暗闇はバトルフィールドとなった証
真っ暗闇に浮かぶ廃墟。
それが和泉田家の夜の姿であった。
昼間には見えていた電柱の外灯は、なぜか家の周りのもの全てが消えており、大きな敷地と高い塀を持つからこそ、近隣の団欒の明かりも入らない暗闇に和泉田家だけぽつんと黒くなってしまっている。
庭の天を突く松が、串刺しを願う槍のような影を月明かりに浮かべていた。
「こんな所に一人ぼっちで住んでいるなんてね。」
「山さん、家の中を見通せる?俺達が外にいても既に中に侵入されていたら意味がないでしょ。わかるかな?」
暗さで表情が解らないだろうが、俺は葉山に微笑んだ。
「今のところは無事だよ。」
「今の所?」
「敵はこれからだって事さ。僕は裏にいる。君は庭に潜んで。」
すれ違いざまに葉山の肩を軽く叩くと、葉山も軽く俺の肩を叩き返した。
「気をつけて。」
「君もね。」
俺は家の裏側に向かいながら楊と髙、そして葉山の事を考えていた。
彼らは葉山の泥を完全に落すつもりだ。
どこまでが髙が仕掛けた仕掛か知らないが、あの哀れな女性を乱暴した奴等と葉山を貶めた奴らの兵隊は一緒だったということだ。
彼らは今日この家を襲う。
葉山は別件で彼女を警護中に偶然にもその場面に出くわし、彼らを一網打尽にするのだ。
そんな仕掛だ。
「でも、どうして奴らが今夜の此処に都合よく全員集合をするのですか?」
俺達が署に戻った後に、和泉田家の警護を受け持っていただろう上司に尋ねた。
一般人の目撃者を作らぬように外灯も消してしまうなんて、刑事がそこまでしていいのか?と、俺はそれこそ問いたい。
「山口は本当に馬鹿になったよ。ほんの少し前のお前だったら、相手の行動の裏ばかり見て、目の前の出来事を素直に受け入れなかったのにね。」
「僕の愛するあの二人は裏がないんですよ。言葉には裏どころか嘘がない。そして人の言葉通りを受け取るだけだ。僕は彼らと一緒にいると嘘も何も考えなくていいから楽なんですよ。僕は僕のまま泣いて笑って拗ねて怒って、彼らを愛するだけでいい。逆に彼らの行動の裏を考えたら混乱するだけです。そんな癖が付いちゃったのでしょうね。だから、僕は刑事として使い物にならなくなっているのかもしれません。」
俺の指導教官だった男は鼻で笑い、子供にするように俺の肩にそっと触れた。
「な、なんですか。」
驚いて思わず彼の手を振り払った俺に、髙は小さく舌打ちをする。
「百目鬼さんには喜ぶのに僕は嫌なんだ。」
え?
一瞬頭の中が真っ白になった俺は、その場を取り繕おうと最初の質問を繰り返した。
「え、えと、あの。葉山の手から奪われた雑魚が、今日この時間の此処に終結するのはなぜですか?」
「ここに麻薬があると思い込んでいるからだよ。高部――和泉田希美子はそのために奴等を麻薬付けにして人格を壊していたのさ。妹の復讐にね。」
髙は明かりのついている二階の窓をひょいと見上げた。
「あなたは知って。」
「知らないよ。今回の事件で三番目の死体が和泉田友蔵の秘書だった松江遼だって判明した時に、和泉田希美子の計画が見えただけだよ。それで、丁度いいかなって。」
「高部は救えなかったのですか?」
「既に死んでいたからね。死んだも同然かな。彼女は松江に殺されていたのだよ。松江は飲み込んで運んだ麻薬カプセルが壊れたかで致死量の麻薬を摂取してしまっていたからね、それで麻薬によるせん妄かな。たぶん、事切れる前にかなり大暴れしてしまったのだろうね。そこで、彼女は殴り殺されたんじゃないかな。生き返った彼女は松江の死体を見て、それであの死体の処理をした上で最近世間を騒がしているポリバケツ殺人を真似た。残念だよ。僕達が気づいた頃には殆んど復讐が完遂していたが、そのための無関係な病院院長殺しも麻薬の密売も堂に入ったものだったからね。子供にまで麻薬を売りつけていたから、生きていたら許せるものではなかったね。」
「僕は彼女が死人だって気づきませんでしたよ。」




