師走は大忙しなんだものな!
「何がおかしいんだよ。元々はお前の金だろ。お前の糞親父と継母がお前から奪った金だ。隼がお前に返して来た金だよ。それでも奴らから来た金をお前は嫌がるだろうからパァっと散在したつもりだったのによ、二千万じゃなくて二百万だったんだ。おつりとして取っとけ。」
僕は最近まで苛めで殺されかけた故に記憶喪失を患っていた。
それを良い事に、実の父と継母に本来手にするはずのものを全て奪われていたのである。
良純和尚がそこから僕を救出した時には、僕の財産は白波神社を手伝う駄賃として配られる桃缶を売って僕が作った四十万円の郵便貯金に、高校入学時に祖母が買ってくれたデスクトップ、そして、小学校入学時に叔父である橋場孝彦が作ってくれた勉強机だけであった。
僕の父となった良純和尚は僕のために、継母からも実の父からも奪えるものは奪い返してくれ、そしてそれを一切自分の懐には入れない高潔振りである。
まぁ、彼自身成功した実業家で金のある人だ。
そしてきっと、いや、確実に、奪うまでが楽しかったから良いのだろう。
「またチャーターかよ。」
あ、そうだったと、僕はもの思いから覚めた。
そして、うんうんと頭を上下に振った。
「はい。今回は貨物用ミニジェットじゃなくて、本物のプライベートジェットらしいですから乗り心地は以前よりもいいはずです。」
前回はチャーターでも長柄運送の貨物用ミニジェットだったので、操縦席の後ろに同乗者用の席があるという狭苦しい飛行機だったのである。
「プライベートジェットか、豪勢だな。それで行こう。そうだ、プライベートジェットの事は絶対に楊に教えるなよ。あいつは警察を首になっても俺達を追ってくるぞ。あいつは今必死だからな。」
良純和尚は楽しそうに親友の事を笑うが、実際に楊は窮鼠の状態なのだ。
楊は上司どころか警察庁の警視長を父親に持ち、マツノグループの総裁であり元検事長であった松野葉子を祖母に持つ女性を婚約者にしている。
彼女はただの婚約者でなく楊ストーカーに近い。
近いどころかそのものだ。
警視長の父親を使って楊の動向を探り、彼女の部屋は隠し撮りされた楊の写真で溢れている。
そんな彼女は母親の協力の元、十八歳になったことをいい事に楊を誘惑して完全攻略してしまったのだ。
つまり、楊は降伏してしまったのだ、ということになる。
もっと詳しく言えば、完全攻略しようと肉体関係を強要する彼女に疲れた楊が、婚約指輪を贈って正式なプロポーズをしてしまったので、楊は逃げるどころか逃げ道を自分で塞いでしまった、が正しい。
良純和尚はそんな楊の行動を見越しての肉体関係の強要なのだから、さっさとやってしまえば小娘が脅えて逃げただろうに、とまで言っている。
本当に彼は禅僧なのだろうか。
話は戻すが、ストーカーでも楊の婚約者は夢見る少女でもあったのか、彼女の願いは、楊と一緒にいたい、それのみであった。
日本一偏差値の高い女子高に通う学年トップでありながら、僕の中退した彼女にとっては格下の大学へ進学するのだという。
それも、僕が所属していた理工学部だ。
その大学のその学部が楊の職場近くであるというのならば、彼女が選ぶのは当たり前なのだが、東大も東工大も、アミーゴズが留学したマサチューセッツ工科大学だって確実な才女がなんともったいないことよ。
「金虫嬢に結婚を迫られてヨロヨロだからな。」
「梨々子に彼女の誕生日に式を挙げるのが決定事項のようにかわちゃんは煽られていますものね。梨々子のママまで僕に式場やドレスなどの披露宴の手配を頼んできましたから。彼女は結婚するまで葉子さん家から大学に通って、結婚したらかわちゃんと住むそうです。」
そこで良純和尚は噴出して笑い出す。
「あそこは独身寮じゃねぇか。楊の部下二人が追い出されるのか、可哀相に。」
楊はルームシェアという名の居候を二名も抱えている。
「あ、お待たせしたねぇ。ごめんなさいねぇ。」
大きなコロコロ鞄を引き摺った中年男性が、にこやかに僕らの席にやってきた。