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正義の拳が落ちるのでなく閃いた

 体面の為に行方不明と捜索願いだけを提出して事件を隠すつもりが、愛美歌達の不幸は、理想に燃える心優しきキャリアである馬鹿が警察にいた事である。

 愛美歌は元彼の葉山の気を引くために必要以上に情報を洩らし、そして正の遺体を葉山に発見されてしまったのだ。


 助けて裏切られた形となったからと、新井田家は斎藤達に切られて報復を受けただけなのだ。

 後援していた和泉田友蔵の出馬を取り止めさせる斎藤達の計画に手を貸し、乗り換えた斉藤から甘い汁を吸おうと企んでもいた新井田家には皮肉な結果である。


「御免ください。警察です。」


 インターフォンの音の為にか、昼寝を邪魔された赤ん坊の泣き声が家屋内から聞こえた。

 警察は相手が都合が悪い時間をあえて選んで現れる。

 通学・通勤前の時間、夕飯の支度時、来られたら困る被疑者の時間をあえて考慮しての突撃なのだ。

 人は混乱すると素が出てしまう。

 不要な言葉や情報を語るかもしれない。


 けれど、留守では意味がない。

 俺達は在宅を確認した上で、藤枝に聞いていた赤ん坊が昼寝する時間を選んで訪問したのである。

 眠りを妨げられた赤ん坊の声は、家人を脅す凶器にもなるからと。


 再び葉山はインターフォンを押し、近隣住人にも届くような大声で「警察」だと叫ぶ。

 暫くの後、ドアは開かれ、中から憔悴し切った顔の妻らしき女性が現れた。

 葉山は令状を手渡し彼女の夫、力の逮捕を告げる。


「すいません。夫は出張中で留守でして。」


 ギャーと火がついたような泣き声が家の奥から響くと、彼女はびくっと振り返り、そして葉山を押し退けてドアを閉めようとする。


「子供が泣いていますので。すいません。お帰り下さい。」


「泣いているなら抱いていればいいでしょう。どうして泣いている赤ん坊を抱かずに放っているのです。ご主人が二日前には退職されていることは調べが付いているのです。さぁ、ご主人を。庇えばあなたも罪を背負う事になりますよ。」


 葉山の揺るがない声が家中に響く。

 赤ん坊が再びキャーと通常ではない声をあげた。


「この泣き声はやばい!」


 俺は葉山の横を通り、動かない母親を押し退けて土足で家内に上がり込んだ。


「え、山さん。」

「ごめん、友君、緊急時対応。僕らは赤ん坊の危機を助けないと。」


 土足で家の中を泣き声の方へと急いで進む俺の脇に、葉山も追いつき囁いた。


「やっぱり?」


「ごめん、僕は終わるまで何もしないつもりだったけど、赤ん坊のあの声は普通じゃない。あんな赤ん坊の泣き声は今まで聞いた事がない。」


「家から出てないから彼がいるのは解っていたけど、妻を操るために自分の赤ん坊を人質にして虐待までするなんてね。」


 俺達がこの家の主寝室のドアを蹴破ると、そこには近藤力が仁王立ちで俺達を睨んでいた。

 彼が抱える赤ん坊は、手足が変な方向に捩じれている。


「俺に近付いてみろ、このガキは死ぬぞ。」


「自分の子供でしょう。」


「こんな、カタワなんかいらねぇよ。びくびくびくびく常に震えて泣いてばっかりだ。ほら、頭も見てみろ、こんなイカみたいに細長い。」


 力が俺達に見せつける様にか、子供の首筋を伸ばすようにして自分の腕から持ち上げた。

 赤ん坊は生まれてからひと月以上は経っているにもかかわらず、新生児、それも未熟児ほどの小ささと、赤ん坊と言うには黄色すぎる肌の色をしていた。


 俺は慌てて救急車の手配をとスマートフォンを取り出したが、すっと俺の目の前に出た男の行動に俺は電話をかける事も忘れたのである。

 葉山は、玄人が良く評する言葉通り、竹林からすっと現れた武士のような風情で、とても静かな声で力を脅しつけた。


「その子の命が、あなたの最後の命綱ですよ。」


 一歩踏み出した葉山に、脅えた力は反射的にか、赤ん坊を胸に隠すように抱きなおして身をかがめた。

 目だけが爛々と輝くやせ細った体。


「近藤力、近藤正殺害容疑で逮捕します。それに乳児への暴行傷害の現行犯ですね。」


「友君、気をつけて。こいつもヤク中だ。」


 俺が葉山に囁くその目の前で、葉山はすっと前に出て力が反撃どころか動く間も与えずに手刀でパシィっと彼の顎下を払った。

 がくんと顔を上向かせた男は葉山に足を払われたか、がくんと跪いて沈んだ。

 俺は急いで力腕をねじ上げて後ろ手にして手錠をかけ、右膝に体重をかけて正座した形の力の背中を押さえつける。


「さすがだね、友君。」


 葉山は無表情でその攻撃を力に浴びせながら、力の腕から赤ん坊まで奪い取って自分の腕に保護していたのだ。


「何?山さん。」


「いや、友君て格好いいなって。」


 俺は自分でも気がつかないうちに拍手までもしていたようだ。

 脚で力を押さえつけた格好のままで。

 葉山が俺よりも強いかもしれないと、ふと思ったことは内緒だ。


「嫌味?皮肉?」


 喜ぶどころか右目をピクっと引きつらせ、クルっと俺から背を向けると赤ん坊を抱いたまま器用に応援の電話を掛け始めた。


「せっかく褒めたのに。」

「うるさい。」

「友君って小さい男。」

「うるさいよ!電話中でしょう!」

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