人はわからないね
「それで、その看護士はどうしたって?」
「兄さん。ご飯時よ。」
「兄さん、後にしようよ。」
「でも俺もどの人なのか知りたいよ。ねぇ、兄さん。」
「葉山、お前までかよ。」
「え、俺にも呼ばせてくださいよ、兄さん。」
「お前なぁ。このけだもの達の「兄さん」は家族呼びじゃないぞ。ヤクザの舎弟が頭を呼ぶ時の奴だぞ。」
「マジで?」
そんな葉山と百目鬼のやりとりに無頓着なのか水野はスマートフォンを操作しており、写真画像を出したそれをひょいと掲げた。
「この人。」
「あぁ、そいつか。法事に遅れてきたくせに俺への自己アピールが煩い女だったよ。さっさと座れって奴。かなり睨んでやったね。」
百目鬼の言葉に「彼の折に異物が入れ込まれた理由がわかった。」と、一同が一斉に心の中で叫んだ様な気がした。
一同百目鬼の言葉を流して料理に箸を伸ばしかけたその時、ようやく思い出したのか玄人が声を上げた。
「和泉京香ってこの人でしたか。消防チームの方達の憧れの人でしたよね。綺麗な小柄な人で、一人で合コンの男性陣を惹きつけちゃった人。良純さんが言うようなそんな人だったのですか、判らないものですね。」
元々は楊の従兄弟が水野に惚れたと合コンを設定して女刑事チームと消防チームの飲み会であったが、鬼畜葉山が姉とその和泉を手土産に強制参加してしまったのである。
俺はその時玄人に嫌われたと思い込み、彼のそばにいる事がいたたまれなくなって、一人で先に帰ったのだったと思い出した。
「そっか、ごめん。俺が連れて来ちゃった子だよね。」
「僕のせいだったんだね。」
葉山と同時に喋ってしまい、俺達は同時に見合った。
「え、山さんは先に帰ったでしょ。」
「先に店を出て、店先でぐずぐずしていたら真砂子さんに会ったから挨拶したんだよ。久しぶりって。」
葉山の姉である真砂子は弟である葉山に似ているが、彼よりも繊細な顔のつくりで凄い美女だ。
百目鬼に言わせれば、長いまつ毛が目尻に向かってカールしているという、犯罪的な色っぽい目元を持った反則的な美人なのだそうだ。
俺はそれを聞いて、俺や玄人を愛していても、元々の根は異性愛者の彼が、かなり葉山の姉に傾いていながらも踏ん張っている努力があったのだと、ぼんやりと理解したのである。
「でも君、女の子はどうでもいい人でしょ。」
葉山酷いなと思いながらも、その夜のことをちゃぶ台を囲む面々に説明を始めた。
「変な指輪ですね。あなたには似合いませんよ。」
突然声を掛けられて驚くと、目の前には葉山の姉の真砂子と初対面の小柄な美女が立っていた。
白い肌に大きすぎない目元の涼やかな美人は、さらさらとした髪をショートともボブとも言えない長さにしていたが清潔感があり、全体として慎ましやかな性質の人に思える外見だった。
その第一印象を覆すような指輪への批判と言う第一声をして見せた彼女に、俺は少々驚かされていたとも言っていい。
「ホピ族の太陽の意匠です。気に入っているからいいのですよ。」
「変ですって。今時ホピとか変な宗教みたいだし、外した方がいいですよ。私が言うんだから絶対ですって。」
指輪を変だと言い張るその女性には、自分の意見に男は何でも聞くべきだとの思い込みがあるようだと感じた。
「恋人が贈ってくれたものですから、僕には最高なんですよ。」
「でも、お店を出るまで付けていなかったじゃないですか。」
目敏い人だなぁと思いつつも、俺は嵌めなおした指輪を見つめた。
笑顔の太陽が間抜けな俺を笑っているようにも見えた。
「ケンカ中でね。外しているのをワザと見せたの。何かアクションしてくれたらなあって、情けないでしょ。」
「淳平君、大丈夫よ。あの子はあなたの事が大好きなんだから。」
真砂子は俺を弟にするように、俺の右肩を慰める様にぽんと優しく叩いた。
「ありがとう。真砂子さん。」
「ねえ、その指輪を外すことになったら、私と付き合ってくれますか?」
俺と真砂子は、小柄な女性の突然な言葉に吃驚として見返した。
「ごめん。それは絶対無い。」
「その絶対無いを、君と付き合うことは絶対無いだと受け取らなかったのね。」
佐藤の返しに、「そうかぁ。」と全員が納得した。
彼女は俺の外された指輪を盗み、同じく盗んだ指の一部にそれを嵌めて、丁度顔を出した実家の法事の折に詰めたのだ。
「でもさ、同僚に罰を与えるためだって証言したって聞いたけど、指輪と一緒に他人の指を持ち帰る行動の意味がわかんないよね。」
半生の赤身肉を口に運ぶ所だったらしく、動きの止まった水野がギロっと俺を睨んだ。
「黙れ、淳平。食事中。」
「ごめん。でもみっちゃんのそれは指っぽくないでしょ。」
軟骨揚げを齧ったばかりの佐藤が、コリン、といい音を立てた。
彼女はコリコリといい音を立てて咀嚼しながら、無表情で俺を見つめている、見つめ続けている!
佐藤からは「殺すぞ?」という、百目鬼がよく纏うオーラに似たオーラまでもが出ていた。
「山さん、空気呼んで。何やってんの。」
佐藤に怯えて俺を注意するのは、有能で武闘派のはずのキャリアな男だ。
見舞いに来ていたはずの同僚からの俺を責めるオーラを一時に受け取り、俺は口を閉じて小さくなると、百目鬼の料理に頑張って箸を伸ばした。
リハビリだ、頑張れ、俺。
「ほら、淳。取ってやるから何が欲しいか言え。クロは役に立たないからな。」
「仕方が無いし、いいんですよ。」
俺の隣に座る恋人の玄人が、食事時に全く役に立たなくなるのは仕方が無い。
彼は性欲が沸かない代わりに食欲の「ご飯の人」だからだ。
一口食べ物を口に含めば、彼は一切周りが見えなくなり、今もただ恍惚と幸せそうに咀嚼している。
一心にご飯を食べ続ける玄人の姿に俺は切なさを感じたが、情緒の無い鬼畜は、玄人を哀れむどころか性欲を掻き立てられただけだったようだ。
かすかに俺にだけ「咥えさせたい。」という呟きが聞こえたのである。
鬼畜から玄人を守るためには、一日でも早く怪我を早く治さないといけない。




