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クリスマス前のサンタさん

 長い睫毛に飾られた黒曜石のような玄人の瞳は、俺の姿をいつもと違う輝きで見つめている。

 彼はまた俺と百目鬼に焼餅を焼いているのか。


「淳平君、丁度良かった。包装の手伝いをして。」


 え?丁度いい、だけ?

 俺は気がついたら居間に連れ込まれ、ファンシーな小袋にクッキーと変なスプーンを入れてリボンをつける作業につき合わされていた。

 百目鬼は一心不乱に何かの書類をパソコンで製作している。


「コレは、何?」


「披露宴で配る花嫁からの手作りの品のプレゼント。引き出物と別のもの。」


 可愛い顔を歪めて、玄人は本当に嫌そうに答えた。


「手作りの品じゃないよね。」


 クッキーは手作りの品に見えるが、薄いビニールで密封して乾燥剤まで中に入っている小分け状態で、見るからに菓子店の品である。

 変なスプーンは言わずもがな、だ。


「クッキーはクリスティーナのパパのレストランの品です。パパだって書き入れ時でレストランが大変な時期なのに。彼女は出来ない癖にこんなのを配りたがって発注だけして僕に放り投げたのですよ。梨々子を紹介したばっかりに梨々子の持ち込んだ結婚情報誌で盛り上がっちゃって、あの馬鹿共。」


 玄人は俺の知っている彼では無くなっていた。

 木戸から「淳平くぅん。」と飛び出して来たという水野の語った可憐な彼に会いたい。

 俺の悲しさを二人に慰めて貰いたいのに、と目線を動かしたら小さなケーキがテレビ台にちょこんと乗って輝いていた。


「可愛いケーキ。」


 ビジューが煌めく淡い水色のケーキの玩具の可憐さに、俺は少々癒され溜息をつくと、怖い声が居間に響いた。


「喰うなよ。」


「食べませんよ。とんぼ玉の次の制作欲はあれですか?」


「ちげぇよ、馬鹿。こいつの馬鹿な従兄の嫁候補のど阿呆女に、リング台を作らせられたのよ。お前はジュエリーデザイナーだろと断ったらな、泣き出してさ。結婚情報誌によると、家族や友人に作って貰うべきものなんだってさ。いい加減にしろよって奴だよ。和久のパパまで頭が花畑でよ。息子の式で頭が動かないって俺に総会資料の作成を押し付けやがった。お前の仕事だろうにふざけんな!ホテルに食事だって呼び出されてノコノコ出向いた俺が馬鹿だったよ。和久の部門を受け持ってんなら大丈夫大丈夫って。畜生が!」


 悉く武本関係の親族に仕事を押し付けられているらしい当主の相談役は、期せずして武本物産のフィクサーとして受けいられているようである。

 便利屋か?

 お疲れ様と再び見上げたテレビ台のそれは、樹脂クリームをたっぷり絞られてビジューで飾られ、たぶん手作りの小さな音符やイルカのフィギュアや本物の貝殻までが乗った、迷惑だと言いながらも凝っている完成度の高い素晴らしい出来のものだ。


「良純さんって手先が器用ですよね。これは自慢にも思い出にもなる素敵な物ですよ。」


「こんなんばかりで、お前に何も作ってやれてないよな。」


 ポツリと溜息をつくように呟かれて、俺は百目鬼の今日のそっけなさを完全に許した。

 俺は再び花嫁の贈り物を包む作業に戻ると、今度は玄人が泣き出しているではないか。


「どうしたの?」


 慌てて彼を抱きしめると、怖い人の声がそっけなく響いた。


「放っておけ。」


「泣いているじゃないですか。大丈夫?クロト。どうしたの?」


「さっちゃんとみっちゃん、今ちゃんに、藤枝。梨々子にまで。僕は良純さんのピンを分けなければいけなくなりました。あれは全部僕のものなのに。どれも素敵な一点もの。」


 テレビ台の隣の書棚の上に置かれた菓子のレトロな缶の中には、一点ものだというとんぼ玉がついたヘアピンが100本近く入っている。

 百目鬼が製作したとんぼ玉は試作品と彼は言うが、かなり完成度の高い芸術品にしか見えないものだ。

 小さな透明なガラス玉の中に花が開いた様なものや、砂を混ぜ込んだもの、夜光塗料を塗った石を入れ込んだものまで在るのだ。

 確かにあれはどれも譲りたくないだろう。


「やりたくなきゃ、やらなきゃいいだろ。」


「でも、欲しいって。クリスマスでしょって。みっちゃんが。」


「100本近くあるのだからいいだろうが。数本ぐらい。」


「一日四本使うとして、七千九百七十二万七千四十通りを楽しめるじゃないですか!」


「お前は何万年生きるつもりだよ。」


 百目鬼は大きな舌打ちをして、顔を天井にむけた。

 大きく溜息までしている。


「楊にガラス棒を色々貰ったからな、明日皆の分、お揃いで作ってやるよ。一点ものにならなければお前は配れるんだろ。」


 俺の腕の中の生き物は凄い勢いで俺の手から抜け出して、百目鬼に縋りついた。

 抱きついた可愛い生き物を百目鬼は抱き返して暫く可愛がって、羨ましいと見つめる俺と目が合った途端にホイっと俺に寄越したので、俺の腕の中へと転がるように玄人が戻ってきた。


「俺は忙しいから、お前が可愛がれ。」


 彼は再びパソコンの書類作りに戻る。

 言われなくても可愛がりますが、俺の存在って何なのだろう。

 腕に玄人を抱えながら贈り物を包む作業に戻り、そして気づいた。


「クロト、俺の膝に転がって喜んでいるけど、俺に作業させて君はサボるつもりなのかな?」


 胡坐をかいた俺の足に上半身を入れ込んで納まっている彼は、俺を見上げてにっこりと微笑んだ。

 ああ、可憐だよ、チクショウ。


「クリスマス、淳平君も一緒だといいのにね。三人一緒は凄く楽しい。」


 この言葉に俺は玄人を完全に全てを許した。

 だが、数秒後に気づいてがっくりとした。

 クリスマスが百目鬼の誕生日なのである。

 そしてがっくりしながら何気なく部屋を見回して、ここが他人への贈り物で溢れかえった居間だったと気がついた。


「本当にクリスマス前のサンタさんの家ですね。」

「淳、ふざけんな。」

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