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過去の清算はすべきであり、遺恨を残すならば命を失う覚悟を決めろ(馬14)  作者: 蔵前
十一 聖人は聖人だからこそ処刑台に送られる
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結局俺達は立ち止まる そのうちに動けなくなると知りながら

 俺は楊に対して、自分の内側から湧く激情のまま、この憐れな男の代弁をしていた。

 彼は俺同じ虐待されてきた子供であり,俺の仲間なのだ。


「信じた人に施設から連れ出されて、一番目の遺体の側に一人で取り残されて、見えないながらもその部屋に入るまで見えていた記憶を元に遺体を処理してポリバケツが有る場所に置いただけです。知っていたヘルパーの記憶を元に彼女を探して町を彷徨って。そこを再び利用されて、二番目の殺しの犯人にも仕立て上げられたのでしょう?ちくしょう!」


 怒りに塗れながらも、俺は出来る限りそっと巨大な子供から手を引いた。

 彼は悲しそうな顔で俺に縋ったが、俺の内面まで見せるわけにはいかない。

 俺が汚れているからだ。


 俺が母にされた事を無垢な彼に知らせてはいけない、と俺は彼から手を引き、手を引いた後に俺はその記憶を彼に知られることで俺の汚濁を清浄にされては適わないと逃げただけなのだと自分に認めた。


 俺は自分がいつまでも被害者のままで過去を吹っ切れないとしても、母親のなした行為を誰にも正当化して欲しくないのである。


 うっう、と、嗚咽の音に見返せば、再び真っ暗で無音の世界に一人取り残された彼が両手で顔を覆って泣き出していたのである。


「あぁ、ごめんね。」


「山口、こっちを見て。それで、近藤愛美歌の犯罪を隠すために彼は利用されていたと?」


「彼が犯人として捕まっても、彼は何も言えない人でしょう。」


「そうか、そうだね。山口、すまなかったね。」


 楊に彼のハンカチで涙を拭かれ、俺は自分が涙を流していたのだと気が付き、楊のハンカチをそのまま顔に当てたまま受け取りぐいっと拭くと、そっと両目を瞑った。

 この哀れな男に何も出来ない自分が悲しくて辛くて、涙まで流して、なんて情けない。


「すいません。ハンカチ、あとで洗って返します。」


「いいよ。どうせ一緒の家で一緒に洗濯してしまうんだ。」


 楊の軽口に彼を見れば、彼は俺同様に辛さの現れた顔を歪めており、そして、俺の視線を受けるや俺の背中を軽く叩いた。


「帰ろう。本星を挙げる必要が出来たからな。」


 葉山の元婚約者が殺人者で、過去の夫殺しの共犯者であるのだ。


「葉山にやらせましょう。」


「お前は酷いな。」


「でないと、彼は事件を終えれません。先に行けない。彼のクロトへの想いは先に行けないからですよ。」


「そうかなぁ。」

「え?」


「いや、ちびに関してはあいつは逃げでなく本気な気がするんだよね。お前がちびにきゃあきゃあする前からさ、あいつはちびを見守っていただろ。ちびのその頃の葉山評は、繊細で優しい葉山さん、だ。葉山の鬼畜化はお前にちびが傾いた頃からだよ。」


「え?やめてよ、かわさん。」


 ひぃっっく。

 大男が子供のようにしゃくりあげながらも、静に泣き続けていた。


「彼は耳が聞こえないから大声しか出せなくて、その声を出す度に殴られたから、それで怖くて声が出せないのですよ。真っ暗闇の世界で、声も出せずに怯えているなんて!」


「療養士に伝えるよ。お前が話した彼の現状を出来るだけ正確に伝えて、彼の生活を少しでも良くしてやるようにするからさ。お前は彼の事を忘れなさい。いや、忘れてくれ。」


 彼に肩を軽く叩かれ、俺たちは出口へと向かった。

 透明なガラスの破れない扉。


「あぁ、ちくしょう。」


 そう口にしたのは俺でなく、俺に忘れろと言った楊であり、彼はくるっと体を反転させて泣き続ける男の方へと戻り、なんと彼は男を抱きしめてあやし始めたのだ。

 泣く男は抱きしめられて驚き、そして聞いた事の無い大声を出して楊に抱きついていた。

 まるで赤ん坊が父親に縋るように、である。

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