玄人が変だぞ?
「どうした?クロはお前の所に泊めるんじゃなかったのかよ。」
預けたはずの子供を連れて、俺の親友が急に訪問したのだ。
仕事が忙し過ぎて子供の世話をしたくないからと外泊させたのに、返品されるとはどういうことだ。
「いやぁ、事件でさ、ちびの相手の山口が帰れそうもないからね。俺も婚約者様に急に呼び出しだろ。今日はちび返す。それで、俺も帰れそうもなかったら泊まっていいか?」
「いつもは勝手に泊まるくせに、どうした?」
「いや、まぁ、ちょっとね。」
「どうした?」
「多分、梨々子達から逃げる口実に僕達を使うだけだと思いますよ。その了承?」
玄人は時々俺よりも辛辣な時がある。
だが基本空気を読めない馬鹿であるので、今回も楊に頭を叩かれていた。
叩かれて不貞腐れた玄人は、外見は美少女であり絶世の美女でしかない。
大怪我の回復途中に遺伝子の暴走で彼は女性化してしまったが、彼の顔は女性化する前から全く変化していない女顔なのだ。
変化したのは上体の肉の付き方が女性のようになっただけである。
変わらないその顔は、人形のような綺麗な玉子型の輪郭に小作りな形の良い鼻と口が納まり、華々しい両目がその顔を飾っている。
その大きな黒目勝ちの瞳は東北特有の無駄に長く濃い睫毛に飾られている上に、彼の唇は下唇がぷっくりとして果実のようなみずみずしい輝きを放っているのだ。
こんな顔の為に男性体の時は気味悪がられ、同性の友人が一人もいない境遇であった。
否。
その顔の為に男共から友達ではなく、性愛対象として求愛されていた不幸な奴だったのだ。
世界は狂っていやがる。
「それで、お前は飯はいるのか?」
「……わかんない。」
楊は答えて肩を落すと、トボトボと玄関を出て行った。
「よれよれだな。」
楊は面長の顔に彫の深い二重の目を持った、俳優顔負けの美男子である。
印象的な彫の深い二重が人懐こく微笑めばどんな人も魅了できるだろうが、彼は自分の使い方を知らないらしく、今のところ魅了してしまったのがストーカーばかりという可哀相な男なのだ。
高校時代に男子ばかりに囲まれて女子と遊んだ記憶がない彼は、同じように素晴らしい外見ながら不幸だけの玄人に親近感が湧くのか、ちびと呼んで弟のように可愛がっている。
「あいつのあの様子じゃ、今夜は結婚の日取りを決めるまでは解放してもらえなさそうだな。」
隣に立っていたはずの玄人に話を振ったらいなかった。
彼はいつの間にやら家に上がってしまっていたようだ。
こんな事も珍しく、今まで無かった事だ。
「お前は飯はどうした?いるのか?」
玄関から声をかけたが、家は静まり返るばかりで、居間から何の返事も返って来ない。
とりあえず居間に向かうと、玄人は居間のモルモットケージの前でペタンと座り込んで、珍しくモルモットを籠から出さずに眺めているだけだった。
このモルモットは毛が無いスキニーギニアピッグという種で、毛は無いが頭にモヒカンのようにアプリコット色の毛が生えているという不細工な生き物だ。
俺の仕事関係の奴に押し付けられた動物だが、里子に出す前に玄人が惚れ込んで我が家で飼う嵌めになったという、俺の黒星の証でもある。
「お前もどうかしたのか?」
隣に座ると、ゆっくりと玄人は俺へ顔を上げた。
ぎょっとした俺はすぐさま玄人を抱きしめる。
涙目だと?このやろう。
抱きしめた玄人の頭には相変わらず俺の作ったとんぼ玉のヘアピンがいくつも飾られていて、頭が揺れるたびにキラキラと輝いていた。
不思議な事に俺が買ってやった鑑定書付のダイヤのネックレスよりも、ただ同然の俺の作ったこの安っぽい飾りを喜んでいるのである。
ネックレスは買ってやった当初など、棚に片付けっぱなしで身に着けもしなかった程だ。
但し、俺が彼の恋人でもある山口を可愛がるようになってから、焼餅かダイヤも確実に付けて外さなくなった。
玄人の右耳には、翼の意匠をした銀製のイヤーカーフが鈍く輝く。
絶対に玄人が外さない山口からの贈り物であるが、最近存在感が小さくなって可哀想なほどだ。