表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去の清算はすべきであり、遺恨を残すならば命を失う覚悟を決めろ(馬14)  作者: 蔵前
十六 どこまでも憑いていきます、兄さん!
59/65

名ハンドラー百目鬼

 俺が葉山に揶揄いの返礼でゴンタボールを投げつけると、ゴンタが大喜びしてワフっと葉山に抱きついてしまった。


「コラ!飯があるところで犬を遊ばせるな。ゴンタ、ハウス!」


 ゴンタは百目鬼の命令にさっと身を翻して玄関へと走っていった。


「え、嘘。」


 楊の家に俺と一緒に住んでゴンタの駄犬ぶりをよく知っている葉山は、たった今のゴンタの名犬ぶりに驚き、呆然と犬の動きを見送っている。

 俺と犬を叱りつけた百目鬼は唖然としている葉山に盆を渡すと台所に戻っていき、冷蔵庫のタッパから何かを取り出すと玄関の犬へとひょいと放り投げた。


「ちょー豪勢。牛テール齧ってるよ、あの犬。」


「玄関でいい子にしていればドッグフードじゃないご飯が食べれるなら、ずっとあそこに居ついちゃうわよね。さすが兄さん。」


 残りの皿を持って来た水野と佐藤が百目鬼に感心している。

 佐藤まで「兄さん」呼び?


「ほら、クロは鼠を片して手を洗って来い。葉山も洗面所そこだから。淳は立てるか。」


「最初に手を貸して貰えれば。」


 俺は要介助の人間なのである

 百目鬼に抱きしめられるように立ち上がりながら、自分の不甲斐なさを恥じるよりも喜んでいる自分が情けない。


 背中の怪我で仰向けに寝れず、横になると立ち上がる毎に人の手を借りねばならないのだ。

 この状態は一週間は続くと言われ、手の怪我と合わせての完治は三週間から六週間であるという。

 指のリハビリもあるからだ。

 現在の俺は労災を貰って良純宅にて療養の毎日である。


 彼らは予定通りイブに青森に立つのだが、この状態の俺も彼らと一緒に連れて行くのだという。

 そしてゴンタまでも連れて行ってくれるというから驚きだ。


「貨物室に入れれば大丈夫ですよ。」

「アンズちゃんもそこ?」

「アンズちゃんは客室に決まっているじゃないですか。淳平君は意地悪。」


 ゴンタが可哀想と言うべきではなく、玄人が俺を貨物室ではなく客室に乗せてくれる事に、俺はきっと感謝をするべきなのだろう。


 ヨロヨロと自分が席に戻ると玄人が俺が座れるように手を貸してくれ、他の面々はホームパーティ風のちゃぶ台の様々な料理に各々手を伸ばし百目鬼の料理に舌鼓を打ち始めた。

 皿の盛り付けも芸術品のように完璧で料理の味は最高だ。

 俺は何でもできる百目鬼に空恐ろしさまで感じる。

 犬の躾まで完璧なのだ。

 ゴンタはこの家に来てから名犬であり、目元まで精悍に輝き生き生きとしているように見えるのだ。


「犬は群れの生き物だからな。役割と場所を与えられて主従関係がちゃんとしないと不安になるんだよ。お前はゴンタのお友達になるだけで主人にならなかっただろ。ゴンタはお前を守るし愛するけどな、聞き分けが無くて勝手な行動が多かっただろう。それは群れのリーダーが不在だと感じていたからなんだよ。」


「詳しいですね。」


佐藤さとう弘毅こうきは大型犬好きで有名だろ。奴は自分で躾しない代わりに専用の調教師を雇っていてね。俺は家族よりも雇われ人との方が親交があったからさ。」


 佐藤弘毅参議院議員は百目鬼の本当の父親であり、彼は愛人の息子なのだ。

 愛人の息子である彼は本妻のいる屋敷で育てられたが、中学を卒業すると育った土地から実母の住む神奈川へと一人流された。

 けれど、未だその土地では百目鬼は神童扱いで、彼が僧籍を取り親の後を継がないことを嘆き悲しんでいると彼の身辺を洗った時に知った。


「あの兄二人は奥さんに似て性格が悪くてどうしようもなかったのですけどね、更正したのは弟の良純さんのお陰だねぇ。良純さんは上の馬鹿兄達がけしかける犬から地元民を庇っただけでなく、彼を襲わせようと放された犬を、一声で五匹全部跪かせたのですよ。未だに語り継がれている格好良さでしたね。犬は人を見るからねえ。」


 俺はその話を聞いて、一番効果的な場面になるまで犬を従わせられることを彼は隠していたのだと考えた。

 あるいは犬を使えると踏んで、兄達をそのような場に誘導したか。

 その後馬鹿な兄二人は、飼い犬達が見守る中で百目鬼に完膚なきまでに潰されて病院送りとなり、退院後には良純を失った地元民から総スカンをくらい、それで心を入れ替えて更正したのだと、地元民は嬉しそうに語った。


「議員だなんだと偉そうにしても、私達が投票しなければ勝てませんものねぇ。弘毅さんが自ら頭を下げて選挙区全部回ってね。あの人も偉い人だよねぇ。」


 俺は弘毅が確実にろくでなしのはずだと確信している。

 そして名ハンドラー百目鬼によると、俺は体が治ったらゴンタの主人にならないといけないらしい。

 だが俺は、このままゴンタの親友で、百目鬼に犬の全権を渡してもいいという気持ちでもある。

 俺はこの家に居着いたたった一日で、玄人が百目鬼に縋って離れない気持ちを丸ごと全部理解してしまったのだ。


 俺も絶対に百目鬼から離れたくはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ