事件のあらまし
病院にいた男の素性は、俺が彼を読んだ事を元に楊が調べて判明した。
彼、三重苦の男の名前は城嶋秀樹。
彼は三歳の時に上の双子の兄にサッカーボール代わりに蹴られて障害を負い、その後は家族によって家の奥に閉じ込められ、殴られながら育てられた。
彼の人生の転機は、長男の家庭内暴力によって、両親ともう一人の兄が殺害された事による。
家族殺しの犯人と見做されている兄は消息を絶ち、秀樹は餓死しかけている所を警察に保護されて施設に閉じ込められたのである。
そのためか彼はまだ十五歳の少年でありながら、老年にも見える疲れた風貌であった。
「二番目のポリバケツ事件の翌日に現場辺りを彷徨っていた彼を保護したんだよ。何も喋らないし泣くだけの大男でしょ。ご丁寧に着ていた衣服に冬根美穂子の毛髪や血糊がついていてね、そのDNA鑑定の結果からも状況的に犯人と特定せざるえなくてさ、それで山口に見せたんだよ。城嶋の様子じゃ責任能力が無いことは確実だけどね、被害者との共通が見えなかったから、せめて起きた事を知りたいって。」
「イヤだねぇ。本当に可哀相に。」
髙は可哀相度と好感度が比例しているどころか一本化している男だ。
きっと彼の中では城嶋が好感度がとてつもなく高い被害者となっているだろう。
「彼が収容されていた介護施設から連れ出したのが近藤愛美歌ですね。彼女は夫と家族を亡くした後、再婚してヘルパーをやって生計を立てていたのですね。」
城嶋の身元が分かれば彼を施設から逃がしたヘルパーの身元が完全に割れ、それが再婚時に改名もした近藤愛美歌、石井美香だと判明した。
葉山と水野が彼女を逮捕に向かっている。
彼女の現夫石井彬は髙によって任意に出頭させられており、石井美香への逮捕状を請求するための書類の補強材料となってくれた。
彼は一貫して「自分は殺していない」だ。
「ちょっとというか、かなり違う。」
楊の声は少し固い。
「違うのですか?」
代りに答えたのが髙だ。
彼は生真面目な顔を作ってよくあることのように説明し始めた。
「最初の遺体の島崎初音さんは近藤愛美歌の現夫の伯母だった。それで石井夫妻は島崎の屋敷に居座って、彼女を部屋に押し込んでいたのだそうだ。彼らが一切ヘルパー達には姿を見せなかったからさ、デイサービスの派遣ヘルパーが独居老人だと誤解して証言していたのも見誤った点だね。」
「初動捜査に不備があった事と方針が最初から全て間違っていたのですね。僕達が最初に打ち出した独居老人の連続殺人の愉快犯は、第三の死体で個別殺人に途中変更したけど、連続殺人があったことは確かだったのですよね。三番目の松江で浮かび上がった高部の麻薬事件に夢中になって、策に溺れて事件そのものを放置してしまってませんか。」
髙は俺からすっと顔を背け、反対に顔を赤くした楊がいきり立った。
「悪かったね、馬鹿な上司でさ。一番目の事件は管轄外で勘違いした所轄がウチに回して来ただけだからさ、実際の現場を俺達は知らないじゃん。」
純粋に「うざい・かったるい」事件を特対課に押し付けるものだと信じきっている定年間近の警部を、特対課の誰も追い返すどころか喜んでファイルを預かったのだから仕方がない。
楊は騒いで落ち着いたか、ふぅっと吐息を吐いた。
「まぁ、とにかく、石井美香の介護施設でのアルバイトは島崎を邪魔で殺したいから罪を被せる相手を探すためのものだった、と。」
「でも、彼は逃げちゃった、と。」
「逃げるだけでなく、昔の自分の犯罪と同じ方法で遺体を遺棄しちゃったからね、慌てただろうな。そんな時に祖母の押しかけでしょう。金を貸してくれってね。鬱憤が溜まって思わず殺してしまったのだそうだ。旦那が言うにはね。それで今度こそ城嶋に全て擦り付けてしまおうって美香が主張したってね。見つけた城嶋に殺害時に着用していた彬のシャツを着せて、今度は現場で一緒に殺してしまおうと計画したのにね、目を放した隙に逃げちゃうわ、遺体をまた同じように洗って捨てちゃうわで、相当混乱していたようだね。」
楊は鼻の根元に皺をギュッと作って、吐き捨てるように言った。
二番目の現場で葉山がトイレに篭ったのは遺体が知り合いというだけでなく、その遺体の姿が彼が担当し発見した近藤正の遺体と同じだったからでもある。




