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嘘つけ

 俺が門扉を開けた時、屋内から玄人の叫び声が響いた。


「どうした!」


 持っていた折を放り出して玄関を急いで開け、草履を履き捨てて玄関を上がり居間に急ぐと、楊の膝の上でぐったりと横たわる玄人の姿だ。


「お前!こいつに何をした!」


 俺の怒声に息も絶え絶えの赤い顔をした玄人が俺の方へと手を伸ばし、俺は彼の手をつかむと思いっきり引き上げそのまま抱きしめた。


「大丈夫か!」

「駄目、立てない。」


 玄人はがっくりと俺に体重を預けしなだれた。


「楊、お前はこいつに一体何をしたんだよ!」


 目の前の親友のはずの男は、俺の大事なものに手を出しておいて、悪びれない顔でニヤニヤと見返すだけだ。

 右片足を立ち膝にした胡坐で、右腕の肘をその足にかけて頬杖を付いてニヤついている姿は、退廃的で魅力的な悪い男と言えなくもない。

 俺は腕の中の頼りない姿の玄人をギュッと抱きしめ、楊を睨む。


「うわぁ、怖い。」


「お前、ふざけるなよ。」


 俺の殺気を感じたか、腕の中の玄人が俺の僧衣を掴んで身をよじった。


「待って、良純さん。」

「大丈夫なのか。」

「くすぐられただけだから。」


「くすぐり?」


「くすぐりの刑。年上の男をからかった悪い子だから。」


 くすくす笑いながら答えたのは楊だった。


「お前をからかったのか?」


「酷いよね。俺を魅力的な男だ、なんて言ってからかうんだよ。こんな普通の男をさ。」


 俺は楊に呆れて玄人を手放してしまった。

 玄人は支えを失って俺の腕からズルっと仰向けに落ち、そのままちゃぶ台に激突しそうなところを楊に支えられた。


「お前、大事にしている割には扱いが適当だろ。」


 楊は支えたまま玄人を引き寄せて、そのまま座りなおし、助けられた玄人は今の出来事に余程衝撃を受けたのか、目を丸くしたフクロウのような顔をしてちょこんと楊の隣に座り込んでいるだけである。

 俺も呆然としたままちゃぶ台を前にあぐらで座り、左肘を台に置いてその手で口の辺りを押さえた。


 それだけ本気で驚いていたのだから仕方がない。

 玄人の真ん丸になった目玉が時々楊へと動くのを見て、楊の事実に俺同様に驚いたからのフクロウ状態なのだと合点がいった。

 この目の前の外見が整い過ぎている男は、今まで自分の魅力を知らなかったとほざいたのか?

 知っていて婚約者やら婚約者の祖母やらを誑し込んでいたのではないのか?


「おい、どうしたんだよ。ちょっと、百目鬼。」


「お前は、自分の顔が美形だと思った事がないのか?」


 印象的な彫の深い目元をきゅっと歪めた男は、俺を不思議そうな顔で見返してきた。


「普通でしょ。」


「お前には普通なんだ。」

「よくある顔でしょ。弟も似たような顔なの知っているじゃん。」

「お前等一卵性の双子じゃねぇか。」


「もしかしてさ、俺が実は美形な方だとお前は思っていた?でも俺はさ、ぜんぜんモテたことないじゃん。幼稚園時代のあだ名は「目玉ん」よ。それで「かわちゃん」って周りに呼ばせるようにしてさぁ。弟も前の奥さんと付き合うまで女性とまともに付き合ったことなかった奴だしね。違うでしょ。気持ちは嬉しいけどね。美形はお前みたいな顔だろ。」


 機嫌よく笑う男に、俺はちょっと迷ってしまった。

 共感力が無いために人の望む言葉をかけてやれない為に、大事な人間には俺も玄人も嘘はつけない。

 それでも楊に本当のことを教えると、彼が変わってしまう気がしたのである。

 俺には今のままの楊がいい。


「あ、俺の幼稚園時代の写真見る?この間環が見たいってアルバムを家族で見てさ、面白い顔だからってスマホに入れちゃった。」


 楊はいそいそと機嫌よくスマートフォンをちゃぶ台に差し出し、俺と玄人は仲良く画面を覗き見た。

 幼稚園のスモッグを着た、目玉が大きな小型の猿のような二体の生き物が、戦隊物のポーズをとって写っている。

 確かにこの頃は美形というよりは愛嬌のある顔だ。


「どうした?百目鬼?」


「どっちがお前?」


 クローンのような生き物の左側を、楊は残念そうな顔で指差した。


「こんなに違うのにわからないなんて、友達甲斐が無いねぇ。」

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