そして勇者以外の4人は、慌ててその場に伏せ、頭を抱える。

 しかし、伏せた程度ではやはり防ぎ切れないほどの、強烈な光と熱が、我々を襲う。

 ドーンという、張り詰めた空気を揺さぶる衝撃と共に、壁のような風が、容赦無く我々に吹き付ける。

 その魔導は、白銀爆炎(ヴェルゲルタン・エクスプロージョン)と呼ばれる、最強の魔導術式。この世のもの全てを焼き尽くすことができる、破滅的な魔導だ。

 そんなものを放てるのは、あの勇者様以外にはいない。

 その強烈な白銀の光によって、まるで暖炉の炎に一瞬、包まれたような感触を覚える。油断して頭を上げようものなら、その熱で皮膚を溶かされてしまいかねない。実際、このパーティーでかつて一人、その熱波をもろに受け、帰らぬ人となった者がいる。

 不思議なことに、この風熱は、勇者様にはまるで効かない。目に見えぬ加護により、自身の破壊的魔導の影響を受けない。しかし、後方ならばまだ、この程度で済んでいる。

 力を放たれた側は、この程度では済まない。

 4、5匹はいた火龍(サラマンダー)は、まさにそれを食らっている。おそらくはもう、影も形も残ってはいまい。木の影に隠れて息を潜め、機会を窺っているゴブリン共も、その森の木もろとも、蒸化されていることだろう。

 やがて風熱はおさまり、静けさを取り戻す。恐る恐る、顔を上げる。ワイバーンの鱗皮でこしらえた、私の帽子はまだ熱い。

 目前は、別世界と化していた。

 木々はすでに形なく、そこにいたはずの魔物も、なんの痕跡すらも見当たらない。

 剥き出した大地が、3、400ヤルデ(=270から360メートル)は続くだろうか?そこにあったはずの鬱蒼と茂った森の木々は、跡形もなく消滅している。


「終わったな」


 そこで初めて、勇者ゾルバルト様が口を開く。幅の広い大剣を鞘に収めて、仲間の方を見る。


「いやはや、さすがですな」

「俺は魔導嫌いだが、こいつだけは別格だ。ほんと、すげえぜ」


 ライナルト殿とコンラーディン殿が、口々にゾルバルト様のこの破壊魔導に賛美の言葉を贈る。私も起き上がり、仲間の元へと集う。


「ますます、強大な魔物が現れるようになってきたな」

「ああ、しかも、その動きに統制感も出てきた。ということは……」

「そうだ、魔王が近い。そういうことだろう」


 魔王。魔物、魔族を統べる王。この魔物らも、その魔王が生み出し、魔族らによって操られているとされている。だが、我々はまだ、その魔王はおろか、魔族すらも出会ったことがない。


「ならば、魔族との直接対決も、ありうるということか」

「だろうな。我らの出現に、いつまでも魔物の影から安穏ともしておられまい。いずれ、撃って出てくる」


 戦いは、ますます厳しさを増す。いよいよ、魔王の住む大陸中央へと迫りつつあった。


「が、その前に、やらねばならないことがある。今度の戦いで、それがはっきりと分かった」


 と、勇者ゾルバルト様が、4人の仲間に向かって、このようなことを申される。私は尋ねる。


「あの、ゾルバルト様……その、やらねばならぬこととは一体……」


 そう尋ねる私を、ゾルバルト様は少し不快そうな面持ちで睨む。そして、こう言い放った。


「エリゼよ、やはり今日限りで、お前にはこのパーティーを抜けてもらう」


 突然私は、パーティーから出て行くよう、勇者ゾルバルト様から宣告されてしまう。

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[良い点] "これ以上一緒に旅をしてお前には怪我してほしくないんだ"という甘い展開ですなっ!( ;゜皿゜)ノシ イケメンな勇者なんて生地獄に墜ちればいいんだっ!
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