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俺の痛み止め

 たった今の無表情すぎる看護師に違和感を感じ、俺は相棒に囁いていた。


「看護士ってもっと気さくじゃない?痛み止めを下さいって言えなかった。」

「頼んでくるよ。」


 葉山はベッド脇のパイプ椅子から立ち上がり、看護師を追いかけてカーテンの向こうへと去っていった。

 俺は痛みに目を瞑る。


 齧られて砕けた骨は、単純に折ったときよりも痛いものなのか。

 眠って意識を失えれば楽だろうに、痛みが意識を繋ぎとめて離さない。


「気持ちいいでしょう。ねぇ、ママが大好きよね。淳。」


 俺はいないはずの厭らしい女の囁き声を耳に感じる筈は無いと、ぎゅうと両目を瞑り、自分の上に乗っている母親などいないと意識を振り払おうとした。

 痛みが意識を過去と結びつけるのか、俺は小学生の小さな体に戻っており、そんな俺の体を無理矢理に押さえつける女から俺が逃げることが出来ないのだ。


「やめて、ママ、お願いだから、やめて。」


「マジで!うっわ大変。」


 葉山の頭の悪そうな声に、パッと目が開いた。


「友君は東大出のインテリの癖に、どうして驚くと馬鹿な若者言葉になるんだろう。もったいない。」


「悪かったね、馬鹿で。痛み止めはあと一時間は無理だって。一時間後に座薬を入れてあげるから楽しみに待っててねって。座薬挿入時には俺が見守って励ましてあげるよ。」


 カーテンを開けて顔だけ覗かせた葉山が、にやにやと笑っている。


「怒る気力もないよ。それで、何に驚いていたの?」


 彼は大きく鼻から息を噴出すと、カーテンを撥ね退ける様にして中に入り込み、先程迄座っていた椅子にドカッと腰を下ろした。

 そして俺の方へ身を乗り出して、声を潜めた。


「医療過誤だってさ。搬送された患者の指を繋げようとしたら、一本足りないって、繋がらなかったそうだ。搬送する前の病院では全部あることを確認したからそっちの責任だって、それでこの病院内での喪失だったら身内の仕業だろうって、スタッフ一同院内患者に内緒で探し回っているからピリピリしているんだって。」


「内緒なのに、よく君には話してくれたね。」


「姉さんの勤め先でしょ、ここ。顔見知りいるからさ。何か探っているけどどうしたのってね。さっきの看護士、君の尿袋を見る振りしてベッド下を探っていたでしょ。」


「さすが目敏いね。そっか、見つかるといいよね。僕も処置中怖かったからね。指が使えなくなったらどうしようって。」


「ごめん。」


「どうしたの?友君。」


「俺に見る目がなくてさ。」

「それ以上目敏くなってどうするの。」

「そういう意味じゃないでしょ。」


「君のせいじゃないでしょ。彼女は、……ウーンなんだろ。時々いるんだよ。サイコパスって奴なのかな。人を操って支配して破滅させるって、人。僕の母もそうだったし、彼女もそうなんでしょ。君が振られたのは彼女に操られない人だったからだよ。君は抱かされた罪悪感で潰されるんじゃなくて、罪悪感を作る根本を正そうとするでしょ。サイコパスの人は自分に盲目的に従わせるために罪悪感を抱かせるのに、その罪悪感を抱くよりも解決しちゃおうとするからね、君は。」


「ありがとう。」

「いいよ。」


 俺達が顔を合わせて微笑み合ったその時、パタパタと病院の廊下を走るリズム感のない軽い音が響いた。

 葉山は立ち上がって玄人達が俺を見つけられるようにと、ベッドカーテンを開けて俺の姿を見えるようにしてくれた。


「あぁ、そこにいる。」


 廊下に立ち止まって辺りを見回していたらしき玄人の姿が、病室の廊下側の窓ガラスからすぐそこに見えたのだ。

 彼は俺達の姿を認めるとぱぁっと華やいだ笑顔になり、俺達のいる部屋へと一直線に駆けてきた。

 両腕を下げたままプラプラ振って、足をちょとがに股に動かす、幼児のようなおかしな走り方。


「どうして彼って変な歩き方や走り方なんだろうね。宇宙人みたい。」


「友君ヒドイ。」


 病室のドアを開け俺達の側に駆け寄ってきた玄人は相変わらず可愛らしいが、泣いていたのか少々ボロボロで、その姿はまるで迷子になっていた五歳児のようである。


「大丈夫?淳平君?痛いの?痛いよね。」


 俺に抱きつきたいけど俺の体を気にして抱きつけないと、彼は俺の目の前でフワフワしている。

 実際に身体中が痛くて動けない俺は、そんな可愛い彼の姿にお預けを食らった犬状態だ。


「もう大丈夫だよ。」


 俺を心配している俺の恋人を抱きしめたのは葉山だった。

 溜息をつき相棒から視線を動かすと、玄人の後ろをゆっくりと歩いてきていた楊と百目鬼の姿が目に入り、俺は彼らに合図をしたくとも右腕も上がらないので、わかるように顔だけ大きく笑顔にした。

 俺と目が合った彼らはにっこり笑って、「どあほう」「まぬけ」と仲良く口パクを返してきてくれた。

 少しだけ、俺から痛みが消えた気がした。

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