百目鬼会
俺の指輪と誰かの指を折り詰めしたのは、平沢病院の看護士の一人だった。
指を失いかけたその誰かは、彼の指を盗んだ看護士とは面識どころか接点もなく、その看護士は自分を怒らせた同僚達に罰を与えたかっただけらしい。
「なんですか?それ。」
「僕が知るわけないでしょう。」
髙は言い捨てるように通話を切り、電話を終えた俺が髙から聞いた名前をその場の人間に告げると、玄人には記憶が無かったが、水野と佐藤は覚えがあるらしく仲良く同時に声を上げた。
『あー。』
「君達は知っていたの?」
「合コンしていた時の飛び入り参加者。でも、どうして?」
答えた水野は佐藤と顔を見合わせるだけだ。
佐藤もわからないと肩を竦めている。
誰かは判っても、水野と佐藤にはそんなことをする理由が思いつかないらしい。
「え、誰だったって?」
台所で百目鬼を手伝っていた葉山が台所から戻ってきて、小皿や箸を並べながら彼女達に尋ねた。
合コンの飛び入り参加看護士は真砂子が連れて来た一人と、勲の部下が連れて来た一人だ。
消去法で真砂子は確実に無いから他の二人のどちらかとなる。
「俺も知りたいよ。それでお前らは今日はちゃんと帰れよ。淳と馬鹿犬まで帰って来たから家が狭いんだよ。」
葉山に続いて現れた百目鬼の声と姿に、俺の横で寝そべっている愛犬は喜び、ワフっと鳴いて大きく尻尾を振った。
彼はシェパードの血を引いているらしき配色と耳の大きさの大型犬だが、全体的にどこかが間抜けていて、俺が名づけた「ゴンタ」が似合い過ぎている不恰好な風貌である。
けれど頭はいい、はず。
なぜなら彼は一日で完全に百目鬼の下僕となったのだ。
玄関にはゴンタ用のベッドが百目鬼によって設えられており、其処には毛布も敷かれている。
彼は俺が怪我をしたその日のうちに犬用ベッドを購入し、翌日に退院した俺を迎えに来た時には、楊の家からゴンタまで連れて来ていたのだ。
「いいじゃん、お友達の見舞いとクリスマス会だもん。無礼講ってヤツでしょ。それに明日はゆっくりでいいってかわさんが。」
水野は百目鬼の持って来た盆の料理を受け取らず、ヒョイっと摘んで食べてしまった。
俺が怪我をしたのは自分の責任だとぐしゃぐしゃに泣き喚いていたあの日と違い、けだもの振りを発揮している姿に俺はホッとした。
水野は元気な方が良い。
「勝手に食うなよ。手伝え。」
「このクリームチーズとほうれん草入りのラビオリ、凄くおいしいよ。」
「知っているよ。そしてそのチーズはリコッタチーズだ。」
「良純さんの手作りチーズですよね。」
俺が声をかけると水野は勿論佐藤と葉山まで驚きの顔をして、ラビオリを摘んで口に放り込み始め、水野は二人の行動に大喜びで笑っている。
「馬鹿野郎、勝手に食うなって。」
俺は自宅で作れるチーズがあるとは昨日まで知らなかった。
昨日は痛みで食欲がない俺の口にそのチーズを放り込まれたのだ。
「一口でいいから食え。痛み止めは空きっ腹じゃあ飲めないだろ。」
蜂蜜をかけられたレモン風味のするそれは至福の味で、俺は一生百目鬼に付いて行こうと決意したのだ。
「おい、皿に手を出すなら並べろって。」
百目鬼が水野を叱りつけながらちゃぶ台に料理を乗せようとすると、葉山が盆を受け取り並べ始めた。
ラビオリ皿に海老のフリッターがクリスマスツリーのように盛り付けられた華やかな皿、そして和風の煮物の大皿だ。
「あ、俺の和牛の大和煮。全部出しちゃったのですか!」
「俺のって、お前もクロみたいなヤツだよな。」
百目鬼が俺に呆れる横で、水野が今度は海老のフリッターに手を伸ばして口に放り込んだ。
「お前崩れるって。手を伸ばすなら葉山の手伝いだろうが。この立派な男を見習えよ。」
「エビおいしいよ。このソースも最高。」
「知っているよ。」
「兄さんあたしに意地悪。意地悪したから今日泊まるー。」
台所に戻る百目鬼に水野は金魚のフンよろしく付いていった。
佐藤も首を振りながら立ち上がり、親友の後を追うように台所へと姿を消した。
「みっちゃん、すごい勢いで百目鬼さんに懐いているんだね。」
水野の様子に葉山が驚いていた。
俺も驚いて隣に座る玄人に振り向くと、彼はモルモット抱いたまま眉根を寄せている。
焼餅?
「どうしたの?クロト。」
「淳平君にお守り様がついているのに、どうしてそんな大怪我を君がしたのかなって。」
「付いているの?お守り様。」
玄人はコクコクと頭を上下するが、俺は何時もは気づくお守り様の存在が、いると聞いた今も感じられない事に少々ぞっとしていた。
「どうしよう。ぜんぜんわからなくなっている。」
「それならやっぱりさぁ、山さんどこか具合も悪いんじゃないの?ちゃんと健康診断もしてもらいなよ。」
「葉山さん、淳平君は体の具合が悪かったの?」
葉山は肩をひょいっと竦める。
「ここ最近、見えない勘が働かないって連発で、この怪我だからね。以前は物凄く有能だったらしいよ。」
畜生と、俺は持っていたゴンタボールを葉山に投げつけた。




