俺こそ転職を考えるべき?
髙の説明に俺は納得できなかった。
俺が何年死人と戦って来たというのだ。
俺が死人を見逃すなどありえない話であるのだ。
「生者化もしていたからかな。手に付いた松江の血が口に入ったのかもしれないね。それとも、素手で殴り殺してしまった院長の血かな?」
死人であれば公安の好きにできるが、生きている人間である限り法に則った扱いを嫌でもせねばならない。
だが、死人であれば好きにして良いのならば、法で裁けない悪人に対して死人であると言い切れば、この世から消す行為が可能なのでは無いのか?
とうとう髙はそこまでやってしまったのか?
俺は自分の教官でもある男を真っ直ぐに見つめた。
けれど、髙はクスリと笑い、柔らかい視線を俺に返したのである。
「ハハ、気づかなかったのはその時のお前と葉山の目が濁っていたからだよ。お前達にはちょっとぼんやりして欲しかったからね。山口は虫が駄目でしょう?」
俺は自分が抱えていたゴキブリ入りプラスチックケースを思い出し、そこにばかり気が行っていたと思い出した。
そして葉山はバラバラ死体が虫と一緒に埋められた現場を髙に見せられてトイレに駆け込んだ後、一人診察室で来院者の証言を取っていた。
その上、髙が高部とこれ見よがしに言葉の応酬をしていたのだ。
髙が死人だと考えていない相手に俺が不信を抱くことはないという、これも俺への目くらましだろう。
このたぬき!
「高部が死んだのはなぜです?死人は死なないはずでしょう?」
「そうなんだよね。――僕達はそう考えていたけれど、死人は願いが適うと死者に戻れるみたいだね。僕達は彼女に伝えただけだ、これこれこういう計画だから後は任せろってね。そしたら彼女は僕達の言うがままに斎藤を呼び出して、喜んで奴の凶刃に飛び込んだんだ。後には永遠の死人専用の牢獄が待っていると知っていてね。それなのに、彼女が斎藤に刺されて本当に死んでしまったと、田辺ちゃんから驚いた声で連絡を貰ったよ。彼女は佐藤達が斎藤を確保した後の高部を収容する後始末のために控えていたというのに。」
「それで、彼らは。」
「麻薬課が元気に走り回って和泉田希美子が隠した麻薬を探しているんだ。斉藤がどうして麻薬が切れたと思う?希美子が松江の死の後にね、手持ちの麻薬、斉藤やその仲間達の所持品を全部隠してしまったんだよ。麻薬中毒の彼らは妹が持っていると考えるだろう。」
俺は希梨子の記憶を思い出した。
次々と彼女の体を押さえつけ殴る手は、一人二人でなく、五人分あったと。
「葉山一人に麻薬中毒患者と戦えと?それも四人と?」
「麻薬中毒者で禁断症状の人間を制圧するには、力一杯いかないと難しいんじゃないかな?撃ち洩らしたら、か弱い女性が襲われる可能性が大きければ尚更ね。力が篭っちゃっても仕方がないよね。思いっきり戦いたいって葉山は言っていたのだからいいじゃない。」
「やり過ぎたら警察にいられなくなっちゃうじゃないですか!」
俺は酷い男から身を翻して親友の下へと走った。
麻薬中毒患者が一名ならば放っておいたが、四名ならば補助が必要かもしれないと俺なりに考えたのだ。
葉山は有段者で強いかもしれないが、普通の経歴どころか、キャリアというインテリ系の刑事だ。
「あ、ごめん。一人でやっちゃってた。」
俺の姿を認めた葉山は軽く言い放った。
葉山は松の木の横で四人の男を拘束している最中であり、俺は手際よく犯罪者を縛り上げていく親友を呆然と見返すことしかできなかった。
全員足を折られており、その上で後ろ手に縛られて転がされていく。
「……両足を折っちゃったんだ。」
「四人もいたからね。最初に動けなくするのは鉄則でしょ。感覚が鈍い中毒者だし、落すのは後でいいかなって。」
痛みに鈍感な麻薬中毒者と言えども完全に足を折られれば動けなくなるなと、完全に変な場所で足を折られて唸っている襲撃者だったはずの容疑者達を見下ろした。
「結束バンド……持ち歩いているんだ。」
「なんかさぁ、髙さんとかわさんが企んでいたでしょ。それで最近持ち歩いていたんだよ。今日のあの送り出しなんてそのものじゃない。見え見えだよね。こいつら四人の顔を見た時にはさ、俺に花を持たせようとの計らいだなって嬉しくなったよ。それでね、一人でやりたくてさ。呼ばなくてごめんね。」
俺はその場にしゃがみこんだ。
「どうした?山さん。」
「僕は刑事やめるべきかなぁ?ぜんぜん鈍い。」
親友は署に応援の連絡を入れながら、情けない俺の姿に朗らかな笑い声を上げていた。




