選んだ道Ⅰ
選んだ道
Ⅰ
寸道天女と鴉天狗のテンは、美濃方正義の人生を食い入るように覗き続けていた──。
高校を卒業した正義は直ぐさま家を出て働いていた。自分もそこに居たくなかったし、山姥親子もせいせいするだろうと思ったからだが、家を出るのを急いだのにはもう一つ理由があった。砂華野の娘が一緒に暮らすことになったのだ。幸い砂華野の娘は正義が出て行くのと入れ替わりだったので助かったが、正義はこれ以上奴らの家族が増えるなどごめんだった。
それからも暫く正義の人生を見ていた天女にテンが声をかけた。
「なぁ天女…おいら心配になってきたんだが、本当にこの美濃方のおっさんを天乃世に導けるのか?」
「う~ん…正直私も自身がなくなってきた…。天導使天女ちゃんピーンチ!」
「…ここら辺でちょいと美濃方のおっさんに声をかけてみるか?」
「ううん、それはもう少し先…。ちょっと試してみたいものがあるんだ…」
天女は背中に背負った例の皮筒の中から、矢尻が針のように鋭く尖った弓矢を取り出した。
「これこれ!」
「おっ!それは確か…」
「うん、その人の記憶の中にある別の人物の想い出が覗けちゃう特殊な弓矢…。名付けて──〝その人以外の想い出が覗ける弓矢!〟」
「そのままじゃないかぁ…」テンの反応を見て、天女はケラケラと笑っている──。
「これで美濃方のおじさんに関わりのある人たちの記憶を覗いてみたいの…。だけど、これはかなりの霊術を要するらしいわ。成功するかどうかは私の霊術次第…」
急に真面目な顔つきになった天女は、徐に矢尻を自分の口元に近づけて軽く息を吹きかけた。すると矢尻の先が徐々に赤くなり、やがて炎を纏ったのだった。天女は満足そうに微笑むと、矢を片手に中国拳法宛らの型を舞い始めた。
「お、おい天女──その舞はなんの儀式だ?」
「あっこれ?」天女は演舞を中断してテンに言った。
「ただ炎の矢を射るだけじゃ感じが出ないから、ちょっとパフォーマンス…てへっ!」テンはズッコケた──。
「さぁ、この矢を美濃方のおじさんに射抜くわよ。上手く別の人の記憶が覗けたらお慰みよ…」
──☆──☆──☆──☆──☆──
砂華野の実の娘──渋田教子がそれまで住んでいた家を逃げ出して、美濃方家で暮らすようになってから丸二年が過ぎていた。何が原因でそれまで暮らしてきた家を逃げ出して来たのかは分からなかったが、教子にとって美濃方家は快適な様子だった。
やはり血の繋がりとは凄いもので、山姥こと山葉も、そしてもちろんのこと母親の砂華野も教子をベタ可愛がりしていた。その教子がどんな環境で育ったかは知らないが、山葉にも砂華野にも似ていない娘だった。祖母や母親の言いつけには口答えすることなく従ったし、家族の誰にでも気配りができる家庭的な娘だった。山葉はそんな素直な子が実の孫だとあって、たいそうな可愛がりようだった。砂華野も出来の良い我が子に鼻高々で、〝さすが私の娘〟と事あるごとに自慢していた。
教子の様子がおかしいと最初に気づいたのは山葉の方だった。山葉は教子が最近塞ぎ込んでいるようだと砂華野に相談した。そう言われて注意して様子を窺っていると、確かに教子は一人で物思いに耽ることが多くなっていた。何か心配ごとでもあるのかと砂華野が何度か教子に尋ねてみたが、本人は別に何もないと言い張るだけだ。そう言い切られると、それ以上何も言い返せない砂華野は、誰か好きな男の子でも出来たのかも知れないと自分に納得させて、黙って引き下がるしかなかった。
教子が塞ぎ込んでいた原因が何であるのかが判明したのは、それから数ヶ月が過ぎてからのことだった。
「あんた…まさか…?」砂華野のその問いに教子は黙ってうつむいた。教子の沈黙で、砂華野は自分の考えていることが間違いではないことを悟った。
実は少し前にも一度、砂華野は教子に尋ねていた。
「あんた最近太った…?」
「…うん、ご飯がとっても美味しいから、つい食べ過ぎちゃって…」その時はそれで終わった。本人が言うほど食べ過ぎていない気がした砂華野だったが、それを特に不審に思いはしなかった。
けれども、このお腹の膨らみ方はそんなもんじゃない。やっと分かった時はもう七ヶ月目に入ろうとしていた。
「ち、父親は誰なの?」真っ先に問うた砂華野だったが、正直なところ〝教子に限ってこんなことになるなんて…〟と信じられない思いだった。
「ごめんなさい…。言わなきゃ言わなきゃと思いながら…ずっと言い出せなくて──本当にごめんなさい…」
「それは分かったから、父親は誰なのか言ってごらん?」砂華野は自分が興奮しないように、なるべく柔らかな口調で尋ねた。
「…私を助けてくれた恩人よ──雨流さんっていうお方なの」
「助けてくれた恩人…?どういうこと?詳しく話してごらんなさい」
教子は雨流と出会った経緯を、頬を赤く染めながら話し始めたのだった──。




