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君の心残り

「せっかくの青森なのに、俺は余り動けないですね。でも、年末年始一緒にいられるのは凄く嬉しいですよ。友君も、俺の代わりにかわさんと新潟県警の研修に参加するために新潟に行けるって喜んでいましたから。」


 僕は大怪我を追いながらも、僕達と一緒だと喜ぶ山口に背筋が少し寒くなった。


「ねぇ、淳平君。お守り様つけている状態で、何かお祈りした?」


「え、俺はしないよ。この神様が怖いの知っているから。……あ。」


「ど、どうした、の?」


 恐る恐る尋ねると、山口は恐ろしいことを告白した。


「友君も神社をお参りしたかったって。あの時、彼は両足を骨折していて山に登れないからって旅館だけだったでしょ。もし行けたら、氏子になるのになぁって。」


 僕は酷くがっかりした。

 彼らはウチの神様を本気で勘違いしている。


「ねぇ、淳平君。今回は仕方が無かったかもしれないけどね、次回からはウチの神様にお願いは絶対にしちゃいけないよ。」


「何を急に、クロ……あ。でも君もクリスマスに三人一緒にいられたらいいって。」


「あ。」


 山口の膝の上で気分が良かったのだから仕方が無い。

 チクショウ、蛇め。


「この馬鹿共が。具体的な欲深な願いはやめて、次は健康だけ唱えていろ。」


 良純和尚に叱られ僕達はしゅんとして、そして僕はあの夜に見た夢を思い出していた。

 もう彼はいない。

 戻ってはこない。

 愛する人のいない世界、誰もいない世界で泣くしかない永遠の時間。


 山口の額から髪を梳くように手を動かすと、泣いていた楊を通して見つめた事がある一人の少年の姿が再び脳裏に浮かんだ。

 それは肉体という牢獄に押し込められた少年だった。

 パシっと僕の手は掴まれた。


「あの子は死んじゃったの?」


 僕の手を掴んだ山口が、真っ直ぐに僕を見ている。

 僕は山口を見通して、あの少年が楊ともう一人求めていた誰かが誰であったのか知ったのだ。

 そして、山口も楊と同じくあの少年の為に泣き続けていたのだということも。


「戻ったら彼のお見舞いに行きましょう。」


 僕は愛する彼を慰める為に、一人の男の側にオコジョを放った。

 僕から放たれたそれは、ぐるっと目的の男の側で一回転しから、パッと弾けた。

 オコジョはまだそのままいるが、僕達に映像を送ったから画面が切り替わったようなものだ。


 その男は片腕に大きなぬいぐるみを抱いているが、それは柔らかい抱き枕にもなる白いヤモリ型の奇妙なものだ。

 僕は友人の偏執的で寒々とした部屋に、それと同じぬいぐるみが転がっていて癒された事を思い出していた。


「あぁ、僕もあのぬいぐるみが欲しい。」

「俺が今度買ってあげるよ。」

「ふふ。ありがとう。淳平君。」


 僕は優しい恋人の髪に再び指を絡めるように梳いて、彼に感謝のほほ笑みを浮かべたのだが、運転席の怖い人は怖い声でささやかな恋人達の計画を打ち壊した。


「片付けられない奴にこれ以上余計な物を与えるな。淳、デカいぬいぐるみに自分が居間から追い出されてもいいなら止めないがよ。」


 彼は梨々子の部屋で見かけたぬいぐるみを僕が気に入り、同じものを手に入れようとした過去を知っているどころか、絶対にそれの購入には「いいよ。」と言ってくれない男だ。

 僕達のぬいぐるみという単語にピンと来てしまったのであろう。


「あ、そうですね。すいませんでした。」

「あぁ。酷いです。」

「いた!」

「あ、ごめん。」


 無意識にあっさりと僕を裏切った山口の髪を、僕は無意識にむしるところだったらしい。

 しかし彼は怒るどころか僕の指を右手の指先で守るように包み、僕に悪戯そうな笑顔を見せた。

 そこで僕は彼に楊の続きの映像を再び送ったのである。

 あの、僕がうらやむその大きなぬいぐるみを抱いた男の映像だ。


 ぬいぐるみは楊の肩から頭を出してひょいひょいと揺れ、彼とすれ違う人々を驚かせている。

 目指す病室のドアを開けると、身体中包帯とガーゼの哀れな姿の大男がベッドに横になっていた。

 耳も聞こえず目も見えない彼は、それでもベッドを揺らす振動にドアの方へと顔をむけて喜びに顔を綻ばせた。


 彼は楊の足音の振動だけでなく、楊の匂いも感じたのだ。

 楊は狭い病室を数歩も歩かずに彼の側により、そっと彼の手を握ってやる。

 だが、楊は彼を見ない。

 楊が病院側に指示して置かせた鏡に自分達の姿を映し、その写った自分達の姿を眺めているのだ。

 少年は楊によって自分以外の人間といる映像と、僕が欲しいと望むあの白いぬいぐるみまで手に入れた。


 ぎゅっと僕の手が握られて映像が途切れたが、山口の最高の顔がそこにあった。


「流石、かわさんだ。それで、彼が看護士に怒られたのはなぜだろう。」


「大音量でメタルを流したからですよ。彼はよくリズムを体で感じろって僕に言うから。彼にも同じように聴かせたのでしょうね。あれはドンドンと体に響いてくるから。」


「それでもお前にリズム感が生まれないけどね。」


 せっかくの僕達の感動を良純和尚は台無しにしたが、彼の従順な手下は相槌のようにしてワフっと鳴いた。

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