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武本だから①

 武本だから。

 その言葉は俺にとって真実であって、「武本」に関わる限り俺が逃げられない呪いの言葉でもあったようだ。

 機体をチャーターではなく親族からタダで手に入れたと喜ぶ玄人の従兄の佐藤さとう由貴よしたかに、その機体を見せられた時には軽く眩暈がした程だ。


「なんだよ、この痛ジェット。」


 ビジネスジェットには、彼のパイロット派遣会社の固い社名だけでなく、恥ずかしい絵柄が描かれていたのだ。

 三頭身の破れたジーンズ姿でショートカットの女の子を中心に、女の子の周りにはドクロや星やハートが赤と紫と黒でパターンプリントされている。

 俺の呟きに空港の窓から機体を再び見下ろした男は、俺を見返してニヤっと大きく口をゆがめた。


 喜んだ蛇の顔だ。


 彼は白波家独特の一重だが大きな目につるっとした公家顔で、百八十はある長身のひょろっとした男である。

 白波家の男連中は、小柄で細身ながらガッチリとした体格の武本家とまるきり違うのだ。

 この大蛇ども。


「和君がねぇ、俺の会社に広告を出してくれたんだ。ラッピングバスってあるでしょう。これはそのジェット機版。飛行機って維持費が懸かるからねぇ。」


 俺は金を貰ってもキャラクターの描かれた車なんて乗りたくない。


「維持費がかかるだけのものなんか、タダでも貰わなきゃいいだろう。」


「だって、パイロットが自分のジェットを持てるって夢でしょう。」


「だからって、女の子のファンシー絵柄はどうなんだよ。」


 ファンシーというよりは悪趣味っぽいキャラクターだが。


「え?百目鬼さんモッカちゃん知らないの?会社HPに乗せた途端にモッカちゃん付いた飛行機乗りたいって、世界中から半年先まで予約入っちゃったんだからね。広告期間過ぎたらモッカちゃん外さなきゃなんだけど、一年間なら使用料も和君はいいよって、和君様様だよ。モッカちゃんはね、音楽を愛する全世界の人々のアイドルなんだよ。」


 山口と同じ年の由貴は楊と初対面の時から仲がいい。

 俺は彼等が「同類」だからなのだと至極納得した。

 抜けているところも一緒かもしれない。


「三か月だけ広告料を払って、あとの九か月は無料だったら、和の儲けだろうが。」


「あ。」


「間抜けついでに、お前ん所の社名もモッカちゃんにちなんで柔らかくしたらどうだ?」

「何言ってんの。飛行機は安心信頼が第一だからね、固くて信頼が置ける社名である必要があるんだよ。」


 ぷんすか言い返した佐藤航空操縦士派遣育成株式会社の社長は、自社の固い印象の、軍服と言った方がぴったりとくるパイロット制服を着込んでいるが、いつもの殆んど白髪の金髪に右耳がピアスだらけの姿であった。


「説得力がねぇな。」

「飛行機から落とそうか。」

「そういや、お前の片割れの久美ひさよしはどうした?」

「あそこ。副操縦士したいって騒ぐから、見習社員で貨物係にしてやった。」


 由貴が指し示した先には、ジェットの側にパイロット制服を着た男が作業員に何か指示をしている姿が見えた。

 彼は由貴と双子のように外見が似ている白波本家の跡取りだ。

 久美が黒髪、由貴が白髪だと覚えておけばよい。


「おい、あいつは酒屋の息子だろ。」


「俺達の夢はパイロットだったの。それで俺達二人はパイロット免許を取るために渡米してね。俺は夢が叶ったけどさ、あいつは本家の孫だろ。跡継ぎだ。」


「お前のところの操縦士育成の部分は、久美がパイロット免許を保持できるためのものか?お前らって本当にいい関係なんだな。」


「講習代は高いからね、赤字の補填にあいつを乗せてやるんだよ。いいカモだろ。」


 玄人がこいつらをギャングだと言い切る理由がよくわかった。


 そして俺の本格的な頭痛は、二十五日の総会後の和久の結婚祝いの前夜祭という名のパーティに突入した時の、そのパーティの乾杯音頭であった。


「僕達の新しい家族で有能な良純さんに、家族全員から誕生日オメデトウの合唱をさせていただきます。」


 俺に仕事を押し付けた男は「このためだ。」と親族連中と誕生祝の歌と演奏を始めやがったのだ。

 洋は学生時代にはフルート奏者だったそうである。

 奴らが総会会場をいつもの武本家本家でなくホテルと、それもステージ付き宴会場と指定して譲らなかった意味を身を持って知った一幕である。


 プロ並の演奏だったが、それよりも自分の仕事は自分でやってくれよ!


 酒に弱い武本家の面々が乾杯の酒で顔をピンクに染めて、「おめでとう。」を連発して握手を求められ肩をパシパシと叩かれるのは喜びを持って迎えられたが、これは、無理だ。


「来年も再来年もみんなで集まってお祝いしたいね!」

「イイねぇ、総会もやった後だから無礼講だもんね!」

「百目鬼さん!書類見易かったから来年も頼んでいいかな?半分はボクがやるからね、どう?」


 全部やれよ、ヒロシ!

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