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夢を見たの

 僕を風呂場の脱衣所に押し付けていた葉山。

 僕の叫びにすんでの所で葉山は動きを止め、そして傷ついた目で僕を見下ろしながら拘束していた僕を解放した。


 僕はタオルだけを体に巻きつけて脱衣所を飛び出して、二階の、山口の使っていた部屋へと飛び込んだ。


 山口の部屋は、草原のように見えるくすんだ緑色の毛足の長い絨毯が敷き詰められ、壁紙は水色の空に白い雲が浮かぶ絵柄という、何処から見ても子供部屋だ。

 ただし、この部屋の内装は山口が選んだものではない。

 この家を楊が購入した時から、この部屋はこうなのだ。


 私物が殆んどない山口の部屋の隅には、ぽつんと黒いパイプベッドだけが置かれている。

 このパイプベッドだけが山口が選んだものだ。

 布団は片付けられ、残されたパイプベッドの骨組みが僕をあざ笑うようだ。


 山口はこの部屋には二度と帰ってこない。


 僕はその空っぽのベッドを目の前にして、服を纏う事も忘れて顔を伏せて泣くに任せた。

 泣いて泣いて、彼を呼び戻せるのなら僕は身体中の水が全部流れ出てしまってもかまわないと、彼の事だけを想って泣き続けた。


「どうして、淳平君。どうして。」


「泣かないで、クロト、泣かないで。」


 ぎゅっと後ろから強く抱かれて、僕は愛する人の声にそのまま身を任せた。

 背中に温かさが広がり、僕の後頭部は後ろで僕を抱きしめる固い胸板から響く心臓の音に包まれる。


 生きている?

 彼は生きていた。

 戻って来てくれたのだ。


 僕は彼を再び目にしたいと振り返った。


 振り返ったそこには、僕を抱きしめて横たわって眠っている、半裸姿の山口のゆったりした寝顔があった。


 僕を抱きしめる左手の人差し指には、僕が贈ったホピ族の太陽の意匠が刻まれた指輪が輝いている。

 指輪を嵌めた手の甲ごと、そっと彼の手を包むように僕は触れた。


 大きく僕は息を吐いた。

 今の僕の見ていたものは、悪夢?ただの夢?


 天井を見上げれば、見覚えのある僕の家だ。

 夜間には僕の自室と化す、百目鬼家の居間の天井だ。

 僕は昨夜泊まりに来た山口と、一緒に布団に入って眠っただけだ。

 二階には良純和尚が眠っているはずだ。


 枕元のスマートフォンを確認すると、まだ朝にもなっていない四時過ぎだった。

 今のはただの夢で、目を瞑っている山口は本物で、これが現実のはずだ。

 どきどきしている心臓に不安ばかりが掻き起こされ、たとえようもない後味の悪い夢を追い出したいと、ギュッと目を瞑って再び大きく静に息を吐いた。


「これが現実、これが現実。淳平君は生きている。此処にいる。」


 僕は恐る恐ると、眠っている山口の顔を包むように両手で覆い、彼の頬に指先で触れた。

 手のひらには少し伸びてしまった髭の感触がちくちくとして、指先にはかすかにトクトクと血液が流れる躍動を感じる。


「温かい。淳平君は生きている。僕の側にいる。本当に夢だったんだね。」


 そこで感極まった僕は、生まれて初めての事をした。

 自分から山口に口付けたのだ。

 口付けた口の中で山口が笑い出し、僕は顔をあげた。


「お早う。クロト。怖い夢でも見たの?」


 気だるく笑う山口は、輝いた王子様のような風貌だ。

 僕は嬉しくなって、山口の胸に自分の顔を擦り付けるように顔を埋めた。


「怖かった。淳平君が二度と帰って来ないって、淳平君の部屋で泣き続ける夢。僕はこんなに君の事を愛しているのに、もう会えないんだって。」


 思い出したら再び涙がこみ上げてきた。

 僕の背中に山口は腕を回し、ぎゅっと僕を彼に押し付けるように抱きしめた。

 泣き出した僕とは反対に山口は笑っている。


「クロトから離れないし、死なないよ。大丈夫。」


 僕は彼の胸から顔を少し動かして、彼の顔を眺めて彼の微笑を確認して、押し寄せてきた安堵に浸った。


「夢で良かった。」


「そうだね。それで、友君やめてって叫んでいたのはどうしたの?」


 叫んでしまった僕の失敗だと、僕は目を閉じた。

 説明していいものなの?だって、葉山と山口は親友で相棒なのに!

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