獣を手玉にとれる魔王
「ちょっと、笑い過ぎだよ。」
笑われた本人ではなく、友達がいのある水野が笑い過ぎる和尚へ抗議の声をあげたのである。
「ハっ。お前の相棒は可愛いな。前時代的って言うのか。出世するあなたの為に身を引きますってか?いい女というよりも唯の馬鹿のナルシストだけどな。出世した男に捨てられる自分が見たくないってだけだろ。」
「違います!」
すくっと佐藤は仁王立ちすると、物凄く怖いオーラをも出して良純和尚に対峙した。
「私はそんな糞小さい女じゃありません。警察庁に返り咲いて日本全国あちらこちらへとバリバリ働かれたら、出世しない男とだらだら一緒に生活したいという私の夢の生活スタイルに合致しないから断っただけです。」
良純和尚は膝を折って、さらに腹を抱えての大笑いだ。
両目に涙まで出している。
「何かおかしいことでも?」
いきり立つ佐藤に、涙目の和尚は笑いを納めて、涙目のせいか普段よりも何倍もとろけるような甘い笑顔で見返した。
僕の左隣に座る水野から、ひゅうっと息を吸い込んだ音が聞こえた気がした。
「お前は可愛いな。あの鬼畜にはもったいないよ。まぁ、馬鹿が馬鹿を呼んじゃったんだろうから仕方がないかな。」
良純和尚の酷いセリフに佐藤は怒りによるものかプルプルと体を震わし、顔を真っ赤にして彼を睨んでいる。
その様子に彼はニヤニヤしながら立ち上がり、すいっと佐藤の前に身をかがめた。
「馬鹿だなぁ。頃合いを見て東署の若き署長として連れ戻せばいいだろう。今の署長もフラフラしているじゃないか。だらだら一緒にいたいだけならな、駄目男よりも実は偉い男の方が適しているんだよ。金と肩書きと時間に余裕のある男なんて最高だろ。呼び出されるんじゃない、呼び出す方になるのさ。」
内容は最低だが腰が抜けるだろう甘い声で囁く良純和尚の囁きを受け、佐藤はそのままストンと僕の右隣に再び座りこんだ。
それから佐藤は真っ赤に染めた顔のまま頭上のロクデナシを見上げ、まるで神がそこにいるかのように、熱に浮かされたようにして呟いた。
「そのとおりですね。えぇ、それでいきます。一緒にだらだらできる役付きの方が色々といいですものね。そうよ、一緒にいたいのは年を重ねて落ち着いた頃で、退職金だって。」
両目を希望にキラキラさせている佐藤の姿に、彼女が元気になったと喜ぶよりも、純粋だった想い人が悪魔によって俗物に変えられてしまったと、僕はもの悲しさを感じてしまっていた。
この、メフィストフェレスめ!
「ねぇ、さっちゃんはいいからさぁ。ご飯を先にして!ご飯を食べながら話し合いにしようよ。あたしはお腹が空いちゃった。」
「お前は本気で鬼畜なヤツだよな。お前が鬼畜だから佐藤は葉山なんて鬼畜に転んだんじゃねえのか?鬼畜じゃないと物足りないってヤツ。」
「うるさいよ!糞坊主。」
言い返す水野に良純和尚はハハハと嬉しそうに笑い声をあげた。
彼と楊は水野の元気に怯えて逃げるが、二人ともそれをとても楽しんでいる節もあると最近僕は気が付いた。
「おら、飯が食いたいならお前も手伝え!」
そして僕は、水野が素直に立ち上がり、いそいそと良純和尚の隣に立って料理を手伝い始めるとは思わなかった。
ちょっと頬を赤らめた水野は、可愛らしくていつもよりも美人に見える。
「お前はよ、楊の従兄とはどうしたよ。物凄く熱を上げられているんだってな。」
自分の隣に立った水野に対して良純和尚が何気なく言葉をかけたが、僕は十一月にその楊の従兄が連れて来た消防士と合コンした事を思い出した。
それで藤枝は楊の弟の傑と付き合うようになったのだが、その合コン自体は葉山の乱入で、楊の従兄が水野を口説くどころでは無くなったのだ。
可哀そうな佐藤勲隊長。
葉山が楊と示し合わせていたとしても、葉山の姉真砂子まで悪乗りして、彼女の勤める病院の美人看護婦まで連れ込むなんてね。
そこで、勲が傑を参加させるための数合わせに連れ込んでいた嫌な女の事も思い出してしまった。
彼女は傑の気を惹きたいばかりに、藤枝を散々と扱き下ろしたのだ。
僕が一人でむっとしているところで、水野の力の抜けた笑い声がハハハと響き、僕はその元気のない水野の声に不安になってしまった。
「どうしたの?」




