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大失敗野郎です、はい。

 俺の余計な一言によって、愛美歌がいきり立ってしまった。


「そんなはずないわ。全部、経歴も何もかも潰したってパパが言ったもの。」


「えー、それって、あなたのパパがやったんだ。でも自殺?因果応報って奴?」


 水野が鉛筆を玩びながら愛美歌に答えると、彼女はガタっと立ち上がった。


「斉藤勇次郎先生よ!パパはあんたらなんか全部潰してくれるぐらいの人なんだから。あたしが望めばなんだって買ってくれたわ。パパー!あたしを出してよ!早くパパに連絡してよ!パパー!パパー!」


 美香の行動が責任能力のない振りの大騒ぎだと、俺と水野は溜息をついて目線をかわした。

 証拠もあり、殺人に殺人幇助、共犯に死体遺棄。

 彼女の刑が軽く済むにはそれしか方法がないだろう。


「ちょっと、石井さん?」


 騒ぐ依頼人を宥めようと両肩に触れた弁護士は、愛美歌の肘を顔面に受けた。

 弁護士は鼻血を噴出しながら床に倒れれ、俺と水野は一斉に立ち上がり、倒れた弁護士を介抱しようと動いたのは水野の方が早かった。

 愛美歌は弁護士が座っていたパイプ椅子を振り上げ、水野に打ち付けようと振り上げた。


「あぶない、みっちゃん。」


 ガチャン。


「あ、つっ。」


 俺は机の上を飛び越えて水野に覆いかぶさり、だが、俺にできたのはそこまでで、俺はパイプ椅子を背に思いっきり受けて床に打ち付けられた。

 床に転んだ俺の上に、愛美歌が圧し掛かる。

 全身の痛みで俺の身体は縮こまり、俺は彼女を振り払えなかった。


 ぱさっと俺の上に愛美歌の髪が零れ、鼻を押さえたい口が俺に近づいた。

 明るすぎるぱさぱさの髪とガサガサの皮膚は、死人しびととなったミイラのようだ。


「じゅ~ん。あなたはママを愛しているわよね?」


 俺の上に乗っているのは、俺を汚し続けたあの女か?

 痛みを忘れる程に、俺は脅えだけで自分の手を動かしていた。

 右手と左手を、悪夢を追い払うのではなく、悪夢から自分を守るように自分の顔の前に重ねただけだ。


「うぎゃあ。」


 右手の上となった左の手に、激痛が走った。

 俺を抑え込む女によって、人差し指と中指が一緒に噛み付かれたのである。

 脳天を突き刺す痛みと一緒に、俺の頭の中でゴキュっと指の骨が折れる嫌な音が響いた。


「ぎゃあ。」


 この時、俺はようやく冷静な頭になれたといえる。

 俺は左手を愛美歌から引かずに、動く無傷の右手で彼女の鼻を摘まんだのだ。

 窒息しかけると動物は反射的に口を開ける。

 俺は悉く間抜けであったが、最後のところで指を失わない判断が出来たのだ。


「新井田がLSDも使っていたなんて、どうして麻薬検査で見過ごしちゃったかね。何のための尿検査だったのやら。」


「仕方がないよ。僕達が追っていた高部は大麻にコカインだけだったでしょ。まさか、一番手に入りにくいLSDを新井田が使用していたなんて、わかるわけないよ。」


「大学時代に何度もアメリカ旅行に行っていたから、そこで覚えたのかなぁ。」


 俺はパイプ椅子で叩かれた割には骨折も肺の損傷もなく打撲だけで済んだが、内出血でパンパンに脹れた俺の背中は触るだけで痛い。

 熱を帯びて大きく膨らんで、三倍近くそこの肉が膨らんでいるような感覚だ。

 さらに、麻酔が切れてきた左手までも熱を持ったようにジンジンと疼いて来ている。

 追加の麻酔が欲しい。


 すると、丁度よく看護師がすっと俺のベッドのカーテンを開けて入って来た。

 しかし彼女は機械的に俺の血圧を調べて数値を持っているボードに記入し、俺が繋がっている機械と尿のカテーテルをチェックして、笑顔も無くすっと戻っていくではないか。

 俺こそ手術が終わったばかりの観察中の怪我人だ。

 本当の意味で観察しなければいけない俺に、看護師が一瞥も与えないで去って行くとはどういう事なんだ?

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