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葉山の抱えていたもの

 目の前には豪邸とは言えないが、数年前に立て直された新しいが品のない和風建築が建っている。

 代が変わった30年前に屋敷を古臭いと当時の現代風にリフォームして、数年前に昔の家が良かったと建て直したのだと、近隣の住人はその家を小馬鹿にしたようにして語った。


「昔の家は戦後すぐに、実は有名な建築家と大工で仕上げられた家ですからね、勿体無い。近藤家の人が一人もいなくなったらあの通りですよ。和風建築でも、なんだか安っぽい和風居酒屋みたいですよね。」


 家は住む人そのものを現しているのだろう。

 葉山の婚約者だった新井田愛美歌の逮捕により近藤明も息子正の死について警察の事情徴収を受けており、先に失脚した斉藤勇次郎と同じく彼の政治生命どころか社会的信用の回復は無理であろう。

 新井田愛美歌と同じ、屋敷に入り込むことで他人の金銭を奪い富を手にした一族が住む家の庭には、立身出世の松の木は存在していない。

 素晴らしい松は潜り込んだ者達によって既に切り倒されていたのだ。


「近藤さん家の松は先祖代々大事にしていたそうで。戦後にあそこに家を建てるときにご実家の方からわざわざもってこられたそうです。あの婿養子の代になった途端に建て増しするのに邪魔だって切られちゃいましてね。勿体無い。」


 聞き込んだ近隣の人々の言葉を思い出しながら現在の近藤家の庭を外から眺めると、普通の手入れのしやすい木ばかりが植えられた、今風で華やかだが安っぽい庭であった。


 此処が、最初の地。

 全ての発端の場所だ。


「俺は流された後は復讐も仕返しも考えていなかったよ。思いっきり上司を殴ったしさ。――ただね、捜査して見つけた正の遺体がね、無残で哀れで。助けられなかった俺は流されて仕方がなかったと思っていたんだ。そこでもう少し頑張れば、島崎さんは殺されずに済んのだかなぁ。」


 俺の隣に立つ相棒が、近藤家の玄関を見上げて呟くように語った。


「君は優しすぎるよ。」


「――優しさなんてないよ。俺は無能な自分を後悔しているだけで、被害者に憐みはあっても、彼等が受けた苦しみなんて何一つ共感していない。何も出来なかった自分が悔しいだけなんだよ。」


「――いいよ。それで。僕の不幸は僕のもの。簡単に共感をしてほしくはない。」


「山さん。」


「さぁ、君が悔しいのならば行こう。僕達は近藤力を逮捕しに来たのでしょ。」


「そうなんだけどね。」


 葉山は力に子供が生まれたばかりの事を気にしているのだ。

 俺達が力を犯罪者と逮捕すれば、力の生まれたばかりの子供の安定した暮らしはここで終わる。


「友君、力が逮捕されても子供にはお母さんが残っている。そしてね、僕は親父が殉職した後にはね、養護施設に入れられたけどさ、施設の人達は優しくて、母の所にいて感じていた怯えなんか全く感じること無く暮らせたんだ。親の側だからって子供が幸せなわけじゃないんだよ。」


 城嶋は親兄弟がいなければ、もっと幸福に生きて来れたはずだ。

 葉山は俺を真っ直ぐに見つめ、「ありがとう。」と声を出さずに口だけ動かして言うと、一人だけで玄関に向かいインターフォンを鳴らした。


 俺は彼と離れた後ろに残った。

 これは葉山の事件の締めとなる。

 正もまともな男ではなかった、と愛美歌は証言した。

 彼は暴力的な男であり、家庭内の暴君であった、と。


 とある日、正は愛車を傷つけられたと、斉藤達とトラブルを起こして警察に駆け込んだ。

 けれど相手が斉藤警視正の甥であったが為に、正の被害届は握りつぶされた。

 その鬱憤に正が家庭内で妻も父も弟も殴り暴れたと、愛美歌は証言をした。


 そこで愛美歌は彼女の父親に助けを求め、正は再び斉藤達にリンチを受けることになったのである。

 今度は体を動かせない後遺症が残るほどの暴力をと、彼女達が斎藤達に発注したとおりの暴力だ。

 半身不随となった正は、自宅内で息を引き取る。


 そして遺体となった正は、不当投棄のゴミで溢れた山の奥に、ポリバケツに入れられて捨てられたという事だ。

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